152.第23話 4部目 大正ロマン

怒涛の説教を受け、親父さんは目を白黒させて居たが、僕が黙ると同時に親父さんはふっと笑う。

「…お前と言う奴は……。…お前達を幸せにする事が罰だと言うなら、幾らでも…」

しかし、肝心の侯爵がそれを許さないだろうと言いたげに、親父さんは自嘲した。

僕は立ち上がって言う。

「大丈夫。父ちゃんから言質は取ったからね」

「…あ?」

怪訝そうにする親父さんらしい反応を見て僕は嬉しくなる。

「父ちゃん。これからの一生、覚悟しておいてね」

僕のその一言を聞いて、親父さんはきょとんとした後、直ぐに顰めっ面で笑った。

「あぁ…」

親父さんの短い返事を聞いた後、僕は部屋の外へ出た。

部屋の外で待っていた団長と目が合う。

複雑そうな表情をして僕を見下ろす団長に、僕は頭を下げた。

「ありがとうございました。確かめたかった事を確かめられました」

「そうか…。…なぁ、お前は……」

団長が僕に何かを尋ねようとした瞬間、一階から人が下りて来てしまった。

団長は急いで部屋の扉を閉めて鍵を掛けると、僕を自分の背後に隠し下りて来た人物を確かめる。

僕は団長の足に隠れ、身動き一つ取らない様に注意した。

「団長、まだ此処に居たんですか。…旦那様がお呼びですよ」

先ほど、団長に説教されていた部下の1人が面白くなさそうにしながら用件を伝えた。

「分かった。お前は先に行け。直ぐに行く」

「…はい」

団長の短い返事を聞き、部下は上階へ戻って行った。

父ちゃんとの面会時間は本当にギリギリだった様だな。

「…早く、ここを出た方が良い。誰の目にも触れずにここまで来れたんだ。俺が手を貸さなくても外に出られるな?」

「はい」

僕の答えを聞き、団長は一度振り返って僕の顔を見ると、直ぐに背を向けて言った。

「俺の名前はヘンリー・ブラウンだ」

「僕はテオ・ミラーです」

「…やはり、ネッドの息子か」

そう呟いて、ヘンリーさんは先に上階へ上がって行った。

ヘンリーさんの人柄に賭けて良かったと思いながら、僕はヘンリーさんを見送る。

僕はヘンリーさんが上がって行って少ししてから、また鑑定眼で人の位置を把握しながら入って来た裏口から外に出た。

そして、同様にレオンくんが開けてくれた石壁の穴から、無事に軍施設の外に出る事が出来たのだった。




暫くしてレオンくんと合流し、壁の穴を埋めてから僕達は遠回りしながらエヴァンの元へ戻る事にした。

道中、僕はレオンくんに親父さんとの会話を話す。

そもそも、僕が確かめたかった事は2つ。

1つは、本当に親父さんはお袋さんの家出に付き合っただけなのか?

お袋さん視点で見た事を聞いただけでは、親父さんの当時の思いを確かめる術は本人に聞く他無かった。

もし、お袋さんの家出に乗じて親父さんが秘めたる想いを遂げたのなら少し事情が違ってくる。

結果としては、親父さんがお袋さんを娶り、僕と言う子供を成した事実は変わらない。

だが、その結果が親父さんが最初から望んでいた事だとしたら、今回の事件の印象が大きく変わる。

…しかし、親父さんは自責の念に駆られ、拷問されようとお袋さんへ通じる情報を一切喋ろうとはしなかった。

それは、お袋さんの自由を守る為だ。そして、僕達子供を守る為だったのだろう。

…しかし、それは大きな間違いだと伝える事は出来た。

確かめたかった事の2つ目は、親父さんがウェルス村の村長として生きて行く事を覚悟出来るか、だ。

それがこれまでの罪の償いになるなら、喜んで罰を受けると言う本人自身の意思を確かめたかった。

そもそも、僕自身はお袋さんが現在幸せである事や、親父さん達の存在があって救われた命がある事などから、罪は不問としても良いと思って居る。

身内の甘さと言われればそれまでだが、2人は8年もの間、ウェルス村を復興させると言う刑を果たしたのだ。

今にも廃村寸前だった村を、あそこまで復興させたと言う功績を無視するのは、あまりにも非情だ。

例え、そこに僕と言う転生者の存在があったとしてもだ。

問題はそれをお袋さんの父親である、カムロ侯爵が良しとしなければ意味が無いと言った所である。

だが、カムロ侯爵自身がどんな人物であるかが分からない。

日本刀を打てる職人を探している侯爵であり、日本からの転移者。

お袋さんの話からするに無駄を嫌っていて、使用人の数は侯爵にしてはごく少数だとか…。

私兵団を連れ歩き、軍施設へ出入りして、親父さんを自ら拷問した。

この情報から侯爵が国軍の幹部である可能性が高い。

うーん…。これらの情報から考えると、結構厳しそうな人物だと思えてしまう。

親父さんから情報を引き出し終わったら、問答無用で重い罰を科しそうである。

…しかし、武器屋の店主が侯爵への信頼感を醸し出していた事を思うと、尊敬される人物でもあるのだろう。

……結局は実際に会って見ない事には、どうしようもないと言う事なのだろうな。

そんな話をレオンくんとしながら、僕達はエヴァンが待つ【オー・イクォーズ】前まで戻って来た。

「ー…あ!レオンくん!テオ坊ちゃん!」

僕達の姿を見つけたエヴァンが何やら慌てた様子で手を振って居る。

早くエヴァンの元まで行った方が良さそうだ。

僕達は顔を見合わせてから、早歩きでエヴァンの元へ向かう。

すると。

「…何処に行っていた?」

エヴァンの荷馬車に隠れていた、【オー・イクォーズ】の店主が不機嫌そうに顔を出す。

「うわ。武器屋のおっさんじゃん」

レオンくんの反応で更に不機嫌そうに顔を顰める。

しかし、レオンくんは一切気にする素振りもせずに、店主の質問に答えた。

「何って街観光。おのぼりサンだからさー、俺ら」

「…ふん。まぁ良い。…これ以上、侯爵様をお待たせする訳にはいかない。行くぞ」

そう言って、店主は僕達を先導して歩き出した。

…どうやら、カムロ侯爵は僕達に会ってくれる様だ。

ひとまず、会うと言う目標を叶えられた事に僕は一息吐く。

エヴァンがマァウの手綱を引いて、荷馬車を引きながら僕達の一番後ろを歩いて付いてくる。

僕とレオンくんは先ほど通った道を何食わぬ顔で歩き、店主の後を追った。

暫くして、思っていた通りの屋敷に到着し、店主は門を開け僕達を誘導した。

途中でエヴァンの荷馬車を敷地内に置き、打刀だけを持って屋敷へ向かう。

支柱に立派な木材が使われ、レンガで壁が作られて居る。

中央に大きい建屋があり、両脇に添える様にして形状の違う建屋が連なって居る。

3階建の大きな建屋と言う事もあり実に立派な屋敷である。

その上、切り妻屋根に使われて居る建材が石の瓦である事から、かなりこだわりを持って建てられた屋敷の様だ。

…しかし、何だろうか。この既視感は。

先ほどの軍施設を見た時も思った既視感が再び僕に訪れる。

カムロ侯爵の屋敷は日本の大正時代に建てられていた西洋風の建物の様な印象を受ける。

大きな窓が多く、少し複雑な形の建屋をしていて階数がある。

この国の貴族の屋敷は、これが普通なのだろうか?

まるで、大正ロマンと呼んだ建物の様だ…。

何処か日本らしさも感じられて、余計に既視感があるのだろうか…?

ふむ…。侯爵自身が明治から昭和生まれの人間であると考えると、しっくり来る。

僕の正体を明かしたら、良い話し相手になるだろうか?

などと考えながら屋敷を眺めていたら、先に歩いて行っていたレオンくんに呼ばれた。

急ぎレオンくん達の元へ走っていき、僕はついに侯爵邸へと足を踏み入れたのだ。

屋敷内に入ると真っ先に燕尾服を纏った壮齢の男が僕達を迎えた。

そして、僕達を応接室へと案内し侯爵達が来るまで待つ様に言って、去って行く。

案内された応接室には目を奪われる調度品や、数々の装飾品が立派な暖炉や棚の上に並べられていた。

正に金持ちの家と言った雰囲気である。

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