128.第19話 2部目 井戸から宝


1週間後。

畑仕事に回した若い連中の手を井戸施工にも回して貰い、順調に枯れ井戸は掘り進められている。

井戸の壁にはレンガを使用し、それらは作業場での作成を依頼している。

壁の補強が完了した後で、レオンくんにレンガを崩さない様に井戸を掘り返す様にお願いして、実行して貰った。

すると、掘り返した土に水気が出ていたのだ!

歓喜した僕達は、今度はちゃんと梯子を使って再び井戸の底へ降りた。

底の方まで到着し足を下ろすと、水が足に染み込んできた。

「良いじゃん!結構、水出てるし!」

「うん。足首くらいまで出てるね」

「でも、お湯に使うにはまだ要るよな?」

「それもあるし、せめて桶が沈み込むくらいには掘らないと…」

そう話しながら、僕とレオンくんは足先で水の感触を楽しんだ。

すると、僕はとある事に気がつく。思ったより水の温度が低くないのだ。

地上から井戸の底まで、約30m。

これだけ深ければ、井戸の水は冷たいと思うのが普通である。

しかし、湧き出た水は程よく冷たい程度で、声に出して冷たい!と言いたくなる程ではないのだ。

「思ったより冷たくないね」

「そ?俺、体温高いから、これくらいでも良いけど」

「…体温高いってどれくらいなの?」

「へっへー、聞いて驚け。俺の平均体温38度!」

そう言って、レオンくんはピースして笑った。

「それは日本人としては高いね…」

「だろー?だから、氷欲しいなーと思って氷出し始めたんだよなー」

なるほど。レオンくんが氷魔法を扱える様になった経緯に妙に納得する。

初めて会った時に、冷えピタやら氷嚢やらの存在を惜しがってた理由も分かった。

氷魔法と言う認知されていない物を作り出した事に何の不思議もない。

レオンくん自身が欲しいと思っていた物を使える様にしただけ。

そして、それを可能にする事は異世界人としての特権の様な物なのだろう…。

「テッちゃん、観察眼?使えるんしょ?水温とか確かめられねーの?」

「鑑定眼、ね。物体の性質やらは分かるんだけどねぇ…。温度を見た事はないなぁ」

「ダメ元でやってみれば?テッちゃんなら出来んじゃね?」

「そう上手くいくかな…」

こんな事が前にもあったなぁと僕は懐かしく思った。

動物の言葉が分かる状態で畜産をするのは気が引けると、緑丸くんに話した時に聞こえない様にしてみろと言われた。

結果として、今では出来る様になっているが、あの時ほど都合が良すぎると思った事はない。

助かった事は助かったのだが…。

レオンくんに勧められたものの乗り気がしない。

だが、妙に水温が高いような気がするのは、どうにも気になる。

僕は、半信半疑で水を手で一掬いし、鑑定眼でじっと見つめた。

水の成分がずらりと可視化されていく。

いずれも少しずつ名前が変わっているものの、何がどれを差すかは分かる。


【ルカシウム(カルシウム)0.36mg】

【グマネシウム(マグネシウム)0.37mg】

【トリナウム(ナトリウム)0.55mg】

【リカウム(カリウム)0.21mg】


ルカシウムとグマネシウムの量から察するに、ここの水は軟水なのだろう。

ここまでは普通の水の成分表だ。

そう思って頷きながら、僕は次の成分に目を通す。

…ん?次の成分?


【炭酸水素ルカシウム55mg】

【炭酸水素トリナウム89mg】

【炭酸水素リカウム43mg】

【炭酸水素アニンモウム(アンモニウム)36mg】


…うん?

……いや、天然鉱水には含まれる成分だったはずだし、炭酸水素類が含まれてたとしても何の不思議も…。

ある可能性が脳裏を横切った僕は、即座にその可能性を否定した。

だが、信じがたい鑑定結果を前に何度か水の鑑定をやり直してみる。

勿論、鑑定結果に変わりはない。

しかも、それらとは別の情報が見えてくる様になってきた。

それは…水温だった。


【温度 26.8℃】


……。

僕は自分の目を疑った。

水の成分が鑑定出来るだけでも、とんでもない事なのに、

その上温度まで分かるなんて…!

僕は、段々と自分の目が人から外れたモノになって行く感覚に身震いした。

それとは別に、温度が見れる様になった事で即座に否定した可能性が浮上してきた事にも絶句する他ない。

「何か分かった?」

そう言って、レオンくんが頭を抱える僕を覗き込んできた。

その目は期待に満ちている。

…その期待を悪い意味で裏切りたいと思うのは、流石に”逃げ”が過ぎる

な…。

「えーっと…27度くらい…」

「やっぱ水温見れたんじゃん!で?それって低いの?高いの?」

水としての温度としては温いことは間違いない。

だが、もはや問題はそこではないのだ。

僕は意を決して口を開く。

「うん…温泉水として認定されるほどの水温、かな?」

「………は?」

僕の言葉を聞いて、レオンくんは目を点にして驚く。

無理もない。

まさか「枯れ井戸を掘り返したら温泉水が出ました」何て…信じられなくて当然だ。

僕は半信半疑な状態でレオンくんに鑑定結果を話した上で、レオンくんが分からないと言った所の説明をした。

本来、水に含まれるミネラル成分以外に出てきた成分である炭酸水素類は、炭酸水素塩の事である。

そして、これらを含む水が25度以上であった場合、温泉水と認定される。

尤も、炭酸水素塩を大量に含む事が条件なので、多少含まれてても、ただの水である。

しかし、この井戸水は炭酸水素塩をかなり有している。

これは、もはや温泉水と言っても過言ではないだろう。

「…これ、飲めんの?」

そう言って、レオンくんはまじまじと井戸水を見ている。

「それは問題ないよ。むしろ、体に良い水と言えるね」

「マジ?」

「本当」

お互い顔を見合わせて、とんでもない物を掘り起こした事に改めて驚愕した。

すると、突然レオンくんは立ち上がって言った。

「って事は、別の場所掘ったら温泉が出るかもしれねーって事!?」

「えっ」

目を輝かせて言うレオンくんを見て、僕は顔を痙攣らせた。

確かに、井戸水でこれだけ含まれているなら、別の場所を掘っても同じ成分を含んだ水を掘り当てる事は出来るだろう。

しかし、温泉ともなると話は別だ。

どこに埋まってるかもわからない温泉を掘り起こそうなんて、無謀にも程がある。

だが、レオンくんはすっかり温泉を掘り当てる気になってしまっている…!

「テッちゃん!温泉掘り当てよーぜ!その方が水温めるとか、汲み上げるとかの必要なくなるんだし、超楽だよな!?」

「いやいやいや!レオンくん!温泉掘り当てようとするだけで、何年掛かるか分かったもんじゃないよ!

そんな時間使うくらいなら、この井戸水を利用した方が確実…」

「平気平気!テッちゃんなら出来るって!」

んん?一体、何の事だ?

まるで僕が温泉を掘り当てる事が出来るかの様な口ぶり…。

「テッちゃんの観察眼で土ん中の温泉見つけりゃ良いんだって!テッちゃんならヨユーっしょ!」

「…っ!?」

まさか、だった。

「ま、待って待って!僕の鑑定眼は物体の性質を見るもので、見えない物を見通す事は…!」

「見れる様にすりゃ良いじゃん!水温だって、さっきまで見れなかったんだろ?

じゃあ、土ん中見れる様にシュギョーすれば良くね!?」

だ、駄目だ。何を否定してもレオンくんの都合がいい様に話を持っていかれる…!

そして、その負担はどっかりと僕に掛かってくる様だ。

レオンくんの言う様に、つい今し方温度を測れる様になったが、だからと言って地中を鑑定しようなんて…!

「んな所で何やってんだ!やっぱり、そいつを縄張りに入れたのは間違いだったんじゃねぇのか!?おい、テオ!」

「え?み、緑丸くん?」

井戸の縁に乗って、僕達を見下ろしながら緑丸くんが声をかけてきた。

「お。ミッちゃんじゃーん!やっほー!」

「妙な呼び方すんじゃねぇ!異世界人!」

井戸の中で言い争っている事を咎められた僕達は、とりあえず井戸から出る事にした。

幸いな事に周囲には誰も居らず、緑丸くんだけの様だ。

「お前ら、土の中で何やってたんだよ!墓穴でも掘ってたのか!」

「墓穴を掘る何て、良く知ってるねぇ」

「ウルセェ!馬鹿にすんじゃねぇぞ!」

そう言って、またも僕に噛みつこうとする素振りを見せた緑丸くんを見て、僕は慌てて否定し難を逃れた。

改めて井戸の中で何をしていたのかを、2人揃って緑丸くんに説明すると納得した様子を見せた後で僕に対してこう言った。

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