151.第23話 3部目 ネッドの自供
「ー…しー」
…ん?
怪訝に思った僕はゆっくりと後ろを振り向く。
そこには、1階に上がって行った筈の団長が居た。
「妙な気配がして戻って来てみれば…一体何処から入ったんだ?」
困った表情をしながら僕に優しく話しかけ事情を伺ってくる。
正門にも裏門にも見張りがおり、頑丈な石壁で囲まれた軍施設に子供が1人で侵入して来たのだから、それは問題視して可笑しくない。
しかし、このまま外に連れ出されてしまうのは非常に不味い。
こんな所でカムロ侯爵と対面する訳にはいかない事を考えると、ひっそりと帰りたいのだ。
しかし、ここまで来たからには親父さんから話も聞きたい…。
「…ん?…お前……」
意味深な呟きと共に団長はじっと僕の顔を覗き込む。
既視感を覚えてる様子を見た僕は、目の前に居る団長の人柄に賭ける事にした。
「僕は…父ちゃんに会いに来たんです」
「…何?まさか…」
「僕になら父ちゃんは話してくれると思います。…会わせて貰えませんか?」
扉の先に居る親父さんの事を暗に示し、驚く団長に掛け合う。
暫しの間、沈黙が流れ、そして…。
「…10分だ」
迷う素振りを見せながらも、団長は短くそう答えて扉の鍵を開けた。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げ団長に礼を告げてから、僕は部屋の中へ入る。
薄暗く、息が詰まる様な感覚を覚える狭さ。
そんな不安になる部屋の奥で、親父さんは両腕を上げた状態で拘束され床に座った状態で俯いていた。
かなり憔悴している様子だ。
所々に生傷があり、爪の間から血が流れている箇所もある。
…おかしい。
転換魔法を扱う親父さんは、自身の怪我の治癒に関しては慣れた物だった筈。
なのに、どうしてこんなに生傷だらけなんだ?
怪訝に思った僕は親父さんの状態を確かめる。
すると、左手の甲に何かの魔法陣が描かれているのを発見した。
なるほど。
つまりは、お袋さんに作って貰った拘束魔法の様な物が親父さんに掛けられているのか。
そして恐らく、魔法を使えない様にするための物だ。
あるいは自由を奪う魔法か?
「ー…れは…にも、しら…い」
一考していると、親父さんが言葉を途切らせながら呟いた。
どうやら人の気配を察して、目を覚ましたらしい。
「僕だよ。父ちゃん」
床に膝を付き、親父さんの顔に手を当てがう。
目の周りや頬は腫れ、目蓋や口から血が流れていて痛々しい。
焦点の合わない目をしながら、僕を見つめ親父さんは諦めた様に息を吐いて言った。
「おまえが、いる、わけがない」
…どうやら幻覚の類とでも思われているらしい。
それとも、魔法で近しい存在の幻覚でも見せられたのだろうか…?
「…。ねぇ、父ちゃん。僕は母ちゃんに全部聞いて来たんだ」
「な、に…?」
更に僕の存在を怪しむ父ちゃん。
自白を促す様に仕向けられていると思っているらしい。
だが、それは合っている。
僕は父ちゃんに全て自白させるために来たんだから。
後ろで存在を消しながら僕達の会話を聞いている団長に聞こえる様に、僕は言う。
「母ちゃんが言ってたよ。父ちゃんは母ちゃんを誘拐したんじゃない。
家出に付き合ってくれたんだって。
本当は母ちゃんが音を上げたら、父ちゃんは母ちゃんを家に返すつもりだったんだろうって。
…父ちゃんは母ちゃんの我が儘を叶えてくれただけなんだって」
僕の言葉一つ一つを聞いて、親父さんは目の前に居る僕が本物であると信じ始めている。
だが…。
「…なら、なおの、こと…おまえ、が…ここに、いるわけが…ない…!」
僕が本物である事の方が問題だと言わんばかりに反発した。
吐き出す様に告げられた言葉に僕は尋ねる。
「どうして、僕が此処に居る訳が無いと思うの?」
「…おまえが…おれを、ゆるす、わけがない…からだ」
「許す?」
「あぁ…。おまえは…やさしい…でも、きびしい。親だろうと、まちがいは、ゆるさない、だろ…」
顔を伏せて言う親父さんに僕は更に尋ねた。
「…ねぇ、父ちゃん。父ちゃんは最初から母ちゃんを拐うつもりで、母ちゃんの家出に加担したの?」
僕の問いに僅かに反応を見せたが、親父さんは言いたくなさそうに黙り込む。
しかし、僕がそれ以上何も聞かず、無言で親父さんの言葉を待っていると、親父さんは悔しげにしながら吐露していった。
「…さいしょは違った…。でも、おれは…けっきょく、アメリアを…手放せなかった…っ!
他の男にやりたくなかった…。家に返したく無くなった…。
…ずっと…ずっと、側に…。
…だから…おれは…”お嬢様”を拐ったんだ。
俺は…旦那様を裏切った。”子”の居る親から、俺は、”子”を奪ったんだ!!」
自分で自分が許せないと言いたげに親父さんは叫ぶ。
今にも零れ落ちそうな程の涙を目一杯に溜めながら、必死に堪えている。
泣く資格も無いと言いたげに。
親父さんは続ける。
「…お前が、レオンに、人質に取られた時…あいつが俺と重なって見えた。
旦那様からアメリアを奪った俺と!!
お前を危険な目に遭わせたレオンが憎い。けど、俺はどうだ?
旦那様からアメリアを奪った挙句、お前を産ませて、家族になって、
領地から遠く離れたちっぽけな村で、のうのうと暮らしてた!
…許せる訳がない…。…許される訳が無い。
お前に……お前達に顔向け出来ねぇ……」
…一頻り抱えていた思いを叫んだ後、親父さんは息を切らせながら再び顔を俯かせた。
「…帰ってくれ…テオ…。お前達だけは…ウェルスで…幸せに……」
自責の念に駆られ、自分と重なって見えたレオンくんを許す事が出来ず、ただ罰を受ける日を待って居たのか。
親父さんは罰を受ける事を望んでいる。
ならば、然るべき罰を受けさせる事が親父さんの心を救う手立てになるだろう。
「父ちゃん。確かに僕は2人が色んな事から逃げたと聞いて、嫌に思ったよ。
2人の判断は沢山の人達を悲しませて、迷惑を掛けた。
でも、2人がウェルス村へ辿り着いたから、救われた命がある。
おばば達が生きてて、僕やアイン、スミレって言う新しい命も誕生した。
夢を叶えた人も居るし、仕事へのやりがいを覚えた若者も沢山居る。
父ちゃん達は選択を間違えたけど、そのお陰で”今”が作られてる。
それに、何よりも重要なのは…母ちゃんが幸せだって笑ってる事じゃないかな?」
僕の説教の最後の言葉に親父さんは大きな反応を見せた。
…やはり、親父さんを揺さぶるにはお袋さんの存在が大きいなぁ。
「アインとスミレが産まれた時、母ちゃん言ってたよね?
笑って「幸せよ」…って。それはきっと、お祖父様にとっても一番大事な事だよ。
でも、父ちゃんが連れて行かれたのを見て、母ちゃんは泣き崩れながら、「私の所為だ」って今の父ちゃん見たいに自分を責めてた」
「ちがっ…あいつの所為じゃ…!」
お袋さんが自分を責めていた事を告げると、親父さんは慌てた様子で否定する。
その言葉に僕は割り込んで言う。
「うん。”2人の”責任、だよね?どちらか片方の責任じゃない」
「…っ」
「それにね、父ちゃん。父ちゃんは”村長”の責任からも逃げようとしてる。
僕達の為にウェルス村を存続させて行こうと思ったから村長になったんでしょう?
なのに、安易にも自分1人だけ罪を背負えば、全て上手く行くと思い込んで父ちゃんはここに居る。
父ちゃんの身一つが無くなった所で何が残るの?
…それで、僕達家族や村民達が笑って暮らせると思う?
父ちゃんの存在は最早、父ちゃんだけの物じゃないんだ。
罪の意識を持って居るなら、逃げずにその身を一生僕達家族とウェルス村の発展に捧げるべきだよ。
母ちゃんと一緒にね」
言葉を挟ませる事なく僕は言いたい事を一気に告げた。
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