第2章 転機

133.第20話 1部目 不穏の足音


ー…あぁ。

俺は、ここで終わるんだな…。

…嫌だ。終わりたくない…!

もっと…もっと生きていたかった。

生きて…帰りかった…!

あぁ…叶うなら何度でも願おう。

もう一度…。

もう一度、あの場所へ…!

あの人達が生きる、あの場所へ…俺を…!


神よ…!どうか…!ー






「ー…父上」

息子の呼ぶ声で男は懐かしい夢から目覚めた。

「ん…どうした」

「使いの者より伝言があります」

「…差出人は?」

「レッドメインです」

聞き慣れた名前を聞き、男は目頭を抑えて目の調子を整えながら紙を受け取る。

しかし、伝言が書かれた紙を読もうにも上手く目の調整が合わない。

歳の所為か大分、目が霞む様になってきた。

「…読め」

短く指示をし、男は息子に伝言が書かれた紙を読ませた。

「はい。…「例の物を遂に入手した」と…」

「ふー…何度目だ…?」

「私が知る限り、三桁は降らないかと」

「む…もう、そんなにか…」

何度探しても、何度打たせても、男の望む物は手に入ってこなかった。

何度期待し、何度絶望したか。

故郷を思い、幾度も追い求めた背中に近付くため、探し続けて何十年になるか。

「…首都へ向かう」

「はぁ…いい加減、諦められたら如何ですか?」

短く要件を告げ動き始めた父の背中を見て、息子は心底呆れた様子で忠言した。

しかし、男は何も答えず、出かける準備を使用人達に言い伝えている。

また期待して向かい、また絶望して帰って来るのか。

尊敬する父の胸中を思い、息子は拳を握りしめる。

すると、男は息子の肩を叩いて言った。

「お前はお前のするべき事をしろ。早い所、私を隠居させろ」

「…お望みのままに」

不器用な励ましを聞き、息子は背を正して答えた。

尊敬する父であり、上官であり、侯爵である男への敬意として。

そして、領地から出て首都へ向かう父の背中を見送るのだった…。


ー…それから3ヶ月後。

遂に侯爵の求める日本刀が見つかり、それを打った武器職人も判明した。

しかし、未だに侯爵の前に職人が連れて来られる気配はない。

「苛立ちを抑えられて下さい、父上。体に悪いですよ」

「…やかましい。苛立ってなど居らん」

領地に残してきた息子…長男ではなく、首都に構えている屋敷を管理させている次男の指摘に侯爵は即座に否定した。

しかし、次男は容赦無く父の癖を指摘した。

「先ほどから茶菓子を摘む手が止まらない様ですが?」

「美味い菓子だ。料理人に褒美をくれてやれ」

「全く…」

それでも認めようとしない父の姿を見て、次男は諦めた様子で自身の仕事へ戻って行った。

1人残された侯爵は口の中に紅茶を流し込んで一息吐く。


…何故だ?あれだけの情報がありながら、何故未だに影も形も見えない!?

ウッディが言うには、もう一度売りに来ても可笑しく無いと言うのに、それも無い…!

一体、何処に居る?パーカー・スミス…!


既視感を覚える苛立ちと焦りに侯爵を顔を苦しげに歪めた。


あの打刀が本物である事は間違いないのだ。

後はパーカー・スミスと言う武器職人に実際に日本刀を打たせて見せれば良い。

そうすれば…私が生きている内に私の望む体裁が整うと言うのに…!


そう思いながら、無意識の内に口に運ばれていく茶菓子が無くなる頃になって、

侯爵はようやっと苛立ちを抑える事に成功するのだった…ー。




「ー…エヴァン・ダール、さん?」

「はい?」

グレイスフォレストの市場で卸売をしていたエヴァンに、見慣れない男が声を掛けて来た。

それも名指しで。

「お伺いしたいのですが…パーカー・スミスさんと言う方をご存知ですか?」

「…!」

パーカーの名前を出されて、エヴァンは目を見開いた。

態々、エヴァンにパーカーを訪ねてきたと言う事は、用件は限られている。

一体、何を言われるのかと戦々恐々としていると、男はある物をエヴァンの前に差し出した。

「この包丁を打った方…ですよね?」

「えっ?…あ…え、えぇ!そうですよ!」

日本刀の事では無いと知り、エヴァンは拍子抜けした。

男が言うには包丁の出来が良くて、気に入ったのでもう一本買いたいと言う申し出だった。

丁度エヴァンの元にパーカーが打った包丁があったため、それを見せると男は喜んで購入して帰って行った。

その後ろ姿を見送りながら、エヴァンは良い商売が出来たと喜びながらも嫌な予感をフツフツと感じていた。

男の背格好が普通の平民とは思えなかった事。

既にパーカー製の包丁を持っているにも関わらず、銀貨4枚にも届く包丁を何の躊躇も無く買って行った事。

何より、パーカーの名前を出して包丁を買って行った事…。

エヴァンがパーカーの名前を出して、物を売ったのは一度だけ。

首都アルベロの【オー・イクォーズ】で、打刀を売った時だけだ。

パーカーと直接接点を持てそうな、【スミス・ツール】に赴かずエヴァンの元へ来た事も気になる要因だった。

エヴァンは嫌な予感を抱えながら、店仕舞いをしつつウェルス村へ向かった。

1時間後。

荷馬車を置き、マァウに跨がりウェルス村を訪れてきたエヴァンは、早速ネッドの姿を探した。

「ー…エヴァン?こんな時間にどうした?」

探していた人物から声を掛けられ、エヴァンはそっと息を吐いた。

「旦那さんっ。ちょっとお話ししたい事が…っ」

「…そうか。暗くなって来てるし、家に…」

「い、いえっ。ここで!ここでお話しさせて下さい…っ」

「?。どうしたんだ?」

要領を得ない様子のエヴァンに対し、ネッドは疑問符を浮かべた。

すると、エヴァンは意を決した様子で口を開いた。

「…今日、妙な客が来ました」

「…」

エヴァンがそう切り出すと、ネッドは黙って耳を傾け始めた。

全ての経緯を話し終えてから、エヴァンは呟く。

「…ま、また、ウェルス村が狙われるのでしょうか……」

半年ほど前の悲劇を思い浮かべ、表情を暗くした。

今や、ウェルス村では加害者と被害者が手を取り合って生活しているものの、

起きた事件を忘れるには余りに期間が短い。

エヴァンの不安も無理はない。それが自身の行動で招いた事なら尚の事だ。

不安がるエヴァンを見て、ネッドは言う。

「落ち着け。確かに妙な客だとは思うが、まだそう決まった訳じゃない」

「で、ですが…奥様の事もありますし…っ!」

「…アメリア?」

妻・アメリアを唐突に話題に挙げたエヴァンに、ネッドは首を傾げた。

すると、エヴァンは余計な事を言ってしまったと言いたげな顔をしながら、誤魔化しが効かない事を察し、怖ず怖ずと言った。

「…お、お二人が軒並みならない事情をお持ちだと言う事は……」

敢えてネッドの事も含めた辺りに、エヴァンの気遣いが含まれている。

エヴァンの言いたい所を察したネッドは、目を伏せて答える。

「…そうか。まぁ、何だかんだと長い付き合いだしな…」

いつから。とまでは聞かず、ネッドはそれ以上の事は口にしなかった。

「わ、わたしはどうしたら…」

エヴァンの戸惑いを見て、ネッドは思考を巡らせる。

エヴァンの不安は何も村が狙われる事だけでなく、自分達夫婦にも関係があると考えたネッドは言った。

「…先延ばしに出来るか?」

「…へ?」

パーカーの名前を出し、銀貨4枚相当の包丁を軽々買って行った客が、ウェルス村に辿り着くのもそう遠くない未来に待ち構えている。

しかし、もしその客が他の事件を持ち込む存在だとするなら、

今の時期に持ち込まれるのはウェルス村にとっても、ミラー一家としても具合が悪い。

故にもう少し時期を先延ばしにしたいとネッドは考えたのだ。

「もし、その客に問題があるとして、グレイスフォレストまで来た時点で、

ウェルス村にとって避けられないものになるだろう。だが、今の時期は困る」

「…」

「一年…いや、半年で良い。この村に引き寄せない様に出来るか…?」

ネッドの縋る様な頼みに、エヴァンは姿勢を正した。

じっと考え込み、エヴァンは決断を下す。

「分かりました。何とかして見せます!」

「…あぁ。頼んだ」

そう言って、ネッドはフッと笑ってエヴァンの肩を叩く。

「…それと、アメリアとテオには黙っておいてくれ」

「え?ですが…」

「あいつらは…知らなくて良い」

エヴァンの愛馬であるマァウの鼻先を撫でながら、ネッドは家族を守る男の目をして言った。

その目にエヴァンは共感して深く頷き、ネッドの要望を受け入れる。

そして、マァウに跨がりグレイスフォレストへ帰って行った。

その様子を見送りながら、ネッドは過去の影が直ぐそこまで迫って来ている事を直感した。

「…あいつらだけは…守る。絶対にだ…!」

自分に言い聞かせる様に呟き、ネッドは愛する家族が待つ家へと帰路を辿った。

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