145.第22話 2部目 リゾット

…この店主、黒髪黒眼だ。

もしかして…。

「なぁ。あんたも転移者?」

「…は?」

唐突なレオンくんの問いに、店主はまたも困惑する様子を見せた。

気になった事を代わりに問うてくれるのは助かるが、余りに唐突過ぎる…!

せっかく話を逸らしたのに、これではまた…。

「…”も”って事は……」

「そ。俺、日本からの転移者。あんたも日本からじゃねぇの?」

「…正確には違うが……日本人である事は間違いない」

何と。

店主は意外にもアッサリと日本人である事を認めた。

こんなに近い所にも日本からの転移者が居るなんて驚きである。

「やっぱなー!あ、俺、レオン。去年こっちに来て、今18ー。あんたは?」

「リョウだ。33。こっちに来て…5年になる」

「マジ!?33とか、おっさんじゃん!」

お互いに自己紹介して、店主…リョウくんの歳を聞いたレオンくんは面白そうに笑った。

対しリョウくんは、面白くなさそうに顔を顰めている。

「33はおっさんじゃない」

「いやいや!おっさんでしょ!なぁ、テッちゃん?」

「え?…えーっと…」

101歳まで生きていた僕にそれを聞かれてもなぁ…。

前世と今世を累計すると109歳になる僕にとって、18歳も33歳も大して変わらない…と言ったら、また妙な目で見られるんだろうな。

「…エヴァンは35だけど、おじさんって感じじゃ無い…かな?」

「えー?商人のおっさんは、おっさんっしょー」

「うーん…。パーカーさんがおじさんって事は分かるけど…」

「はー?刀のおっさんはジジイじゃね?」

「でも、レオンくん。パーカーさんの事もおじさんって…」

「いんだよ。呼びやすいんだから」

「いい加減だなぁ…」

などと内輪話を繰り広げていると、リョウくんが驚いた様子で僕達に問う。

「…お前達、エヴァンの知り合いか?」

…おや?

「は?何、リョーちん、商人のおっさんと知り合い?」

「リョーち……あー、まぁ…エヴァンから包丁を買った事があって…」

「マジ?」

1年前にパーカーが打った包丁を買い取った、奇特な客とはリョウくんの事だったのか!

なるほど。日本人であり料理人だからこそ、彼は三徳包丁の良さに気付いたのか。納得である。

「あと、包丁の研磨依頼を時々エヴァンに頼んでる」

「あー!あの包丁、リョーちんのだったの!?

刀のおっさんが、にやにやしながら研いでたから、てっきり女の持ちモンだと思ってたのに…」

予想が外れてガッカリだと言わんばかりに、レオンくんはつまらなさそうな顔をした。

リョウくんは不本意そうに返す。

「悪かったな、女じゃなくて。砥石があれば自分で研ぐんだけど、この国じゃ砥石は貴重品で手に入らないんだよ。

良い包丁だし、なまくらにして放るなんて勿体ない。研磨依頼するしか無いだろ」

「ふーん。まー、ウチとしては?ちょっとでも儲かるんなら、文句ねぇけどなー」

リョウくんの言葉にしれっとした態度で返すレオンくんを見て、僕は内心驚く。

レオンくんが、ウェルス村を自分の身内として扱うとは…。

それだけ馴染んでくれたと言う事だろうか?

だとするなら、単純に嬉しいな。

「ウチ?…お前達、職人と同じ場所に住んでるのか?」

リョウくんが言う職人とはパーカーの事だろう。

包丁を打った職人の名前を知らないようだ。

「おう。刀のおっさんな。同じ村に住んでるぜー?」

「…は?刀の?」

「包丁作った奴っしょ?刀のおっさんだよ」

リョウくんは包丁を打った職人が、刀も打っていると知って驚いた様だ。

その後、レオンくんとリョウくんは何度か同じやり取りをしてから、パーカーと言う男が刀と包丁の両方を打った刀匠である事を情報共有するのだった。

そうしている内に、宿の手配を終えたエヴァンが食堂にやって来て、席に着く。

「ー…いやぁ。久しぶりだねぇ、リョウくん」

「おう。こいつらが、あんたの知り合いだとはな」

そう話しかけながら、リョウくんはエヴァンの目の前に水の入った土器を置く。

エヴァンは水を飲んでから、相槌する。

「えぇ。お世話になってる村の子達なんだよ」

「…で。また何で、子供ら連れて歩いてんだ?」

「……ちょっと。大事な用件がありまして…」

リョウくんの問いに、エヴァンは申し訳なさそうに笑いながら答えを暈した。

事情が事情なだけに、そう簡単には話せない事を理解してくれている。

場所がロールルの食堂と言う事もあって、エヴァンの警戒心を刺激したのかもしれない。

「…そうか。…で、あんたら、何頼むんだ」

リョウくんはエヴァンがハッキリ答えなかったのを見て、何かを察したのか深い追求はしてこなかった。

食事の方に話を移し替えながら、リョウくんは壁に貼り付けている木板を指差す。

どうやら提供している食事の一覧が書き並んでいるらしい。

「そうだねぇ…。テオ坊ちゃんと、レオンくんは何が良いかい?」

エヴァンの問いに、レオンくんはざっと目を通してから答えた。

「んー…。何でも良いから、リョーちんのおまかせでー」

「【本日のオススメ】1つ…っと」

「私は久々にあれが食べたいなぁ…。初めて来た時に作って貰った…えーっと」

料理の名前が出て来ないらしく、エヴァンは困った様に眉を顰めて考え込む。

「【ニョッキのジェノベーゼ】か?」

「あぁ!そう!それを頼むよ」

ほう。ジェノベーゼと言うと、確か…バジルのソースの事か。

砂漠化の進むロールルでもバジルを育てる事は出来るんだなぁ。

感心しているとリョウくんが僕を見る。

「お前は?」

「えっと……」

どうしたものか。

そう思いながら、食事の一覧にもう一度目を向ける。

料理名を見ていくと、随分と身近に感じられる物ばかりだ。

サンドイッチから始まり、ハンバーガーやリゾット…スパゲティなども見受けられる。

尤も、主食は小麦粉からなる物ばかりの様だ。

リゾットも恐らく、麦飯で出来た物なのだろう。

やはり、米の存在はこの世界には無いのだろうか…。

「…【ギィヤチーズとギィヤ肉のリゾット】でお願いします」

せめて、米っぽいものを食べる事で、米への恋しさを誤魔化すとしよう。

「了解。…お前、子供なのに結構渋い趣味してるな」

ぎくっと僕の肩が僅かに跳ねた。

うーむ…。8歳の子供が頼む料理にしては大人過ぎたのか…?

子供ならチーズが好きでも可笑しくないと思うのだが…。

それとも、日常的にチーズを食べている訳でない事を見抜かれた上でか?

そんな事を思っている内に、リョウくんはとっとと厨房へ引っ込んでいく。

早速調理を始めたリョウくんの様子を眺めながら、僕達は夕飯が到着するのをお腹を空かせて待った。

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