125.第18話 5部目 転移者の望み

“召喚場”と言われる城内部に喚び出されたレオンくんは、アロウティ国の”王”だと名乗る男に「国を救ってくれ」と懇願された。

だが、突然訳も分からない場所に呼び出されたレオンくんは、当然、元居た場所に戻せと怒鳴ったと言う。

しかし、王が言うには、戻せるが直ぐには出来ないとの事で、暫くはこちらに滞在せざるを得なくなった。

納得出来なかったレオンくんだったが、無闇矢鱈に暴れれば投獄されるかもしれないと考え、大人しく引き下がり城下町である首都アルベロへ向かった。

そこで豪奢な格好をした男に虐げられる女2人を見つけ、レオンくんは苛立ちを男に打つけ、ついでに女2人を助け出したのだそうだ。

それが、双子に見間違う年子姉妹であるメルとリラであり、2人は元々は貴族に飼われていた奴隷らしい。

奴隷だった事は姉妹から直接聞いたらしく、それ以降レオンくんは2人を連れてアルベロを離れて旅をしていた。

その途中、ヴァルが率いる盗賊団に襲われ、返り討ちにするとカシラの座に就く事になった…とレオンくんは苦労話のように話してくれた。

「ー…ホンット、俺ってばキノドクだよなー!もー、マジ辛かったぜ?あいつらの面倒見なきゃならねぇとかさー。俺、まだ高2のガキだぜ?バイトも碌にした事ねぇってのに、いきなり店長とか無いわ」

「あははっ。そうは言っても、結構上手い事やっていたみたいに見えたけど?」

大金を持ったエヴァンをその場で襲わず、態々ウェルス村まで案内させるなんて、立派な盗賊団のカシラの考えだ。

中々出来る事ではないだろう。

目の前にある利益を手に取るのではなく、未来を見据えた上での行動をレオンくんは選択したのだから。

「だって、あいつら俺より馬鹿なんだもん。行商人を襲うにしてもさぁ、普通真っ向から行く?相手、馬車だぜ?轢き殺されっかもしんないじゃん?

でも、あいつらは真っ向から行くんだよなー。轢き殺されるかも!とか考えねぇの。ヤバくね?」

「…その場合、レオンくんならどうするの?」

「俺?…遠くから商人目掛けて石投げるかな。で、商人がぶっ倒れてる間に荷馬車ごと貰う。運ぶ手間も減るし、超楽じゃね?」

うーん。実に的確で悪どい考えだなぁ。

「…なるほど。レオンくんは頭がキレるねぇ」

そのキレの良さで盗賊団を引っ張ってきたのだろう。

そして、頭がキレるレオンくんは1つの結論に達したに違いない。

「は?キレる?キレてるじゃなくて?何、頭良いって言いてぇの?俺、成績は下から数えた方が早かったぜ?」

「地頭が良いと言う意味であって、そこに成績の良し悪しは関係ないよ。

そうでなければ、盗賊団全員を食わせるために、ウェルス村を乗っ取ろうなんて考えは出ないと思うしね」

僕の言葉を聞き、レオンくんは目を見張って口を噤んだ。

この世界に召喚された時から、レオンくんの状況判断能力は常に働いていた。

下手に暴れれば投獄されると考え、”王”の前では大人しくすると言う選択を取った。

本当の愚者であれば、そこで暴れていただろう。

尤も、レオンくんは突発的な行動も取りがちで危うい部分もある。

苛立ちを貴族であろう男にぶつけ、あろう事かその男の所有物である奴隷2人を連れ去ったのだから。

…奴隷制度があると言う点への疑問に関しては、この場では省く。

しかし、その事が原因で首都には居られないと判断したレオンくんは、メルとリラを連れて逃亡したのだろう。

そこで罪を告白せず、奴隷を強いられていた2人を連れて逃げる辺りは、不良らしさと人情を感じられる。

2人を置いて逃げる事も出来ただろうに、態々2人を連れて一緒に逃げたのだ。

その後も、カシラになってくれと請われ、カシラになった後はカシラとして部下達を食わせようと奮闘していたのだろう。

だが、いずれ限界が来ると悟り、今回のウェルス村襲撃を決行した。

部下達を見捨てないために。

…やっている事は褒められた物では無いが、レオンくんは十分に人を先導出来る素質を持った男だ。

やはり、レオンくんは根からの悪人ではないのだ。

「…テッちゃんさー」

「うん?何だい?」

「怖ぇんだけど。っつーか、マジキモい!マリックかっつーの!」

「……」

散々な事を言われた僕を見て、緑丸くんは爆笑した。

それを見たレオンくんは、緑丸くんと揃って僕を貶し始め、なんやかんやと意気投合し始めた。

仲が深まるのは良い事なのだが、そのキッカケが僕に対する罵詈雑言とは複雑な思いだ…。

「ー…まぁ、テッちゃんの言いたい事は分かるし、別に黙ってても良いぜ?

バラした所で俺に得がある訳でもねぇし?」

「…そう言ってくれて安心したよ」

緑丸くんと揃って散々に僕を貶し終えた後になって、レオンくんは悪どく笑って言った。

「その代わりさー…俺の頼みも聞いてよ?それでチャラって事にしようぜ」

「頼み?…内容によるけど…」

要求される内容を聞く前に了承する事は流石にしないものの、出来る限り応えたい。

それで対等な立場になれると言うのなら。

「風呂!俺が住んでる家に風呂作ってよ!」

「ふ、風呂?」

前のめりになりながらキラキラとした目で言われて、僕は驚いて多めに瞬いた。

「俺さー、まだ、こっちに居ても良いかなーって思ってんだけどさー。

この世界、風呂無いじゃん!?トイレも訳分かんねー、壺だしさー!

じゃなきゃ野糞だぜ?まぁ、野糞と立ちションすんのは最悪、別に良いんだけど。

でも、風呂!風呂だけは無理!川で水浴びが基本とかマジあり得ねぇから!

風呂の事考えると、向こう戻りてー!って思うんだよねー。あ、髪の染め直ししてぇ時も思うか」

弾丸の様に風呂に対する熱望を語られ、僕は圧倒された。

確かに、この世界に生まれ落ちてからマトモに風呂に入っていたのは、赤ん坊の頃までだったな。

その後からは水浴びを基本とするものの、それも頻繁に浴びる訳ではない。

体が冷える事もあり冬場は当然水浴び出来ないし、夏場でも川に直接入って暑さを紛らわす程度だ。

つまり、定期的に風呂に入ると言う文化がそもそも無いのだ。

金持ちならいざ知らず、平民では風呂を設けると言う発想もないのだろう。

「影の権力者のテッちゃんなら作れるっしょ?」

そう言ってレオンくんは、また悪どく笑う。

「うーん…作る事は出来ると思うけど…」

「マジか!やっりぃ!!」

「どうせ作るなら、公衆浴場にしたいかなぁ…」

「…は?公衆浴場?」

1つの家にのみ風呂を作るのは、後々遺恨を生みかねない。

かと言って、全家庭に風呂を設置するのは流石に難しい。

だが、公衆浴場…銭湯の様な物を建てるのなら、村民全員で利用出来る上、水道の関係も纏めて解決しやすいのだ。

…それに、おばばへの借りもこれを機に返せるかもしれない。

身の回りを清潔に保つことが出来れば、それだけ年寄り達が病気になるリスクも減らせると言うもの。

そして、それは歳に関係なく村民全員に言える事だ。

医者が居ない以上、病気にならない環境を作る事は必要である。

…つい最近、風邪を引き込んだ僕としては切実な問題だ。

ただでさえ、住居は土間が基本なのだ。少しでも清潔さを保てる環境を作れるのは願っても無い。

「ー…と言う事だから、銭湯なら僕としても是非作りたいんだけど…それでも良いかい?」

「おー!全然良いぜ!広い風呂に入れるとか超良い!」

「そこまで広くは出来ないと思うけどね…」

こうして、僕とレオンくんの間に協定が結ばれた。

親父さん、お袋さん、年寄り連中、緑丸くん達以外で初めて僕の秘密を打ち明けた相手であり、同じ日本からこの世界に来た者同士だ。

少し危うい所はあるものの、中々に頼りがいのありそうな少年の姿に僕は安堵する。

そんな事をぼんやり思っていると、突如に家の裏口の扉が開け放たれる!

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