147.第22話 5部目 煽り癖

翌日。

砂漠の土地の中に四方を石壁で囲まれた都市、首都アルベロに到着した。

長い検問の時間が終わった後、僕達はようやっと街中に入る。

石壁の外が砂漠に囲まれているとは思えないくらいに発展した首都の姿に驚きを隠せない。

建物の壁はレンガで作られ、雨が降らないからなのか屋根は平らな所が多い。

しかし、貴族が住んで居るであろう大きな建屋には三角屋根が多く見られる。

遠くの方で見える城に至っては、とんがり屋根が目立っている。

皇帝陛下が座する城は、建造されてからかなりの年数が経っているらしく、周辺の土地が砂漠化する前に建てられたのだろう。

その頃は、この辺りの土地も良く雨が降っていたに違いない。

あの城は、首都の周りが砂漠化していくのを目の当たりにして来たのだろうな…。

「ー…テッちゃん。早速、行く?」

ぼうっと街並みを見ていた僕にレオンくんが声を掛ける。

「うん。早い所、行ってしまおう」

そう返事して、僕はレオンくんとエヴァンと共に、とある場所へ向かった。

エヴァンの案内で到着したのは、一年ほど前に打刀を売った武器屋【オー・イクォーズ】。

店を前にして、レオンくんがエヴァンの荷馬車からパーカーから預かってきた物を取り出す。

それを持って、片側を肩に乗せながらレオンくんは僕に問う。

「そんじゃ、打ち合わせ通りで良いんだな?」

「うん」

ここに来るまでの間、僕とレオンくんは侯爵に接触するための作戦を立てていた。

ウェルス村を出発する前、僕はパーカーから一本の打刀を預かった。

その打刀は【オー・イクォーズ】に売った打刀の真打ちである。

つまり、以前に【オー・イクォーズ】に売った打刀は影打ちの方なのだ。

親父さんを連れて行った武装集団が現れる数日前に、

パーカーを訪ねてきた謎の客が興味を示していた打刀を持って来たと言う事である。

そもそも、何故、謎の客がパーカーを訪ねて来てから数日後に、親父さんが連行される事になったのか?と言う疑問を持った。

…考えられる可能性は一つ。

謎の客とカムロ侯爵は繋がっている。

刀を探していた侯爵と、お袋さんを探していた侯爵は同一人物。と言う事だ。

そう考えた僕は、カムロ侯爵と直接話し合うための手段として日本刀を取引に使う事を考えたのである。

僕の考えに間違いがなければ、カムロ侯爵と接触する事が出来る筈。

…その前に、親父さんに会いたい所だが…。

それを果たすには、レオンくんの交渉によるだろう。

エヴァンが先頭に立ち、その後ろにレオンくんが続いて、最後に僕が後ろから付いていく形で入店する。

薄暗い店内の棚にずらりと並べられた武器達。

そのどれもが分厚い鉄の塊で作られた刀身の剣であり、日本刀の様な薄い刀身の剣は見当たらない。

斬る。と言うよりは、鉄鎧の上から叩き付けるための剣だ。

しかし、防具が鉄鎧ならば西洋剣を所持するのは極普通の事の様に感じる。

むしろ日本刀と鉄鎧の相性は悪く、西洋剣と同じ様に扱えば日本刀は折れてしまうだろう。

なのに、何故カムロ侯爵は日本刀を探し求めていたのだろうか?

「お、お久しぶりでございます…」

エヴァンは店の奥に鎮座していた店主に恐る恐る挨拶をした。

店主はゆっくりと顔を上げ、エヴァンを見上げる。

じっと顔を見て来る店主。エヴァンはビクビクと怖がりながら言葉を待った。

「お前は…!」

暫くエヴァンの顔を見てから、ようやっと誰かを思い出したらしく、店主は心底驚いた様子で席を立った。

「そ、その節は…っ」

「どうして、今頃になって来た!」

店主の怒声を浴び、エヴァンはびくりと肩を揺らして縮こまる。

何やら店主を怒らせる様な事をしただろうか?とエヴァンは過去の自分の振る舞いを思い返しているらしい。

しかし、心当たりが無いのか。あるいは有り過ぎるのか。ひたすらに顔面蒼白で固まってしまっている。

「来て、いきなりそれは無いっしょー」

そこへ、軽薄な態度のレオンくんが間に入った。

見覚えのない顔の男がエヴァンの後ろから現れた事に、店主は驚きながらもレオンくんに問う。

「…何だ。お前は」

「今日、あんたに用事があんのは俺。商人のおっさんは案内役だから」

「…用事?」

店主の威圧を意にも返さず、レオンくんは話を進める。

「そ。あんたん所のコーシャクさまに、コイツを持って来たんだよ」

そう言いながら、レオンくんは布袋から打刀を取り出す。

細長い何かを見せられ、店主は一瞬困惑したが直ぐにそれが何かを理解した。

「日本刀か…!」

「さっすが武器商人。話が早い。

けど、こいつを前に商人のおっさんが持って来た奴と同じと思うなよー?

前のは影打ち。今回のは真打ち、だからな」

「…シンウチ……」

レオンくんの言葉の意味が分からないのか、店主は辿々しい様子で言葉を繰り返した。

察するに店主は”日本刀”と呼ばれる刀に違いがある事を知らないのだろう。

打刀。と言っても、それが何を指すのか分からない。

日本刀には、刃渡りや用途などの違いで様々な種類があり、名前も違う。

が、今回に関しては種類が違うのではなく、出来栄えの違いを表す言葉を使っている。

本来、日本刀は何本も打つ武器だが、その中でも出来の良い2本に名を付け、世に送り出す。

1番目に出来が良い物を真打ち。2番目に出来が良い物を影打ちと呼び、大抵は影打ちの方を先に売りに出す。

そして、真打ちは影打ちが折れた時や、持つべき人間に渡す時に備えるのである。

「あ、分かんねぇ?まぁ、簡単に言うと前の奴より良い奴って事」

店主の疑問を察したのか、レオンくんは意地悪そうに笑いながら真打ちが何かを説明した。

その事で自尊心が傷付けられたのか、店主は面白くなさそうに顔を顰める。

「…で、その”良い奴”を今更、売りに来たのか」

「今更?何?ウチの刀匠が打った…」

レオンくんがそこまで言った所で、僕はレオンくんの服を引っ張った。

また、無駄に店主の怒りを煽ろうとしていたからだ。

恐らく、パーカーよりも良い日本刀を打てる武器職人を見つけたのか?との嫌味を言おうとしたのだろう。

店主と裏で繋がっているであろう侯爵が、見つけた武器職人は他ならぬパーカーなのに、だ。

それが分かっていて、店主の怒りを増長させようとするのだから、レオンくんの煽り癖とも言える癖は困った物である。

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