141.第21話 4部目 ネッド・ミラー


「ネッドは…馬丁、狩猟、狩猟区域管理、狩猟補佐…幾つかの仕事を兼任してたわ。

お父様は無駄を嫌ってたから、他の家よりも使用人の数は少なかったの。

お父様自身、自分の事は自分でなさって居たし…」

「つまり…父ちゃんは侯爵家の使用人だったって事!?」

「えぇ、そうよ」

驚く僕とは対照的に、お袋さんは悲しげに微笑む。

侯爵家に仕える使用人と、その家のお嬢様が2人揃って行方を暗ましたなんて…大事件じゃないか!

駆け落ちと言わないでも、誘拐と思われるのも無理はない…。

しかし、親父さんの正体を聞いた今となっては思い当たる節が多い。

主人からの命令で狩猟してきたり、領地内の狩猟区域の管理。

そして、狩猟区域内で狩猟する時の主人の補佐。

それらの経歴から、親父さんが狩猟と自然環境への慣れが合った事が伺える。

世間知らずのお袋さんをウェルス村まで連れて来られたのも、

その卓越した技術を持った親父さんだったからかも知れない。

全ての辻褄が合った事に感心していると、お袋さんが言う。

「…ネッドは、暫くしたら私を家へ帰すつもりだったのよ?

自分が責任を負う事も覚悟だったみたい。

でも…旅を続けていく内に、私がネッドを好きになってしまったから…」

そう言って、お袋さんはまた顔を両手で覆う。

「ネッドと離れたくなくて、家に帰りたくなくて、私は、我が儘を言い続けたわ。

ネッドに気持ちも伝えた。でも…ネッドは「自分は使用人で、お嬢様はお嬢様だから」…。

そう言って、私の気持ちに応えてくれなかった。

悲しかったけど、辛かったけど…ネッドと離れる方が嫌だったから、

私は旅を続けて…ネッドはそれに付いて来てくれて…っ」

顔を覆う両手の隙間から、涙が溢れて来ている。

心に迫る声で告げられる2人の物語に、僕は耳を傾ける事しか出来ない。

「ネッドは悪くないの。私が我が儘を言い続けて来たから…っ。

ネッドは私の我が儘を叶え続けてくれただけなの…っ!

悪いのは私なのに…!私は…どうしてここに居るの…!?

ネッドが行く事なかったのに…っ。

私はここに居るって、あの時に言えていればネッドは…!

ごめんなさい…。ネッド…テオ…ごめんなさい…っ。私の所為で…!」

あくまでも、親父さんは悪くない。自分が悪いんだと言い続けるお袋さん。

何度も何度もごめんなさい。と繰り返して泣き続けるお袋さんに、僕は…。

「…ねぇ、母ちゃん。母ちゃんの我が儘だけで、父ちゃんの人生を

滅茶苦茶にしてしまったと思っているなら違うよ。

父ちゃんは望んで、母ちゃんと夫婦になったんだと僕は思うよ。

じゃなきゃ、僕やアインとスミレはここに居ないしね」

「でも…でも…っ!」

僕の慰めを聞いても、お袋さんは悲痛な表情を浮かべて涙を次々と流していく。

唇を強く噛みしめるお袋さんを見て、慰めだけではお袋さんの気持ちを救うには足りないと僕は判断して、かける言葉の種類を変える。

「…2人が間違った所を敢えて言うなら、お祖父様に許しを乞いに行かなかった事かな。

2人の結婚を許して貰えるまで、何度も、何度も話し合うべきだったんだよ。

捜索隊を組むくらいに母ちゃんの事を愛してくれているお祖父様に、何もかも話すべきだったんだよ。

父ちゃんはそれが分かってたから、大人しく連行されたんだと僕は思う」

「…っ」

お袋さんが貴族の子息との結婚を嫌がった理由は痛いほどに分かった。

なのに無理にでも御家のために結婚するべきだったなんて僕には言えない。

お袋さんが暗い表情をしたまま、結婚生活を送っていたかもしれないなんて考えるだけで辛いし耐え難い。

だから、親父さんは自分の身が裁かれるのも覚悟の上で、お袋さんの家出に付き合ったのだろう。

そして、その日が来たと察して大人しく連行されて行ったのだ。

お袋さんに対して一切の愛情が無くて、こんな一方的な自己犠牲が出来る筈がない。

「でも、父ちゃんは間違えてる。

自分が犠牲になれば、母ちゃんや僕達を守れると思って連行されて行ったんだろうけど、その判断は間違えてる。

父ちゃんの身は、もはや僕達家族だけの物じゃないんだ。

ウェルス村の村長としての義務を放棄したも同然だよ。

…母ちゃんが泣く事も分かってた筈だ。

なのに、1人だけ犠牲になって満足してるなんて僕は許せない」

「テオ…」

素直な苛立ちを口にすると、お袋さんは驚いた表情で僕を見た。

親父さんは、自分が罪人だと自覚していたんだ。

だから、同じ罪人であるレオンくん達への当たりも強かったのだ。

対応を甘くする事は、自分を許すと同義だと思ったからだろう。

だが、そうならそうで、罪を告白して自ら許しを乞いに行くべきだったのだ。

結局、親父さんは逃げに徹しただけ。

自分が犠牲になる事で、お袋さんを庇う事で、罪の意識から逃げたのだ。

なんて愚かなのか。

でも…。

「…でも、母ちゃん達は廃村寸前だったウェルス村を助けた。

母ちゃんが家出しなければ、父ちゃんが家出について来なければ、

2人が夫婦にならなかったら…僕は、おばば達はこの世に居ない。

2人がウェルスに住む事を決めなかったら、僕の生まれ故郷は無くなっていたし、

エヴァンはおばば達の死を1人で見届けて居たかもしれないし、

パーカーさんの夢は叶わなかっただろうし、ジョンさんは働く楽しさを知らずに生きて居ただろうし…。

レオンくんも、盗賊のカシラのまま罪を重ね続けて居たかもしれない」

僕の言葉を聞いて、お袋さんは慌てた様子で言った。

「…っ!で、でも!ウェルスが立ち直ったのは、テオが居たから…っ!」

…また、それか。

異世界人は偉大だと言う認識を刷り込まれてしまっているようだな…。

僕はそれを真っ向から否定するつもりで言葉を続ける。

「それだって、僕1人の力じゃないでしょう?

僕がまともに喋れるようになるまでは、父ちゃんが村を支えてたし、

母ちゃんはおばば達を支えてくれてた。

人が増えてからは、僕の言葉を信じて率先して動いてくれた。

2人が居なかったら、ウェルスは無いよ。おばば達も居ないんだよ。

2人が居たから僕が居て、2人が居たから今のウェルスは在るんだよ」

そう。2人は様々な人に迷惑を掛けたし、悲しい思いもさせただろう。

でも、その一方で2人が居なければ、亡くなって居た命がある。

2年前に僕の言葉信じ、2人が行動してくれたからこそ、ウェルスはここまで復興出来たのだ。

それ以前までは、必死になって出来る限りの事をして、ウェルスを支えてくれていた。

僕を生み落とすと同時に、ウェルスを離れる選択だって合ったんだ。

グレイスフォレストへ行く事も出来たのに、2人はそうしなかった。

僕の生まれ故郷を守るために。

僕達家族を、何も聞かず言わず受け入れた、おばば達に報いるために。

…そう。罪滅ぼしは充分に済んだ。

「母ちゃん。僕が父ちゃんを連れ戻してくるよ」

「えっ…?」

微笑んで決意表明すると、お袋さんは心から困惑した表情を浮かべた。

「正直に言うと、僕は父ちゃんも母ちゃんも間違った事をしたと思う。

でも、2人は充分に苦しみを味わった。間違った事以上の正しい事をした。

…僕って言う転生者を、気味悪がらずに親として育ててくれた。

それがどれだけ立派な事だったかを、僕は、お祖父様に証明してくる。

そして、父ちゃんを返して貰う。この村の未来のためにも」

「テオ…」

僕の言葉を聞き、お袋さんはそれ以上何も言わずただただ涙を溢し続けた。

間違った事と分かった上で、一緒になった親父さんの身を案じない訳がない。

僕が連れ戻してくると言っただけでも、お袋さんの気持ちを少し救えただろう。

あとは本人を連れ帰ってくれば、お袋さんは心から笑ってくれる筈だ。


…父ちゃん。

一度抱えると決めたものを、自己犠牲という名の逃亡で放るなんて僕は許さないよ。

家族の事も、ウェルスの事も、抱えるって決めたから長になったんでしょう?

これ以上、逃げる事は許さない。何が何でも戻って来て貰うよ。

…親父さんはウェルス村の村長なんだから。

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