135.第20話 3部目 関係の変化

「…ジョンさん?」

「あっ…!テ、テオくん!レオン!レオン見なかった!?」

必死の形相で僕の両肩を掴みながら聞かれ、僕はレオンくんが去って行った方向を指差した。

「さっきまで話してて、あっちの方に走って行ったけど…」

もしかして、言い逃げじゃなくジョンから逃げるために走って行ったのだろうか?

「はーっはーっ…そ、そっか…」

ジョンは息も絶え絶えの様子で、ガックリと項垂れている。

「…レオンくん、また何かやらかしたの?」

レオンくんがあちこちを掻き回しているのは日常だが、今回は何をしでかしたのやら…。

しかし、ジョンは僕の質問を聞き、ぎくりと肩を揺らした。

「い、いや…やらかしたと言うか…」

「?」

答え辛そうにするジョンを見て、僕は疑問符を浮かべた。

よっぽど答え辛い事でもやらかしたのだろうか…。

…子供には聞かせられない様な事か?

そう思案していると、ジョンは姿勢を正して言った。

「…いや。大した事じゃないんだ…。休憩時間も終わるし作業場に戻るよ」

「そう?…僕からレオンくんに伝えておこうか?ジョンさんが探してたって…」

「いや、良いよ。俺が追いかけてたって事は気が付いてるだろうし…」

ジョンは苦笑して答えながら、僕に手を降って作業場の方面へ歩いて行った。

心なしか元気を無くしている様に見える背中に、僕は更に疑問符を浮かべる。

不思議に思いながらも、僕は縫製所へ向かった。

縫製所の玄関を前に僕は深く息を吸い込んで、気持ちを落ち着けた。

女の園となっている縫製所に足を踏み入れるのは、中々に勇気がいる。

僕は怖ず怖ずと縫製所の扉を開き、中へ入った。

「…こんにちはー」

「いらっしゃ…きゃー!テオくん!いらっしゃーいっ♡」

「ぐえっ」

真っ先に僕を出迎えてくれたのは縫製所の主人であるリズだった。

いきなり抱き締められ頬擦りされたが、僕は黙って耐えた。

一頻り可愛がられた後、僕は苦笑しながら言う。

「さっき、そこでレオンくんと会って、赤ちゃんの服で悩んでるって聞いたんだけど…」

敢えて着せ替えしたい云々には触れずに、赤ん坊の服の事を前面に押し出して用件を伝えると、リズは嬉しそうな顔をして答えた。

「そうなの!アインちゃんとスミレちゃんの為の服を作ったんだけど、大きさが分からないから困ってたのー!」

そう言って、リズは僕の手を引いて縫製所の奥まで入っていく。

縫製所の奥では、年子姉妹のメルとリラが縫製作業をしていた。

「メルー、リラー。テオくん来たよー!」

「わっ、本当だー!」

「今日もサイコーに可愛い!」

メルとリラは縫製作業を放り出して、僕の頭を撫で繰り回し始めた。

…ここに来ると、まず3人に揉みくちゃにされるのが通例となっている。

その所為で、僕の足は縫製所から遠のいているのだが…。

やんわり止めて欲しいと伝えても、照れ隠しだと捉えられてしまい

却って可愛がりの手が激しくなるため、僕は諦めて最小限の可愛がりになる様に

我慢する様にしている。

少しの間3人の玩具になった後で、僕はようやっと件の赤ん坊の服を見れた。

「ー…どうかなー?アインちゃんとスミレちゃん、着れそう?」

男女の双子として生まれた弟妹・アインとスミレには少し大きく見える服だ。

体を包む程度の布地と袖あり、足は自由に動く様な服らしい。

「…うん。少し余裕があるくらいだと思うよ」

「ブカブカじゃない?」

「むしろ、少し大きいくらいが丁度良いと思うな」

「そっかぁ…」

僕の意見を聞いて、3人は安堵した様に息を吐いた。

そして、それを皮切りに3人は次々と赤ん坊の服を見せて来た。

どれもこれも愛情込めて作られた物ばかりで、3人ともアインとスミレを可愛く思っていると伝わってくる。

「アインちゃんは、アメリアさんとテオくん似だから、暖色系が似合うと思うの!

こっちの服なんか、絶対似合うわ!」

爛々と目を輝かせながら、リズは臙脂えんじ色の服を掲げる。

それに対し、メルとリラはそれぞれにお勧めの服を持って言った。

「大人っぽすぎー!アインちゃんになら、こっちの橙色が良いと思う!」

「ここは敢えて、寒色系の水色も良いと思う!」

2人の提案を聞き、リズは悩ましげに顔を顰めた。

「むぅううぅ!そ、それなら!スミレちゃんには何色が良いと思う!?

私が思うに、あの輝かしい金髪には桃色が…!」

「はい!スミレちゃんの目の色に合わせた紫色が良いと思う!」

「スミレちゃんも水色がサイコーに似合うと思う!」

「それは、リラが水色好きなだけでしょっ!?」

わちゃわちゃとした言い合いを側で聞きながら、僕は黙って事態の収束を待った。

いっその事、そっと縫製所を出ようかとも思ったのだが…。

「ええーい!それならば!テオくんに合う色で勝負よ!!」

「「望むところだし!」」

最終的には僕を着せ替えする流れになりそうなり、僕は慌てて話題を変えた。

「とっ、ところで!さっき、ジョンさんとも会ったんだけど、

レオンくんを追いかけてた見たいなんだ。何が合ったか知らないかな?」

頭の隅で引っかかっていた事を話題に出し、3人の気を逸らす事にした僕は答えを待った。

するとメルとリラがニヤケながら、リズをじっと見つめ始めた。

リズは困った様な照れ臭い様な雰囲気を纏わせながら、もじもじしている。

その雰囲気から、まさか…と思った僕だったが、余計な事は言わず再度問うた。

「何かあったの?」

リズは答え辛そうにしているが、リズ、ジョン、レオンくんの間に何か合ったのは明白だ。

すると、メルとリラが痺れを切らした様子で暴露した。

「「ジョーくんがヤキモチ焼いてたんだー」」

「もーっ!メルとリラったら!」

言われたら困ると言った態度のリズだが、その顔からは嬉しさが滲み出ている。

詳しく聞いてみると、どうやらレオンくんとリズの関係を疑ったジョンが、2人の間に割り込んで来たらしい。

レオンくんは、度々メルとリラの様子を伺いに縫製所に顔を出す。

その頻度が高いためか、前々からジョンはリズとの関係を疑って居たらしい。

そして、リズとレオンくんが仲睦まじく話している場面を目撃したジョンが、勘違いして2人の間に割り込んで来たと言うのだ。

レオンくんとの仲が改善されつつ有るものの、やはり大切な妹分であるリズがレオンくんに好きにされるのは嫌だったのだろう。

しかし、レオンくんはリズではなく、お袋さん…アメリアを好いている。

それは最早周知の事実であり、住民の殆どが知っている事だった。

だが、ジョンは違った。

度々、レオンくんがお袋さんの話をするのも、単なる憧れだろうと思って居たらしい。

まさか既婚者であり村長の奥さんである、お袋さんを本気で好きだと言っているとは思わなかったのだろう。

故に、本命がリズであると思い込み、ジョンはレオンくんを牽制した。

だが、それは思い違いであり、リズとレオンくんは単なる友人同士であると説明すると、ジョンは渋々ながら納得したとの事。

しかし、そこへレオンくんの揶揄いが入った事で、ジョンはレオンくんを懲らしめるために追いかけ回して居た…と言うのが事の全てだった。

恐らく、レオンくんが態々ヤキモチを焼いていた事をジョンに指摘したのだろう…。

人の困る顔を見たがるレオンくんだからこそ、容易に想像出来る。

そして、ジョンが嫉妬した事実をリズは喜んでいる、と…。

どうやらこの1年で、2人の関係にも変化はあったらしい。

流石に同じ家で暮らしている以上、意識せざるを得ないのだろうなぁ。

リズは段々と美少女の殻を脱いで、文句無しの美女に成長して来ている。

元盗賊の男達からの人気も高い。

ただの妹分だと思って居た女の子が、他の男に取られるかも知れないと思ったら、気が気じゃなくなる様になって来たのだろう。

これが良い変化なのか、悪い変化なのかはさておき…。

僕としては、早い所リズとジョンには夫婦となって貰いたい。

ウェルス村の為にもだが、今後来るかも知れない移民の女性の尊厳を守る為にも…。

事の真相を聞き、納得した僕は弟妹の服の事をお袋さんに伝えおくと言いながら、早々に縫製所を後にした。

…暫くは弟妹が着せ替え人形代わりとなってくれるかも知れないな。

密かな安堵を持って、僕は村の散策を続けた。

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