139.第21話 2部目 侯爵令嬢・アメリア


「あ…レオンくん。おばばとジョンさんも」

「テッちゃん!」

ミラー宅から出て来たのは、少し元気の無いテオだった。

「テッちゃん…村長サンが…っ」

「うん。家の中から見てたから知ってるよ」

レオンの言葉に被せる様にしてテオは知っている事を3人に伝えた。

それを聞き、真っ先におばばが口を開く。

「…アメリアは?」

「……」

そのテオの無言で、アメリアも知っている事が分かり3人は揃って落ち込んだ。

3人にテオは言う。

「こっちは大丈夫だから。とりあえず、皆はいつも通り過ごしててくれる?」

穏やかに笑って告げられた待機指示に、レオンはテオの両肩を掴む。

「いつも通りって…テッちゃん!そんな場合かよ!?村長サン、連れてかれちまったんだぞ!?

俺、やっぱり今からでもアイツら追っかけて、村長サン連れ戻しに…!」

「大丈夫だから」

焦るレオンにテオは諭す様な声色で重ねて大丈夫だと言った。

大丈夫な訳がない。一家の大黒柱であり、村の長であるネッドが居なくなって、大丈夫な筈がない。

レオンは強くそう思ったが、テオの穏やかでありながら悲しげな笑顔を見て、ぐっと言葉を飲み込んだ。

「あーもー…分かった分かった。いつも通りな?」

「うん。ごめんね。それと庇ってくれて、ありがとう」

「…は?」

「父ちゃんを隠そうとしてくれたでしょう?僕達の為に」

テオにそう言われ、レオンは目を見開いて固まった。

何も言わないレオンを見て、テオは苦笑しながらおばばとジョンをそれぞれ見てから言った。

「2人の事は僕が聞いておくから。少し、待っててくれないかな?」

「…まぁ、お前の両親の事だからね。聞けるのもお前しか居ないだろうさ」

テオの言葉におばばは静かに同意した。

ジョンは自分達が聞かずに済んだ事に安堵する同時に、テオ達を心配している様だ。

「ゆっくりで良いから」

「うん、ありがとう。ジョンさん。…それじゃあ、僕、家の中に戻るよ」

そう言って、テオは静かに玄関の扉を閉めた。

中に居るアメリアや、弟妹を刺激しない様に気遣いながら。

テオが家に入るのを見送ると、早速ジョンが動き出す。

「…俺も作業場に戻るよ。作業場に居る皆にも伝えなきゃならないし」

ジョンが背を向けて歩き出した所で、レオンが面白くなさそうな顔をして言った。

「ジョーくん、何か思ってたより冷静じゃね?もっと騒ぐかと思ったんだけど」

一年前。レオン達が起こした、ウェルス村襲撃事件の時。

ジョンと含む移住組は、ネッドの反撃や自傷、テオを人質にされた事、アメリアの暴走を目にしてかなり動揺していた。

今回も、同じだけ動揺しても可笑しくない状況にも関わらず、ジョンは話し合いの間、始終冷静だった。

レオンだけが取り乱した事になる。それが妙に面白くない。

ジョンは振り返ってレオンの疑問に答えた。

「…ここに来る前にネッドさんに言われたから。「何があっても、お前達はいつも通りにしろ」って」

「……村長信者かよ」

「何とでも。俺がネッドさんを尊敬してるのは本当だし、帰って来るって信じてるから、ネッドさんの指示通り「いつも通り」に過ごすよ」

レオンの茶化しを受けても、ジョンは動揺する事なく飄々と返して作業場へと戻って行った。

その様子からレオンの思い違いだった事を知り、妙に安心する。

村を一番に大事に思っているのが自分の様な気がしていた。

大事になんて思ってないと自分を否定しつつも、そんな気がしてレオンは落ち着かなかったのだ。

しかし、いつも通りに過ごす事でネッドが帰って来る様にと願っているのだろう。

今ここで、ウェルス村が崩壊してはネッドも戻って来れなくなるのだから。

「…はー。仕方ねーなー。俺も村の見回りに戻るかー」

そう言いながら身体を伸ばすレオンの首根っこを、おばばが突如掴んだ。

「暇な様だね。来な。今日は畑でコキ使ってやるよ」

「ちょっ…俺は見回りに戻るって言ったじゃん!!」

「何が見回りだい。拘束魔法の効力で抵抗出来ない警備が、役に立つと思ってんのかい?」

「ちくしょー!そうだったー!!」

おばばに連行されながら、レオンは心の底から悔しさを叫んだ。

ネッドが言い残した「いつも通り」を守る様に。




家の中に戻ると、土間に居た筈のお袋さんの姿が無かった。

怪訝に思ったが寝室の方からお袋さんが弟妹のどちらかをあやす声が聞こえてくる。

僕はそっと寝室の扉を開け、中の様子を伺った。

すると、ぐずるスミレをお袋さんが困った様子であやしている。

「…スミレ、どうしたの?」

「あっ…テオ…っ。そ、それがよく分からないの…っ」

昼寝から起きたばかりで機嫌が悪くなっているのか、お袋さんの抱っこも嫌がっている様子だ。

アインは起きる様子もなく、すやすや眠っている。

僕はアインを起こさない様に、静かに扉を閉めてお袋さんの元に近寄った。

お袋さんの腕の中で何かの文句を言いながら、手足をバラバラに動かしている。

うっかりお袋さんの顔を殴ったり、蹴ったりしてしまいそうだ。

「…抱っこが嫌みたいだし、ベッドに寝かせて見たら?」

「そ、そうね…」

そっとベッドに下ろすと、スミレは辺りの様子を伺う素振りを見せた。

すると、スミレの機嫌がどんどん悪くなっていくではないか…!

「ふぇ…っ!」

眉を顰めて文句有り気に、今にも大泣きしそうな気配がして僕は慌ててスミレを抱えた。

しかし、僕が抱えてもスミレはご機嫌斜めで暴れてしまう。

「うぅうぅぅううっ!」

「ど、どうすれば機嫌を治してくれるんだい…?」

「ううっ!うぅうぅぅ!!」

降ろせと言わんばかりに暴れるスミレ。

しかし、ベッドに下ろした途端、機嫌が更に悪くなったのにどうしろと…。

暴れるスミレを落とさない様にしっかり抱えながら考えた結果、僕は一つの答えを導き出す。

僕は親父さんとお袋さんが使っているベッドに、そっとスミレを降ろした。

そして、再び辺りを見渡すスミレ。

少しすると、スミレは満足げにしながら手足をバタつかせて遊び始めた。

どうやら、ベッドの親父さんの匂いで安心したらしい。

スミレはやはり、親父さんが大好きな様だなぁ…。

「何とか機嫌は治してくれたみたい」

「そう、ね……」

安堵してお袋さんに報告したものの、お袋さんは憔悴した様子で返事をした。

こんな調子のお袋さんに聞いて大丈夫なのだろうか…。

…いや、聞かねばならない。

「…母ちゃん」

「……なに?」

「僕は、まだ大人になれてないけど…聞かせてくれる?」

大人になったら2人の事情を聞く。それが、僕達親子間で交わされた約束。

僕と親父さんは、その約束を守るつもりで居たが、お袋さんは2人の事情を話す事を恐れている様子だった。

こんな事が起こらず、7年後を迎えた時ですらお袋さんは話すのを嫌がっていたかもしれない。

しかし、親父さんが連れて行かれてしまったからには、約束は反故にする他ない。

今聞かなければ、救えるものも救えない。

僕は意気消沈したお袋さんの目を無言でじっと見つめた。

話したくない。などとは言わせないつもりで。

「…私の所為なの」

「え?」

開口一番に言われた言葉に僕は眉を顰める。

その言葉の意味は、親父さんが連れて行かれたのはお袋さんの責任だと言う意味だろうか?

僕はじっとお袋さんの言葉を待つ。

すると、お袋さんは目に涙を溜めながら口を開いた。

「…ネッドは私の所為で連れて行かれてしまったの…。

私の我が儘をネッドが叶えてくれたから…っ。私が逃げたから…っ」

堪えられず大粒の涙がこぼれ、お袋さんは慌てて顔を両手で覆い隠す。

僕はお袋さんの隣に座り、背中を摩った。

「…逃げた…って?」

僕は一番気になった言葉の意味を訊ねた。

お袋さんは泣きじゃくりながら答える。

「……結婚…」

「…え?」

「結婚から、逃げたの」

その答えを聞き、僕に衝撃が走った。

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