156.第24話 2部目 神代侯爵の狙い
当時の任務は逃走経路の死守で、敵軍の空撃を迎撃する事が、我ら第18師団歩兵第36連隊、砲兵中隊の役目だった。
しかし、何ヶ月にも渡る攻防の末、苛烈を極めた敵軍の空撃に耐えかね、多くの負傷者を抱えながら撤退する他なかった。
その中、神代は戦場に取り残されたのだ。
負傷者が多数となった我ら部隊は帰国を命じられ、戦場から退いた。
その数ヶ月後に終戦したが、神代の消息が掴めなくなったために戦死扱いとなったのだ。
…恨みに思われても、文句は言えない。
「うん。でも、僕はお前を助けられなかった。その事実は変わらない。
それをお前が恨みに思うのは、無理のない事だよ。
大層な理念を掲げてただけで、僕がお前達に出来た事は何も…」
僕がそこまで言うのを聞いて、神代が叫ぶ。
「”死なない中隊”!
それが、前田大尉中隊長が掲げた、我ら第18師団歩兵第36連隊砲兵中隊の理念!
前田中隊長は生きるために戦って、生きて故郷へ帰ろうと、我々を導いて下さったじゃ有りませんか…!」
…今、改めて聞くと大層な理念だなぁ。
戦場に於いて、生きて帰ると言うのは戦果を上げるより難しい。
それを前世の僕は、部下達全員に求めていたのだから恐ろしい。
生き残れる根拠もなく、余りに無謀な要求だっただろう。
負けても生きろと言う僕より、死んでも勝てと言う部隊長の方がよっぽど分かり易かっただろうなぁ…。
しかし、幸いな事に前世の僕の部下達は優秀だった。
生きる事に貪欲で、生かす事に精一杯努力してくれた。
僕はそれを生かしてやれなかった。
…神代はその1人だ。
「導いたなんてとんでもない。お前達を振り回していただけだよ。
お前達が…お前が今、生きているのはお前自身の力だ。
世界は違えど、生きていてくれて本当に良かった」
「中隊長…」
敵軍の攻撃で戦死したと思われていた部下が生きていた。
前世の僕の無謀な理念を、違う世界に渡った後も実行してくれていたなんて本当に優秀な部下だ。
…それが今や、僕の祖父とは……。
急に現実に戻り、僕は複雑な思いで遠くを見た。
今、その事実に触れる事は余りに無粋を感じ、僕は疑問を一つ口にした。
「…しかし、気になるのは…何故、日本に戻って来なかった?
この世界には転移者を元の世界へ帰す、帰還魔法があると聞いていたが…」
僕の疑問を聞き、神代は思いつめた顔をしながらも答えてくれた。
「戻されるのは、召喚された瞬間だと聞いたからです」
「召喚された瞬間…」
「はい。…自分の場合は、足を挫き、戦場に取り残された…あの場所です。
今思っても、限りなく生存確率の低い状況でした。
…そこへ戻る選択は、自分には…!」
自分の判断が情けない物だとでも言いたげに、悔しそうにする神代を僕は手で制す。
「いい。よく分かった。お前の判断は正しかったよ。
だから、自分を責めるのは止すんだ。お前がこちらの世界に来た事で、得られた物も、与えた物も多いのだからね」
「中隊長…!!」
僕の言葉を聞き、神代はまた男泣きし始めてしまった。
知らない世界に呼び出され、勝手も分からない状況の中、必死に生き延びて来たのだろう。
もう戻れない故郷を幾度となく夢に見たろうに…。
かつての部下の思いを汲むと、現状がより複雑に思えるが起きてしまったものは致し方ない。
僕は男泣きする神代に意を決して話しかけた。
「…神代侯爵」
「…!」
呼び掛けに対し、神代は不本意そうに顔を歪める。
そう呼ばれる事を望んでいない様だ。
だが、僕はそのまま続けた。
「僕の前世が前田清である事は間違いありません。
…ですが、今の貴方が侯爵である様に、今の僕はネッド・ミラーとアメリア・ミラーの息子、テオ・ミラーです。
どうか、2人がこれまで成して来た事を聞き届けては頂けないでしょうか?」
僕の提案を聞き、神代は悩む素振りを見せたが応接室の椅子に座り、神代侯爵の顔となって僕を見据えた。
「…良いだろう。聞かせてみろ」
「ありがとうございます」
許可を得た事に深々と礼を言いつつ、僕は神代の正面の椅子に座り、ミラー夫妻が成して来た事、これから成さなければならない事を訴えかけた。
廃村寸前だったウェルス村を立て直した事。
親父さんが村長となり、ウェルス村の住人達を率先して引っ張り始めた事。
住人の半数程度が元盗賊で、5年の罰を受けさせている事など…。
そして、何よりもお袋さんがウェルス村での生活を好んでいる事を話した。
全てを話し終えた後、神代は眉間の皺を深めて悩んでいる様だった。
愛娘から愛する夫を取り上げた上に、殺しでもしたら一生恨まれるだろうと言う懸念が生じたからだろう。
おまけに連れ戻す事が愛娘の為にはならず、村長としてのネッド・ミラーが信用されている事から、恐らく神代が欲しがっている日本刀の生産元が無くなるかもしれないのだ。
しかし、そもそも、何故神代は日本刀を探し求めていたのだろうか?
「…神代侯爵は何故、日本刀を打てる職人を探し求められていたのですか?」
僕の問いに神代侯爵は説明するのを一瞬悩んだようだったが、直ぐに理由を話した。
「故郷を思って…と言う理由もあるが、私兵団や領地の騎士団に持たせる事を考えて居たからだ。
それと…」
「それと?」
「日本刀を打てるだけの腕が有れば、重火器も作れる可能性を考えたためだ」
「!」
重火器と言う単語を聞いて、僕は嫌な感覚に身を震わせた。
神代が述べる答えは全て、戦力に直結する物ばかりだからだ。
…つまり、神代は戦争に備えるために強力な武器を求めている。
「この国の基本武装は、西洋剣、長槍、弓矢、甲冑、盾などになる。
そこに戦闘魔法を扱える少数の兵士。
しかし、魔法の扱いに関してはそれほど発達している訳でなく、
重火器の代わりになる様な威力が無い上、使用する人間の魔力不足が原因でまともに戦闘出来ない。
結局の所、原始的な武器を持って戦闘するのが確実だとされている。
我が国の防衛力を増強すべく、学園でも教育をしているが…それも、どの程度の成果になるか…」
そう言いながら、神代は悩ましげに溜息を吐いた。
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