142.第21話 5部目 名前
夜。
お袋さんと共にアインとスミレの世話に追われ、辺りはすっかり暗くなってしまったが、2人が眠りについたのを見てから、僕はレオンくんの家に足を運んだ。
「ー…ふぅん…。あの連中が言ってた事ってマジだったんだ」
お袋さんから聞いた話の要点を掻い摘んで話すと、レオンくんは面白くなさそうに呟いた。
親父さんを連れ去った一団の言い分が、一部とはいえ事実だった事が面白く無いようだ。
「でもさー、シャクだけど村長サンが誘拐犯ってのは間違いなんだろ?」
「うん。親父さんは誘拐犯じゃない。でも、事情を知らない向こうからすれば誘拐も同然だろうね」
この点については、お袋さんと親父さんを擁護出来ない。
2人は誤解される事も承知の上で、お袋さんの家出を決行したのだから。
途中で戻る事もせず、そのまま旅を続けてしまい弁解の余地を自ら手放したのだ。
…その結果、僕は今ここに居るのだから、文句を付けようにも付け辛いのだが…。
「テッちゃんってその辺、マジでシビアだよなー。自分の親なのに容赦ねぇの、マジウケる」
そう言って、レオンくんは意地悪く笑った。
「家族だからって間違った事を間違ってると指摘しないのは、何も期待してないのと同義だからね。
2人には、これからもウェルス村を支えていって貰わないと…」
「テッちゃんが旅に出れなくなる。でしょ?」
「…まぁ、ね」
僕の答えを聞いて、レオンくんは更に楽しげに笑う。
人には厳しいのに、自分には甘い僕。と言う図がそんなに面白いのだろうか?
「にしても、アメちゃんが日本人とのハーフだったってのはビビったなー」
「あぁうん…。僕も、転生したのに日本人の血が流れてるって事実に驚いたよ」
「そういや、そうじゃん!テッちゃん、日本人のクオーターじゃん!見た目全然、日本人じゃないけどなー」
「まぁ、日本人の血と言っても、お袋さんほど濃くないだろうしね」
まさか、元日本人が転生したら日本人の血を僅かながらに引いているなんて、何の因果だろうか?
嫌な訳ではないが、不思議な気持ちである。
「でも、相手が日本人なら話、通じそうじゃね?テッちゃんが元日本人の転生者デスーって言えばさ」
「それは…時と場合によるかな…」
出来れば、祖父に当たる侯爵に転生者であるとは知らせたくない。
どのような人物なのかにもよるが、祖父の立場に立って考えると、孫が転生者だと知らせるのは酷に感じる…。
親父さんを散々悩ませた事を、あっけらかんに話すのは流石に憚られるのだ。
それに、転生者であると知られれば、【異世界人連盟】とやらに連絡が行くかもしれない。
今の僕が【異世界人連盟】に接触するのは、何かと問題が生じそうだから関わりたくないのだ。
…もしかしたら、この国の学校に行けるようになるかもしれないが…。
その為だけに、身分を明かす事は避けたい。
「ふぅん…。で?テッちゃんの爺ちゃんには、どうやって会うの?」
「あぁ、それについては考えがあって…」
レオンくんの問いに答えようとした瞬間、僕は重大な事を思い出して戦慄した。
「…そういえば、お袋さんにお祖父様の名前を聞くのを忘れた……」
2人の過去を聞く事にだけ集中しすぎて、祖父の名前を聞き忘れてしまった…!
何たる失態。家に帰ったら、直ぐに聞かなければ。
話を掘り返すのは気が引けるが…。
「名前?あぁ…そういや、連中のカシラっぽいのが、村長サン連れてく時に言ってたけど?」
これは渡りに船だ。
「本当?じゃあ、教えてくれないかな?」
レオンくんに聞いて、お袋さんへの心の負担を軽減する事にしよう。
「えーっと…イサジ・カムロって名前だった」
「イサジ・カムロ…。「神室伊佐次」かな?あまり無い名前だけど、間違いなく日本人だね」
僕はレオンくんから聞いた名前を小さい羊皮紙に漢字で書き起こした。
それを見たレオンくんが言う。
「なーんか、聞いた事あんだよなぁ…イサジって名前」
「同級生に居たとかかい?」
「はー?俺のタメに、こんなダセェ名前の奴いねぇって!」
ムッとしながら、レオンくんは考え込み出した。
「うーん…。…あ、あれだ!なんか、ほら!昔のドラマでさー、イサジって名前の奴が出てくんの合ったじゃん!ほら時代劇の!」
同意を求められた、僕は思い当たる事が無いか記憶を掘り起こしてみる。
しかし、思い至ったソレに僕は自信が無い。
何故なら、レオンくんの歳からすると知っている方が希有だからだ。
「…僕が思い至ったのは、「髪結い伊佐次」って言う時代劇だけど……」
「あー!そう!それそれー!クソ親父が見てたわ」
そのドラマは、僕が死んだ西暦2018年から見て、約20年前のドラマである。
それをレオンくんの父親がビデオか何かで見ていたのを、覚えていたのだろうか?
「レオンくんの親父さんって随分渋い趣味してるんだねぇ…」
「酒飲むついでに流しで見てただけだって。チャンネル回すの面倒だったんじゃね?」
…んん?
何だろう…。この、微妙に話が噛み合って無い感覚は…。
「渋いも何もウチのクソ親父、元ヤンだぜ?俺の名前の漢字もヤンキー感ばりばりでヤベェんだから」
そう言って、レオンくんは僕から携帯用の固形墨を取り上げて、羊皮紙に自分の名前を漢字で書いて見せてくれた。
水木 玲音。
これが名字を含めたレオンくんの名前らしい。
「へぇ…良い名前だね」
「何処が!玲音って、完全当て字だぜ?まんま、元ヤンの思考じゃん」
まぁ、珍しい名前である事は確かだな。
だが、レオンと言う響きからして、今時の若者の名前らしい。
しかし…。
「ただの当て字と馬鹿にするもんじゃないよ。
この玲と言う漢字だけで、
つまり、レオンくんの名前には、玉が響き合う美しい音って言う意味が読み取れるんだよ。
実に綺麗な名前じゃないか」
そう言って、漢字の意味を教えるとレオンくんは目をパチクリさせた。
「…絶ッッ対、ウチの親、そこまで考えて付けてねぇから」
「だとしても、”レオン”と言う響きからして、レオンくんに立派になって欲しいって気持ちは込められてるんじゃないかな?」
両親への反抗的な態度を垣間見せるレオンくんにそう言うと、レオンくんは面白くなさそうに口を尖らせた。
「そういや、テッちゃんって前の名前なんてーの?書いてよ」
話題の矛先が僕に向かい、レオンくんは持って居た固形墨を僕に差し出した。
嫌な事を言ってしまっただろうか?
「…教えた事無かったんだっけ?」
「聞いてねぇ聞いてねぇ」
早く書けと急かされ、僕は苦笑しながら羊皮紙に前の自分の名前を書いた。
前田 清。
…うん。久々にこの名前を見たなぁ。
不思議と安心する。
今の名前にも馴染んできたものの、やはり前世の名前は格別に馴染み深い。
「まえだ、きよし…うっわ!超フツー!てか、ジジ臭ぇー!」
僕の名前を見て、レオンくんは楽しげに笑い転げた。
先ほどまでの不機嫌そうな様子は何処へ行ったのやら。
苗字はともかく、清と言う名前は孫世代にも居たと思うけどなぁ…。
まぁ、レオンくんは曾孫よりも年下だろうし、古臭く感じても無理ないか。
「あはは…。大正生まれの人間だしねぇ…」
「えっ。テッちゃんってタイショー生まれなの!?ってか、タイショーって西暦何年?」
そこからかぁ…と思ったが、僕は苦笑しながら答えた。
「大正は15年間で西暦で言うと1912年から1926年までだね。僕は大正6年生まれだから、1917年生まれだよ」
「え!マジでジジイじゃん!俺が生まれた時に…70超えてんの!?ヤバくね!?」
…うん??
「…えぇっと…レオンくんが生まれたのが、前世の僕が70歳の時なの…?」
「俺が1989年生まれで、テッちゃんが1917年生まれだろ?
って事は、テッちゃんは70超えてね?
っつーかさ、テッちゃんいつまで生きてんだよー!90近くまで生きてたとかヤバくね!?」
1989年は、確か…平成元年じゃなかっただろうか…?
そして、今レオンくんは18歳だが、転移して来た時は17歳だった訳で…。
つまりは…。
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