131.第19話 5部目 銭湯


どれくらい経ったのか。

「ー…あつっ!!」

頬に熱い水滴が掛かり、僕は一気に眠りから覚めた。

頬を摩りながら様子を伺うと、少し離れた所でレオンくんが小躍りしているのが見えた。

それと一緒に、湧き出る水源も…。

「テッちゃーーーーーん!!出た!マジで出たぜ!温泉!」

「…まじ?」

「マジでー!!」

信じがたい光景を見て、僕は半信半疑で湧き出る水源に近付いた。

しかし、飛び跳ねて来る水滴が一々熱くて、近寄れたものではなかった。

これは想像以上に熱湯だ。

「やっぱ出んじゃん!テッちゃんの目に狂いは無いって事だなー!」

「は、はは…」

喜んで良いのか、自分に呆れるべきなのか分からず、僕は乾いた笑いを溢す。

温泉が湧き出た事は、即座に村中に伝わった。

それを聞きつけた親父さんが、現場を見に来たものの、呆れた様子で温泉源と僕を見ていた。

呆れたいのは僕自身なのだが…。

ともあれ、当初の計画を丸っと見直す必要が出て来た事を含め、僕達の銭湯計画は思わぬ方向へと動き始めた。

天然の温泉を利用した銭湯を辺鄙な田舎村で作る事になったのだ。

浴槽を一つにし、男女交代で入る予定だったが、男湯と女湯をそれぞれに作る事になった上、

今後を見越して建屋も立派なものにする事になった。

その設計図を書いたのも僕である。勿論、親父さんが書いたことにしてある。

その設計図に従って、木材を調達し、作業場の方には石瓦や石畳用の石を切らせたり…。

裁縫組にはレオンくんが要求して暖簾を作らせたりと…村中が銭湯を完成させる為に走り回った。

そして、2ヶ月後…。

当初の予定から、遥かに早く全工程を終えてウェルス村に銭湯が完成した!

村中で完成を喜ぶ中、一番最初に銭湯に入る事になったのが僕達ミラー家と、レオンくんである。

銭湯を第一に所望したのはレオンくんであり、それを許可したのは村長である親父さんだからだ。

尤も、銭湯がどう言ったものか薄ぼんやりとしか分からない、村人達がほんの少し銭湯に及び腰になっているからと言うのも理由であり、僕達は言わば銭湯を利用するのを、実演して見せる役割を担ったのだ。

「よっしゃー!早速温泉入ろうぜ!ほら、テッちゃん!」

そう言いながら、僕達を急かすレオンくんを見て、僕とお袋さんは微笑ましく笑った。

「じゃあ、僕達はこっちの青い暖簾の方だから。母ちゃんはそっちの赤い暖簾の方に入って行ってね」

僕がそう言って、入る場所を間違えない様に指示するとお袋さんは不思議そうな顔をして僕を見た。

「え?私1人で入るの?テオは?」

「…え?ぼ、僕?」

「えぇ。テオは私と一緒に入るでしょう?」

そう言って、お袋さんはにこにこと笑って僕を見つめている。

…えーっと…さて困った、な。

親子とは言え、中身はじじいの僕がお袋さんと同じ湯に入るのは如何なものか…。

「いや、アメちゃん!テッちゃん、もう7歳なんだし男湯で良くね!?女湯はマズイっしょ!」

そう思っていると、レオンくんが援護射撃してくれた。

しかし、それで聞いてくれるお袋さんでは無く…。

「でも、テオは私の子よ?一緒に入っても良いでしょう?」

「いや、でも…っ」

困った風に言うお袋さんをまともに説得しようとするレオンくんの口を、親父さんが塞いだ。

「テオ。アメリアと入れ」

「…はい……」

お袋さんから良くない事が起きる予感を覚えたのだろう。

親父さんは言葉短く、僕とお袋さんが入浴するように指示を下した。

そして、レオンくんの口を塞いだまま男湯へ引きずって行ってしまった。

「村長サンと2人っきりとかヤダー!テッちゃん、助けてー!!」

「煩せぇ!俺だってお前と入りたくなんかねぇ!!」

「なら村長サンだけ外で待ってれば良いじゃん!」

「こちとら、村の代表で入んなきゃなんねぇんだよ!」

2人で言い合いながら男湯に入ってく様を見て僕は苦笑した。

何事も無いと良いけど…。

「さ、テオ。私達も行きましょ」

一方でお袋さんは、2人の言い合いを意にも返さず楽しそうにしながら僕に話しかける。

あのまま断り続けていたら、お袋さんは静かに泣いていたのだろうと思うと、これが最善だったと思わざるを得ない。

今回だけは2人に苦汁を飲んで貰う事にしよう…。

「うん」

「ふふっ、楽しみねー」

足取りの軽いお袋さんの後ろについて、僕は罪悪感を持って女湯へ足を運んだ…。




「ー…あー!テッちゃん、良いなー!アメちゃんと一緒の温泉とかー!」

湯船に浸かりながら、レオンは心底羨ましそうに叫んだ。

距離を置きつつ、同じ湯船に浸かるネッドは不愉快そうに顔を顰めた。

「黙って入れないのか、お前は…」

「えー?村長サンは羨ましくねぇの?アメちゃんと同じ風呂に入るとか…」

そう言いながらレオンの顔がだらしなく緩んだ。

アメリアと自分が湯船に浸かって居る場面を想像してる事が丸わかりだ。

その事に苛立ったネッドはレオンの顔に、思い切り湯を浴びせかけた。

「うわっぷ!ちょ!何すんだよ!」

「アメリアを思い浮かべるな!!あいつに横恋慕するのを止めろ!!」

はっきりと敵意を込めて警告するネッドに対し、レオンはそれでも尚、飄々とした態度で応える。

「別に良くね?ただアメちゃんに片想いしてるだけなんだしさー。

まぁ、アメちゃんが俺に惚れちゃったら、別の話だけど?

テッちゃんの事も好きだし、義理の息子として養う位全然平気…」

必要以上に挑発するレオンの言葉を聞き、ネッドはレオンの頭を引っ掴んで湯船に押し込んだ!

「がぼぼぼぼぼぼ!!!」

「黙れ…!誰がお前なんかに、アメリアもテオもやるか…!!」

「ひぶ!ほんほーはん!!ひぶーーー!」

レオンの必死の抵抗にネッドは何とか思いとどまりレオンを解放した。

「はーはー!お、俺、この村に来て死にかける事多くねぇ!?しかも、全部村長サンの所為じゃん!」

「自業自得だ!」

その後も、レオンとネッドはアメリアを巡って言い争いを続けながら、結果長湯となるのだった…。




ー…隣の男湯から、実に騒がしい声が聞こえて来る。

その話し声の内容の判別はつかないが、言い争って居る事は分かる声色だ…。

うーん…せめて、親父さんは別の日にして貰うとかして貰った方が良かっただろうか。

「テオ?どうしたの?」

「あ…いや、隣が…」

「うふふ。2人ともはしゃいでて楽しそうねっ」

何処までも、のほほんなお袋さんだなぁ…。

「ふー…とっても気持ちの良いお風呂ね…」

「それは良かった。皆で頑張った甲斐があるよ」

建物の設計は僕がしたが、中々に出来栄え良く建ったものだ。

昔ながらの銭湯しか分からない僕は、設計図もそれに倣ったものにした。

従って外観は日本家屋と言っても差し支えないものとなって居るし、中の状態もそれに近い。

木不足が嘆かれる今の時代に木を使いすぎたか?と思わないでもなかったが、

湯船の骨組みに木を使用したのはやはり間違っていなかった。

近くにヒノキ…もといキノヒの原生林が存在していて本当に助かった。

床部分には石畳を採用し、隙間はモルタルで塞いだ。

湯船とは別に温泉が出る口を幾つか作り、体の汚れを落とせる場所も作っておいた。

垂れ流しなので、打たせ湯的な役割も持てるだろう。

…温泉を掘り当てるまでは、乗り気では無かったのに、いざ見つけたらキチンとしたものを作りたいと思うのは、日本人としての拘りかもしれない。

ちなみに下水道は今の所、地獄溜めと言う大きな穴に流し込む様にしている。

完璧な下水処理施設を作るのは、流石に無理があったからだ。

地獄溜めを簡単に説明すると、大きな穴を地面に掘り、そこへ使い終わった水を流し込んで自然に濾過されるのを待つと言うものだ。

その内に汚泥が溜まって来るので、溜まり切ったら埋め立て、新しい穴を掘ると言うものである。

本当は下水処理施設を併設したい所だったが…まぁ、今のウェルス村の技術ではこの辺りが限界だろう。

「うふふ、本当にテオもレオンくんも凄ーく頑張ったのね。ありがとう」

そう言って、お袋さんは僕の頭を優しく撫でた。

「レオンくんにも言ってあげて?凄く喜ぶと思うから」

「そうねっ。お風呂から出たら言うわね」

「うんっ」

こうして僕達は暫しの間、温泉に浸かって日々の疲れを癒した。

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