127.第19話 1部目 枯れ井戸
すっかり春の陽気に包まれるようになった
春生まれの僕は7歳になった。誕生日にはささやかなお祝いをして貰い、成長を喜んだ。
尤も、僕以上にこの1年で成長を遂げたのはウェルス村だろう。
地道な努力の積み重ねが身を結び、今のウェルス村の人口は20人を超えた。
これからは、村人達を問題なく食わせていくための行動をしなければならない。
…まぁ、その辺りの事は村長である親父さんに任せる事にしよう。
畑の拡張は前もって頼んであったし、後の采配は親父さんにやって貰おうじゃないか。
僕は僕でやらなくてはならない事があるし…。
「ー…テッちゃーん。この井戸?」
物思いに耽っていた僕に、レオンくんが村の井戸を指差して確認してきた。
…尤も、この井戸は枯れている。
「うん。銭湯を作る為にも、水源は確保しておきたいからね。この枯れ井戸を復活させよう」
2人揃って暗い井戸の底を覗き込み、様子を伺う。
試しに小石を投げ込んでみたが、水音は聞こえてこなかった。
「復活させるって…どうやって?」
「うん?何て事ないよ。もう一回、掘り返すだけ」
まぁ…その掘り返す作業が大変な重労働なのだが…。
僕は待ち受けている現状を思って苦笑いする。
すると、レオンくんは意外そうに声を上げた。
「え?それだけで井戸って復活すんの!?」
「恐らく、地中の水位が下がったから枯れてしまったんじゃないかな?それなら、水位がある深さまで掘り直せば良いよ」
「ふーん…。何で、今までやってこなかったの?」
当然の様に出た疑問に僕は苦笑して答える。
枯れた井戸を復活させようにも、人手が足りず余裕がなかった事。
また、飲み水の問題は魔法で解決してしまっていた為、井戸が必ず必要でもなかった事が理由である。
尤も、水を魔法で出せるのは元素魔法を扱える村人だけで、転換魔法使いは水を分けて貰っていたと言うのが実態だった。
だが、人も増えて来た事で衝突も多くなると予想される現状では、誰でも水が確保できる環境を作っておくのは必須だ。
勿論、一番の使い道は銭湯のお湯なのだが…。
こればかりは大量の水が湧き出てくれる事を祈るしかない。
「とりあえず、まずは井戸の様子を確かめようか。レオンくん、火の玉と、水の玉は出せる?」
「ヨユーだし」
そう言いながら、レオンくんはピースして指の先から火と水の玉を両方、出して見せた。
僕はレオンくんに、まず火の玉を井戸の底へ送って欲しいと頼んだ。
ぼんやりと光る火の玉が徐々に井戸の底へ降りていく。
暫くすると、レオンくんが火の玉をこれ以上に下に送れないと言い出した。
どうやら、井戸の底に到着したらしい。
火の玉の様子に目立った変化は見られない。
「ー…で?どうなのよ?」
「うん…。次は水の玉を下ろしてみようか」
「は?何?何なのこれ?何かの実験?」
「似た様なもんかな…。あ、そうそう。水の玉下ろす前に…この粉末含ませてくれる?」
言いながら、僕は持って来ていた皮袋の中から砂ほどに細かく砕かれた、ザアンセキを取り出した。
ザアンセキとは刃物を研ぐ為に、大山から取ってきた砥石の1つである。
レオンくんは疑問符を頭に浮かべながら、ザアンセキの粉末を水の玉に含ませて、井戸の底まで下ろしてくれた。
少ししてから、引き上げる様にお願いし、僕は水の玉の様子を伺う。
何の変化もない。ただの水の玉だ。
「よし。問題ないみたいだね。じゃあ、井戸の底に降りて様子を見てみようか」
僕は予め作っておいた梯子を井戸にかける準備を始めた。
すると、レオンくんが突如僕の両方を掴んで勢いよく揺らしてきた!
「今ので何が分かんの!?意味分かんねーし!説明しろよー!テッちゃーん!」
「ちょっ…わ、分かった!分かったから!」
遠慮なく揺らされて目が回りそうになる中、僕は慌てて行動の真意を話した。
まず火の玉を下ろしたのは、井戸の底に天然ガスが溜まっていないかを確認する為。
滅多にない事だが、枯れ井戸の近くの地中に油田があった場合、井戸底から天然ガスが漏れる事がある。
その場合、井戸を再び掘り返しても石油が出る可能性があるため、掘っても意味がないのだ。
井戸の底まで降りていく火の玉を見ていた所、目立った変化は見られなかった為、火を強く燃焼させる成分は滞留していない事が分かった。
次に、ザアンセキの粉末を含んだ水の玉を下ろしたのは、二酸化炭素の有無を確かめる為である。
ザアンセキは石灰を多く含んでおり、石灰水の代用として使えると判断した。
もし井戸底に二酸化炭素が溜まっていたら、石灰水は白く濁る事になる。
だが結果は白くならなかった。恐らく、二酸化炭素もガスも井戸底には溜まっていない。
これらの行動は安全確認であったと最後に説明すると、レオンくんは目を剥いて言った。
「天然ガスぅ!?んなもん、あるかもしれない所に火の玉入れたのかよ!?最悪、爆発してたんじゃねぇーの!?」
「爆発する程のガスが溜まってたら流石に臭いで分かるよ。それに、念の為確認しただけで井戸に問題はないだろう事は分かってたし…」
「じゃあ、やらせるなし!!!」
早速不満を漏らしたレオンくんの機嫌を宥め賺しながら、僕は梯子の準備を進めた。
すると、レオンくんがぽろっと言った。
「…つーか、掘っても問題ないんなら降りる必要なくね?」
「井戸の底に降りないと掘り返せないでしょ」
レオンくんの言葉を聞いて苦笑する僕の背後で、大きく空気が動くのを感じた。
…急に太陽が隠れたのだろうか?僕を覆う影が大きく差し掛かっている。
「いや、魔法で掘り返せば良いじゃん」
そう言うレオンくんの姿を確かめるべく、僕は信じられない気持ちで振り向いた。
なんと、巨大な土の塊を指先一つでレオンくんは持ち上げていた!
いや…空中に土の塊を浮かべている…!?
「で?どんくらい掘れば良いの?」
「………」
僕は余りの光景を目にして、口をあんぐり開けて茫然とする事しか出来なかった。
ちまちまと井戸の底を道具を使って掘り返そうと思っていた、僕の考えを根底から覆す様な衝撃。
こんな事があり得るのか…!?
まるで重機の様な働きじゃないか!!
「…おーい。テッちゃーん?まさか、ビビっちゃった?あ、漏らした?ねぇ、漏らしちゃった?」
レオンくんは茫然とする僕の顔を見て、意地悪く笑って言う。
その言葉で我に帰った僕は苦笑して答える。
「いや…心底驚いたけど、漏らしてはいないよ」
「なぁんだ。テッちゃんって心臓に毛でも生えてんの?」
そう言いながら、レオンくんは空き地に土の塊を置いた。
レオンくんの手から離れた途端、土の塊は形を維持していられなくなり、ぐしゃりと崩れる。
…いやぁ、これは元盗賊の皆がレオンくんを畏れるのも分かるなぁ…。
それと同時に、お袋さんが如何に凄い事をしたのかを改めて認識する。
土の塊を平然と掘り返せるほどの人物に、魔法で勝ってしまったんだもんなぁ…。
「で?どこまで掘りゃ良いわけ?」
二度目の質問に僕は多少戸惑いながら答えた。
「あ…えーっと…と、とりあえず、持ち上げる土に水分が含まれるまで…と言いたいけど、壁を補強しながら掘り進めないと崩れるかも…」
「えー?じゃあ、今日中には水出せねぇーの?」
「僕は銭湯施工含め、何ヶ月も掛かるつもりで居たよ…」
しかし、レオンくんの協力がある今なら、もっと期間を短縮出来るかもしれない…!
とりあえず、僕達は井戸の様子を確かめるべく、結局井戸底に降りる事になった。
…レオンくんが僕を抱えて、井戸の底まで飛び降りた事には驚く所では無かったが…。
ともかく、井戸の底に降り立った僕達は火の明かりを頼りに様子を伺った。
井戸底の地面に手を当て甲斐、湿度を確かめる。
元々あった井戸の底から、10mほど掘り進めた形になるのだろうか?
土が微妙に湿気っている気がする。
「お。テッちゃん、テッちゃん!」
「うん?」
レオンくんに手招きして呼ばれ、僕は駆け寄った。
「これ、水じゃね?」
「…あ!」
レオンくんの足元に僅かではあるものの、水らしい物が滲み出ているのが確認出来た!
僕とレオンくんは嬉々として、水に触れた。
「うおー!水だ!川と魔法以外の水とか久々すぎんよー!」
「うん…水だね」
お目にかかるのは、もっとずっと先になると思っていたのになぁ…。
レオンくんの突発的な行動に助けられた。
村の枯れ井戸は掘り返せば、また使える様になる!
その事が分かっただけでも、大進歩の一日であった。
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