129.第19話 3部目 ミラー家の法


「テオ!お前、卵の中身見れんだろ!んな奴が土の中は見れないとか嘘吐くんじゃねー!」

「う、嘘なんて吐いてないよ!土の中が見れてたら、冬眠中の緑丸くんの周りに目標なんて置かないよ!」

「そういえば、お前、俺様の寝床の周りに余計なモン作ってたな!」

「悪かったって…今年はやらないから。でも、土の中が見れないって事は分かってくれた?」

嘘は吐いていない事を証明する出来事を引っ張り出して言うと、緑丸くんは渋々納得してくれた。

しかし。

「今まではな!どうせお前の事だから土の中も見れる様に出来るんだろ!?

俺様の声を聞こえなくした時と同じだ!異世界人は出来る様になってるんだ!」

「えぇ…!?」

これまでの実績を持ち出されながら、半ば暴言の様に出来ると言われ僕は愕然とした。

まるで背中を蹴られている気分だ。

緑丸くんの言葉を聞いていたレオンくんも、僕を期待の眼差しで見つめて来ている。

更には温泉を見つけられる様になるまで幾らでも待つ!とレオンくんに言われてしまい、逃げ道を着実に塞がれて行ってしまった。

出来ないと否定しても、やる前から諦めるな!と叱責される始末だ。

僕は地中まで見える様にはなりたくない。

そこまで行ってしまったら、もはや僕の目は電子機器と同等の存在になってしまうではないか。

そうはなりたくない。と思うのに対し、僕自身、見れる様になってしまうのではないか?と言う一抹の不安を拭きれない…。

レオンくんと緑丸くんに散々囃し立てられながら、異世界人なら出来る様になっていると言う言葉が、嫌で嫌で仕方がないと思う僕だった。




「ー…やりたくないなら、やらないで良い」

その日、一日の出来事を親父さんに話すと、親父さんは不機嫌そうに言った。

恐らく、レオンくんが望んでいると言う事実が親父さんのイラツボを突いているのだろう。

「あんなクズの言う事を真に受ける必要はない。お前も、あのクズを甘やかす様な事をするな」

レオンくんをクズ呼ばわりした挙句、僕にはレオンくんを甘やかすなと叱責する親父さん。

僕には甘やかしているつもりは無いが、親父さん中にある元盗賊の彼らに対する態度はもっと厳しいものが理想なのだろう。

親父さんの元盗賊達に対する厳しい態度は日々聞こえてくる。

親父さんに対しての愚痴を部下からよく聞くと、レオンくんも言っていた。

元盗賊である彼らへの恨みは、村の中でも親父さんが一番強そうだ。

「でも、温泉なんて素敵ねぇ。体にも良いんでしょう?」

一方、お袋さんはいつも通りのほほんとした様子で、良い部分を拾って話を変えてきた。

「うん。疲労回復はどの温泉にもあるけど…炭酸水素塩泉だと美肌の湯とか言われるね」

「まぁ!それは女にとっては耳寄りの情報ねっ」

僕の情報を聞いて、お袋さんは目を輝かせて笑った。

ここ最近少し元気が無さそうなお袋さんが嬉しそうにするのを見て、親父さんがぐっと意思を揺らぎそうになる瞬間が見えて、僕は思わず微笑んだ。

「おばばも喜ぶかな?」

僕の問いにお袋さんは笑って答える。

「きっと喜ぶわ。女は幾つになっても美肌に憧れるものっ」

「そっかー」

今回の銭湯建築計画は、おばばへの恩返しも含まれている。

年寄りに銭湯を贈るなんて…安直とも思えたが、あからさまな礼を渡そうとすれば、おばばは嫌がるだろうと思ったのだ。

しかし、まさか温泉を掘り当てる可能性が出てくるとは思わなかった。

あの井戸水を温めて使うだけでも、十分な気はするものの、

レオンくんが言っていた様に温泉を引き当てれば温める必要はなくなる分、楽になるのは確かだ。

熱いのなら冷やせば良いだけで、それこそレオンくんに氷でも出して貰えば良い。

当初は窯などを作って火で沸かそうと考えていたのだが…。

うーん…。温泉を引き当てられれば得な事が多いなぁ。

何なら、温泉で観光名所…何て事も将来的に出来るかもしれない…。

と考えると、レオンくんの思い付きが一概に悪いと言えないのだ。

その代償として、僕は人間らしい目を捨てる必要がある。

いや、常に鑑定眼で世の中を見ている訳では無いし、普段は見ない様にすれば良いだけの話なのだが。

しかし現実問題として、どうやって地中を鑑定出来る様になれば、温泉の位置なんて割り出せるのだろうか?

「…でも、流石に地中を見るのは無理があるよねぇ」

「…。ねぇ、テオ。卵の中身はどうやって見えているの?」

お袋さんに唐突に問われた僕は、迷いながら答えた。

「うーん…何となく、色が違う気がするんだ」

「色?」

「うん。黄身の色が薄いと無精卵。濃いと有精卵…って感じかな?」

そう説明したものの、実際には成分の違いも含めて有精卵か無精卵かを見極めている。

色の違いもあるのだが、それだけでは不十分だからだ。

「そういえば、この前の卵の黄身が二つだったのも見えてたって言ってたものね」

「うん。驚くかなーと思って貰って来たんだ」

「うふふ。驚いたわ。ノケイさんにも、あんな事があるのねぇ」

微笑みながら言うお袋さんを見て、僕はフと思う。

食べるために育て始めたノケイだったが、その卵を食べる事もお袋さんには悲しいと感じる時期があった。

親から子を奪い、食べている。と言う感覚が合って嫌だったと言う。

しかし、貰って来ている卵は無精卵だけである事や、

命を頂く事への大切さや、無駄にしない事を説いたお陰か、お袋さんの中の罪悪感は大分消えた様だ。

僕が普段、食事前と後に言っている「いただきます」と「ごちそうさま」の意味を説明したら、お袋さんも言う様になった事も落ち着いた理由だろう。

最近では親父さんも言う様になって来ている。全く喜ばしい事だ。

「卵の黄身見たいに、水とお湯の見極めも出来れば分かりそうだけど…どうなのかしら?」

そんな事を思い返していると、お袋さんが思いついた様子で言った。

「湯気が出てない事を前提にするなら、温度で分かると思うけど…」

今日分かる様になったばかりだが、水と湯の違いながら温度で判断出来るだろう。

しかし、地中の水と温泉を温度で見極めると言うのは…想像するだに無理がありそうだ。

そもそも、地中の所々の温度情報が邪魔をしそうである。

地中の情報が可視化されるのだから、膨大な情報量になりそうだ…。

余計な情報を省いて、温泉だけが見極められる様になるなんて、やはり無理がある。

また頭を抱えそうになる僕に対し、お袋さんは微笑みながら言った。

「ううん。そうじゃなくて…冷たいものと暖かいものの色が違えば、分かる様にならないかしら?」

「え?」

「黄身の有精卵と無精卵は色が違って見えるんでしょう?

なら、水の温度が違うのを色で判別出来れば、卵を見極めるのと要領は同じじゃないかしら?」

お袋さんの指摘を聞いて、僕は解決策が見えた様にストンと心が落ち着いた。

その考え方はまるで、赤外線を感知して情報が可視化されるサーモグラフィーと同じだ。

冷たい部分は青く、熱い部分は赤く可視化される機械であるサーモグラフィーと同じ様に、地中を見る事が出来れば…?

ただし水などは通常、放射線や赤外線の量が低く、本来のサーモグラフィーでは温度を計測する事は出来ない。

しかし、見るのは僕の鑑定眼であり、機械では無い。

単純明快に考えれば良い。暖かいのなら赤く可視化し、冷たいのなら青く可視化されるように、鑑定眼を調整すれば良いのだ。

後の問題は、本当にそれが出来るかどうかである。

こればかりは試して見ない事には分からないだろう。

一つの解決策が見えて来た事で、悩みが晴れた僕を見てお袋さんは嬉しそうに笑った。

「うふふ。私も少しはテオの役に立ったかしら?」

「母ちゃんはいつも僕達に元気をくれるもの。役に立たない日なんて無いよ」

「あらあら。うふふっ」

そう言って、お袋さんは僕の頭を抱きしめて来た。

少し息苦しいが、これくらいはいつもの事だ。我慢である。

暫し、お袋さんの好きな様にさせた後、お袋さんは僕から離れて言った。

「私も銭湯を楽しみにしてるわ。テオ、頑張って」

「…うん。分かった」

にっこり嬉しそうに微笑むお袋さんの顔を見て、僕の逃げ道が完全に無くなった事を察した。

我が家の原動力の殆どはお袋さんの笑顔である事を再認識した僕は、潔く覚悟を決めて地中の温泉源を見つけようと決めたのだった…。

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