134.第20話 2部目 幸せよ


3ヶ月後の真冬。

シン…と静まり返るウェルス村に、大きな泣き声が響き渡る。

銭湯の近くに建てられた産屋から響く声を聞き、住民達は顔を合わせて笑い合った。

しかし、まだ油断は出来ない。もう一つの泣き声が響き渡るまでは。

一つ目の声が響き渡ってから少しして、二つ目の泣き声が村を包んだ。

それを聞いて、住民達は今度こそ心の底から喜んだ。

感涙を流し抱き合う者。無言で握手し合う者。

少し前まで、憎しみを持っていた者同士でも喜び合わずには居られなかった。

ウェルス村に、新たな住民が生まれたのだから。

「ー…テオ」

「…うん」

母・アメリアに名前を呼ばれ、テオは一歩アメリアに歩み寄った。

「ネッド…」

「…」

アメリアに名前を呼ばれ、ネッドは産まれたばかりの我が子を抱えて無言で近付いた。

アメリアはもう1人の我が子を抱えて、夫と長男を見て笑顔で言う。

「私…幸せよ…っ」

嘘偽りのない言葉にテオは嬉しそうに微笑んで応えた。

ネッドは気難しい顔をしながら、片方の手でアメリアの手をしっかり握っている。

5人家族となったミラー家は、ウェルス村に取って希望の光となった。

新たな住民と共に…ー。






お袋さんが妊娠してから、1年が経過した。

僕はあっという間に8歳になり、弟と妹は生後4ヶ月になった。

「テオー。アインの機嫌は直ったかしら?」

「母ちゃん。うん。すっかりご機嫌だよ」

そう言って、僕は腕にしっかり抱えた弟のアインをお袋さんに見せた。

アインは嬉しそうに笑って、お袋さんを見ている。

「ふふっ。本当にアインはお兄ちゃんが大好きねー」

「嬉しいけど、着実に重くなってていつか落とすんじゃないかって不安だよ…」

首は座り始めたものの、まだまだ不安は残る。

赤子を抱える時は幾つになっても緊張するなぁ。

「あら、テオはまだ良いのよ?私はネッドの方が心配だわ…」

「あぁ…父ちゃんは強面だしね…」

何故か、僕よりも親父さんの方が赤子を抱えるのに戦々恐々としているらしく、

抱える時はいつも顔が強張っている。

その所為で、余計に怖がらせてしまっているのだが…。

「うーん。やっぱり、赤ちゃんには強面に見えちゃうのかしら?」

「赤ちゃんにはって言うか…父ちゃんは元から強面だよ?」

「えっ?ネッドは可愛い顔でしょ?」

「えっ」

「え?」

…お袋さんの親父さんを見る目と僕達の見る目が違う事に驚いたが、

そんな事を気にするよりも家の中に残している親父さんと妹の様子が気になる。

僕達は家の中へ入る事にした。

「ネッドー。スミレは眠った?」

「ア、アメリア…」

寝室を3人で覗くと、お目目ぱっちりの妹のスミレと疲弊した親父さんが居た。

スミレは生真面目な顔をして自分の足を吸っている。

うーん。どうして赤子はこうも身が柔らかいんだろうか…?

スミレの様子を見て感心していると、親父さんががっくりと項垂れて言った。

「こいつ…っ。俺の前だと全然寝やしねぇ…っ!」

不思議な事にスミレは親父さんの寝かしつけには全然応えない。

怖い存在が側に居るから、警戒して眠れないのだろうか?

「うーん…。ネッドの顔を見ていたいから、寝てくれないのかしら?」

お袋さんらしい解釈に僕は無言でその可能性を否定した。

それは親父さんも同じだった様で、深い溜め息を吐きながらスミレの手に指をやりながら言った。

「んな馬鹿な…俺の顔見てたって得することなんざ無いぞ…」

スミレは親父さんの指をしっかり握りながら真顔で親父さんを見ている。

その様子を見る限り、嫌われている訳ではないと思うんだけどなぁ。

「そんな事ないわ。ネッドの顔を見てると幸せな気持ちになるもの」

「…えっ」

「え?」

「……んな奴、お前くらいだぞ…」

そう言いながらも親父さんからは若干嬉しそうな雰囲気が漂っている。

…相も変わらず仲の良い夫婦だなぁ。

「あら?アインったら、テオの腕の中で寝ちゃった?」

「え?…あ、本当だ…」

「…お前の顔はアメリア似だしな……」

まるで負け惜しみかの様に言う親父さんの言葉に苦笑しながら、僕はそっとベッドにアインを横たわらせた。

すると、お袋さんがスミレのお腹を優しく叩き始めて、僕達を見て言った。

「スミレは私が寝かしつけるから、2人は出掛けて来て大丈夫よ」

そう言われた僕達は、大人しくお袋さんに託す事にして外出する事にした。

親父さんは作業場へ向かい、僕は散歩がてら村を巡る事にした。

…ウェルス村は、2年前と違って大分賑わうようになった。

年寄り数名に、僕達ミラー一家3名しか居なかった6年間とは比べ物にならないほどだ。

畑は増え、食物が増えた影響か、住民たちは活気付いて仕事に精を出してくれている。

その大半が、元は盗賊だったと言うのも信じられないほど村に馴染んでいるのだ。

最初の内は、ギスギスとした空気があちらこちらから漂って来ていたのだが…。

お袋さんの妊娠が良い機会になったらしく、共通の目標を持って村の運営が出来るようになったのだ。

子は鎹とは、良く言ったものだ。

「おっ。テッちゃんじゃん!子守の時間は終わりぃ?」

散歩していると、目の前からすっかり髪の色が黒くなったレオンくんがやってきた。

染色剤がないため、レオンくんの髪は本来の髪色に戻ったらしい。

日々黒くなっていくレオンくんの髪色を、パーカーやジョンが珍しがっていたのは記憶に新しい。

「うん。今は散歩中…レオンくんは、またサボり?」

「サボりじゃねぇって。見・周・り・!俺、この村のガードマンだからさっ!」

「まぁ、レオンくんほど頼りになる警備員はそう居ないけどねぇ…」

ただし、”自称”警備員である。

レオンくんは、あちこちの作業場に顔を出しては仕事に駆り出され、それが嫌になったら逃げ出す…と言った事を1年の内に何度も繰り返している。

定職に付かずにぶらぶらしている。と言う状況だ。

「あ、そうそう。リッちゃんが、テッちゃんに用事あるっぽかったぜ?「また着せ替えしたーい!」ってさ」

微妙にリズに似せながら、リズが呟いていたであろう言葉を言うレオンくんに僕は苦笑して答えた。

「えぇ…困ったなぁ…」

リズは僕を着せ替え人形にしたがる節があり、顔を合わせると「あれを着ろ」「これを着ろ」と煩いのだ。

しかも、男物なんだか女物なんだか分からないような服を…。

今の所、スカート類を着せられる様な事にはなってないのが救いだ。

「暫く縫製所に顔出してないんだろ?たまには顔出せば?」

そんな僕の苦悩を知っていて、レオンくんは意地悪で顔を出せと言っているのだ。

人が困った顔を見るのがレオンくんの趣味らしく、こう言った手を使っては、あちこちでちょっとした騒ぎを起こしている。

お陰で先住民と移民組の共通の敵として、良い役回りを果たしてくれてはいるのだが…。

「あー、あとさ。赤ちゃん用の服?とか、3人で作ってる見たいだぜ?悩んでるっぽかった」

「!」

意地悪ではあるが、レオンくんは時々こうやって橋渡しになってくれる事がある。

だからかレオンくんを本気で疎む住民は居ない。

村長である親父さんを除いて…だが。

「…分かったよ。これから顔出してみる」

「じゃー、後で何の服着せられたか聞かせてよ。超期待して待ってっからさ!」

レオンくんはそう言って、早々に立ち去って行った。

所謂、言い逃げである。

去っていくレオンくんの姿を見送った後、僕は縫製所に足を向けて歩き出した。

すると、目の前からジョンが走ってくるのが見えた。

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