146.第22話 4部目 月日

「まぁまぁ、2人共それ位で…」

対して、レオンくんとリョウくんは無言でエヴァンを見る。

2人の雰囲気にすっかり気圧されてしまったエヴァンは、席に着いて縮こまってしまった。

こうなったら、とことん口喧嘩させた方が、お互いに良いかも知れないな。

そう思いながら、僕は水を一口飲んで一息吐く。

拘束魔法の事も合ってレオンくんからは手を出せないし、刃傷沙汰の喧嘩になる事はあるまい。

「大体さぁ。リョーちんだって、年上の商人のおっさんにはタメ口じゃん。

自分の事、棚に上げて俺を責めるのは違うっしょ?」

「俺とエヴァンは歳が近いから良いんだ。それにお互い了承してる。

だけど、お前と俺は歳が離れてるし今日会ったばかりで、その上、馬鹿にされたんじゃ嫌にもなるだろ」

「分っかんないかなぁ?コレは俺の処世術な訳!歳が離れてようが、近かろうが早く仲良くなる為の手段ナンデスー!」

「何が処世術だか。少なくとも俺には逆効果だ」

「そりゃ、リョーちんが頭のカタ~いおっさんだからじゃね?」

そう言いながらレオンくんは自分の頭を指差しながら舌を出して、リョウくんを挑発した。

「おっさんじゃないって言ってるだろ!」

そして、リョウくんはまんまと挑発に乗り、声を荒げてレオンくんの言葉を否定した。

すると、レオンくんは待ってましたと言わんばかりに楽しそうな顔をして言った。

「昭和生まれはおっさんデスー!」

両手で指差しながら言うレオンくんに対し、リョウくんは直ぐ様に言葉を返す。

「俺は平成生まれだっ!」

……んん?

…この感覚、つい昨日にも覚えたな…。

どうやら、それはレオンくんもそうだった様で、疑わしそうな目をしてリョウくんに問うた。

「は?……平成、何年生まれ?」

「平成4年だ。2019年でこっちに来て5年経ったから、今33だが…三十路はまだおっさんじゃない!」

リョウくんの答えを聞いて、僕とレオンくんは密かに目を合わせた。

つまり、リョウくんは、この場に居る異世界人の中で最も未来を生きていた日本人と言う事になる。

前世の僕が死んだのは平成30年で西暦2018年。

レオンくんがこちらに来たのは、平成17年で西暦2005年。

更に言えば、レオンくんは平成元年生まれであって…。

「俺より年下じゃんか!フザケンナ!!」

「はぁ!?」

「俺、平成元年生まれー!2005年にこっち来てるしー!」

「…はぁあ!?」

そこからレオンくんはリョウくんに対し、年上を敬え!と責め始めた。

しかし、実年齢的に言えば、リョウくんが年上なのは明白であって、レオンくんがリョウくんより年上と言うのは無理がありすぎる。

…と、言うよりも。レオンくんはそれで良いんだろうか?

散々三十路はおじさんだと言い続けていたのに、自分がそれより年上だと主張するのは矛盾が生じる。

だが、レオンくんとしては今はどうでも良いらしく、生まれ年がリョウくんより先だった事を盾にして、リョウくんに年上を敬う姿を見せろと強要。

一方、リョウくんはそれとこれとは話が違う!と必死の抵抗を見せている。

そのやり取りを見る傍、そろそろエヴァンの胃痛が限界に達しようとしているのを察した僕は、2人の不毛な争いに割り込んだ。

「…どっちも敬語で喋れば良いんじゃないかな?」

「「……は?」」

僕の提案に対し、2人の怪訝な声がピッタリと重なった。

何だかんだと言っても、それなりに気の合う2人なのかもしれない。

「生まれ年はレオンくんの方が先みたいだけど、歳はリョウさんの方が上なんでしょう?

なら、いっその事、2人揃って敬語で話し合えば良いんじゃないかなって」

アクマでも子供らしく言ったつもりだが、誤魔化せているだろうか?

そして、僕の言わんとしている事が伝わっていれば良いのだが…。

2人は僕の意見を聞いて、目を見合わせた。

すると、2人は居心地の悪そうにしながら口を開く。

「いや…それはちょっと…」

「俺はマジでリョーちんに敬語で話して欲しい訳じゃねーし」

「俺はレオンの態度が気に食わなかっただけで、言葉遣いはどうでも…」

どうやらお互いが敬語で話し合う場面を想像して、頭が冷えたらしい。

言い合うだけ無駄なのだから、気楽に話し合えば良いと思った僕の意思が伝わったかな?

そして、2人は口喧嘩の決着の方法を探り合っている。

「…あー。もう良い。タメ口でも何でも好きに話せ。でも、その妙なアダナ付けは止めろ」

先に落とし所を示したのはリョウくんだった。

流石にその辺りは大人として、先に譲歩しようと思ったのだろう。

それに対して、レオンくんは答える。

「ムリ。俺、アダナ付けないと人の名前、覚らんねぇもん」

レオンくんの言葉を聞いて、リョウくんは心底呆れた風に返す。

「…リョウなんて短い名前くらい覚えろよ…」

「ムリムリ!ちょっとでも変えて呼ばないと、人の名前と顔、一致しねぇもん」

「あー…。お前なりの人の覚え方がそれなのか…」

…なるほど。

レオンくんが人の名前を省略して呼ぶ癖は、人を覚える為の方法だったのか。

僕の名前もテオと二文字だが、最初から「テッちゃん」呼びだったしなぁ。

…うん?

そう考えると、親父さんやエヴァンの呼び名は一体…。

「レ、レオンくん。わたしの名前、覚えててくれてるよね?」

僕の疑問と同時に、不安を覚えたらしいエヴァンがレオンくんに訊ねた。

「商人のおっさんっしょ?」

「そ、そうじゃなくて…」

「あー、本名?えーっと……何だっけ?」

レオンくんの答えを聞いて、エヴァンは落胆した。

「もう1年の付き合いになるのに、覚えててくれてなかったのかい…!?」

頭を抱えて、机に突っ伏すエヴァン。

それが面白かったのか、レオンくんは楽しそうに笑いながら、エヴァンの肩を叩いて言った。

「ウソウソ!エヴァン・ダールっしょ?商人のおっさんで覚えてるってー」

「レ、レオンくん…!」

レオンくんの言葉を聞き、エヴァンはぱっと顔を明るくさせて喜んだ。

「ちゃんと刀のおっさんの名前も覚えてるぜー?パーカー・スミス」

「うん。合ってるね」

「だろー?」

僕が正解である事を告げると、レオンくんは得意げに胸を張った。

どうやら、”商人のおじさん”やら、”刀のおじさん”やらもアダナの一部らしい。

…却って、本名を覚え辛そうだが…レオンくんにとっては、一番覚えやすい方法なのだろう。

と、なると、親父さんの名前も”村長さん”イコール、ネッド・ミラーとして覚えているのだろうな。

「リョーちんもおっさんだけど、同じ日本人同士って事で、

ちゃんと名前からアダナ付けたんだぜー?マシな方だって!」

「おっさんじゃないと…!。…マシって何だ?」

心底納得いかなさそうにしながら、リョウくんは言葉の意味を訊ねる。

「おっさんは大抵、”何とかのおっさん”だから」

飄々として答えるレオンくんに、エヴァンは二度目の落胆の色を浮かべる。

「だ、だから、わたしとパーカーさんは、刀と商人のおっさんなのか…」

「そうそう!最初は覚える気無かったからさー!」

「ひっ酷い!」

「良いじゃん。今は覚えてんだからさー」

…つまり。

レオンくんの中では、役職名でアダナを付けた人物の名前は覚える気がないと言う事か…。

それに倣うと、親父さんの名前も覚える気が無かった…と。

覚える気のない人物だからこそ、適当に呼んでいたのだろうなぁ。

しかし、1年も一緒に居ると自然と覚えたと言う事か。

改めて思うと、一緒に過ごす時間と言うものは大事なんだなぁ。

たかが1年。されど1年。

親父さんを連れ戻そうと一緒に首都へ行こうと思えるくらいには、

信頼関係を築けたのではないかと、僕はしみじみと思いながら、また水を一口飲み込むのだった。

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