138.第21話 1部目 困惑の波


連れて行かれる父の大きな背中。

必死で嗚咽を堪える母の横顔。

僕は。

僕は何も出来なかった。

レオンくんが親父さんの存在を隠そうとしてくれた。

けど、親父さんは何もかも覚悟の上で、一団の前に現れたんだ。

親父さんが連れて行かれるさまを見たお袋さんは、膝から崩れ落ちて今も尚、口を押さえて悲しみに耐えている。

寝室で昼寝をしているアインとスミレを起こさない様に。

自分の悲しみを漏らさない様に…。

どうする?泣き崩れるお袋さんに何て声を掛ければ良い?

……。

僕は、そっとお袋さんを抱き締めた。

「っぅ…テ、テオ…っ」

「…大丈夫。大丈夫だから……」

それしか、言えなかった。

大粒の涙をボロボロと流すお袋さんの背中を、何度も撫でて僕は「大丈夫」と言い続けた。

大丈夫。大丈夫。

…そう。大丈夫だから。




ー…。

「…どうなってんだよ!!」

ウェルス村の空に、レオンの苛立ちの怒声が響いた。

武装をした一団が突然現れ、村長であるネッドをまんまと連れて行かれた事への苛立ちだった。

事情は全く見えないものの、ネッドを一団に引き渡す訳には行かないと直感したからだ。

しかし、その目論見は外れネッドは連れて行かれてしまった。

「誘拐」と言う罪状をその身に付けられて。

「…連れて行かれちまったね」

一団が去っていた方向を見遣りながら、おばばは言った。

「っるせぇぞ!ババアは黙ってろ!!」

そっと近づいて来たおばばに対し、レオンは瞬間的に噛み付いた。

怒髪天に来ている状態で、相手が何者でも噛み付きそうだ。

「そのババアに怒鳴って、何か解決するのかい?」

しかし、おばばは怯む事なく冷静に言葉を返す。

それでも尚、反抗的な目を向けるレオンをおばばはじっと見つめる。

一瞬の怯みも見せない毅然とした目は、レオンを徐々に落ち着かせて行った。

「…俺のイライラは解決した」

「そうかい。役に立てて何よりだよ」

バツが悪そうにしながら言うレオンに、おばばは心にも無い言葉を気軽に返す。

「はぁ…。どうすんだよ?村長サン連れてかれたんだけど?っつーか、何で連れてかれたんだよ?」

「…誘拐の容疑って言ってたけど……」

「ジョーくん」

レオンの吐露を聞き、ジョンもまた一団が去った方を見ながら2人の側へ来る。

その表情は不安げだが、それほど慌てていない様だ。

「誘拐って…。嘘だろ?あの村長サンが誘拐とかあり得ねーっしょ」

鼻で笑ってレオンは一団の長が主張していた事を迷いなく否定した。

ネッドが誘拐なんて、姑息な真似をする男とは思えないと言いたげに。

「それなら何でネッドは否定しなかったんだい?」

違うと言うレオンとは対照的に、おばばはネッドが否定しなかった事を指摘する。

おばばの指摘を聞き、レオンは顔を顰めた。

まるで、おばばはネッドが誘拐犯だと思っているかの様な口ぶりに苛立ちを覚える。

「は?何でって…」

「ネッドは、違う事は違うと言える男だよ」

「…」

しかし、おばばはネッドを信用している事が言葉の端々から感じとれて、レオンは口を噤むしかなかった。

信用しているからこそ、ネッドが否定しなかった事が気がかりなのだろう。

「レオン。俺は同じ考えだよ。…でも、侯爵令嬢誘拐って一体……」

ジョンもまたネッドを信じている様だが、一団の長の言葉に気になる節が有るのも確かだった。

誘拐。その言葉が指し示す意味とは…。

「そういや、そんな事言ってたっけ?”令嬢”ってあれだろ…?

あのー…社長令嬢とかって言う…その、何か、偉い人の娘?だっけ?」

「え、偉い人ってレオン…。こ、”侯爵”だよ?分からないの?」

侯爵、と言うものが分からない様子のレオンに対し、ジョンは愕然とした表情をして聞いた。

すると、レオンはムッとした顔をして言う。

「仕方ねーじゃん!日本にコーシャクなんて居ないんだからよー!」

「…”侯爵”ってのは…皇帝陛下を頂点と数えて、三番目に貴い位の方の事だよ」

知らない事を馬鹿にされたと怒るレオンに、おばばが淡々と”侯爵”について説明した。

おばばの説明に無言で頷くジョンを見て、レオンは問う。

「え、じゃあ何?コーシャクって貴族って事?」

「貴族以外に何があると…」

「大蔵大臣とか、そう言うもんかと思った」

「オオクラダイジン?」

「大蔵大臣ってのは…えーっと…何だっけ?」

「俺に聞かれても、レオンの故郷の事は分からないよ」

「んだよ!俺の事は馬鹿にした癖に!」

先ほどまでのピリピリとした空気から一転、レオンはいつもの調子に戻りジョンと普通に下らない話を続けたが、暫くすると話に軌道修正が入った。

「ー…とにかく。侯爵様って言うのは、かなり凄い貴族の事なんだよ。

その貴族の娘を令嬢って言う訳で…つまり、アメリアさんは…」

「アメちゃんが金持ちのお嬢様ぁ?…マジで?」

ネッドが誘拐犯だと言われた事と同じだけ、アメリアが侯爵令嬢である事に違和感を覚えるレオンとジョン。

立ち居振る舞いや、喋り方にそれらしさは感じるが、2人の思う貴族の令嬢像に当て嵌まらないのだ。

侯爵令嬢と言えば、相当に裕福な暮らしを送っているはずだ。

にも関わらず、何故アメリアは廃村寸前だったウェルス村に住む事を決めたのか。

そして、ネッドは何故アメリアとここまで来たのか。

レオンとジョンは顔を見合わせて無言の議論を交わしたが、答えは出なかった。

「…おばばは知ってた?」

結果、自然とレオンはおばばにそう尋ねた。

「いいや。知らないね」

しかし、帰って来た答えは望むものでは無い。

「はぁ!?知らねぇって…何で!?」

「聞いた事も話された事も無いからね」

それが当然だと言う様に答えられ、レオンとジョンは途方に暮れた。

これでは、ネッドが連れて行かれた経緯も分かったものでは無い。

困り果てた2人に対し、おばばは言う。

「分からない以上、聞くしか無いね」

「聞くって…アメちゃんに?」

ネッドが連れて行かれた事をアメリアが知ったらどう思うか。

どんな反応を見せるか。その事を思うだけでレオンの気分が落ち込んだ。

その上、おばばにも話す事の無かった過去の話を聞かせてくれなんて、どうして言えようか。

ジョンも同じく、アメリアに事情を聞き出す事は憚られる様子で尻込みしている。

すると、ミラー宅の玄関が開いた。

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