121.第18話 1部目 奇病の正体

親父さんの監視下の元、働く事が決まったレオンくんが空に向かって叫んだ頃。

僕は、そっとウィルソンに近づき、ひっそりと話しかけた。

「ウィルソン、ウィルソン」

「ん?おぉ、テオ。どうした?」

ウィルソンの服を引っ張りながら話しかけると、ウィルソンは僕と視線を合わせる様にしゃがみ込む。

「色々、お願いしておきたい事があって…」

「おぉ。何だ何だ?」

僕の頼み事と聞いて、ウィルソンは嬉しそうに前のめりになった。

「先ず、これね」

そう言って僕はウィルソンにオオマメの入った袋を手渡す。

ウィルソンは早速袋の封を開け、中身を見た。

「何だ、これ?マメか?」

「あ、マメって事は分かるんだ…良かった」

「おぉ。俺の知ってるマメと大分違うけどなっ」

んん?大分違う?

僕が疑問に思い首を傾げると、それを察してウィルソンはマメの説明してくれた。

「この世界で知られてるマメってのは、緑色の葉っぱみたいな奴だ。このマメは、その中に入ってる種みてぇな奴に似てるぞっ」

「緑…葉っぱ…」

うーん?何か、既視感があるなぁ…。

「名前はゲインって呼ばれてるぞっ」

「ゲイン…ゲイン?……ゲンイ?…イゲン?…いや…」

ウィルソンから、マメの名前を聞いて僕は思考を巡らせる。

聞いたこともないマメの名前だが、恐らくアナグラムされている影響だろう。

と、すれば、言葉を入れ替えれば…。

「んー…インゲ?…あっ、インゲン!?」

「おぉ、どうしたどうした」

僕は確認を取る為に、地面にインゲンマメの見た目をざっと描いてウィルソンに見せた。

「こんな感じのマメ?」

「おぉー!流石だな、テオ!これこれ。これがゲインマメだ」

そう言ってウィルソンは僕の頭をしっちゃめっちゃかに撫で繰り回して褒め称える。

クラクラするほど撫で繰り回された僕は、軽く目を回しながら話を続けた。

「じゃ、じゃあ育て方は分かるよね?ゲインマメとそう変わらない筈だから…」

「よし、分かった!若い連中に早速植えさせるぞ!」

やる気に満ち溢れながら、ちゃっかり人に仕事を押し付ける気であるウィルソンに僕は小さく笑いを漏らした。

「他の頼み事は何だ?」

「あ。えっとね、コンダイの畑も規模を大きくして欲しいんだ」

「おぉ。それも若いのにやらせるぞ!」

「麦畑も広げる事になると思うけど…」

「おぉ!若い男が増えたしな!よし!それもあいつらにやらせよう!」

「…うん。良いんだけどね…。コキ遣うのも程々にね」

人当たりは良いんだけどなぁ。

一番、平和な時間を過ごせる予感がしていた畑仕事組だったが、やはりそうは行きそうにない。

不和を生み出さないことを願う事にしよう。

…おっと。ウィルソンの空気に流されて、大事な事を言い忘れてしまう所だった。

「そうそう。キリキリムシ達用の麦畑は、世話だけして収穫はしない様に言っておいてね」

「おぉ。そういえば何匹か見たな。けど、収穫しないなんて怪しまれないか?」

もう既に冬眠から目覚めた虫が居るのか…。

「キリキリムシ達から他の畑を守るための囮用だって言えば大丈夫だよ。殆ど嘘じゃないしね」

「おぉ!そうだな!流石だぞ、テオ!」

…事あるごとに褒めるのは、僕が幼いからなのか、神子だからなのか…。

村の年寄り達は、僕が神子である事を知っているからなぁ。

移住組には伏せている事は話しているし、新しく住む彼らにも話さないで居てくれるとは思うが…。

心配するだけ無駄な気もする。

…心配といえば。

「若い子達はともかく、年寄りの皆も畑仕事に入るって言ってたけど…もう大丈夫そうなの?」

「…おぉ。ここに居る年寄り連中は、もう殆ど治ってるぞ。残り2人は相変わらずだけどなっ」

「…そっか」

少し言い淀んだウィルソンを見て、残り2人の容態は他の年寄り達ほど回復していない事が分かった。

ウェルス村の年寄り達の身に起こった謎の奇病。

その正体は脚気と、それを症状の1つとする壊血病である。

いずれもビタミンの欠如により引き起こす症状であり、ビタミン類さえ摂取出来れば防げる病気だ。

日本でも江戸患い、京患いなどの名前で恐れられた病気である。

その治療法が発見されたのは、地球の歴史上でもごく最近。

明治43年。西暦で言えば1910年の事であり、それ以前までは不治の病だったのだ。

原因は上記の通りビタミン欠乏だが、具体的に言えば白米を食べる様になったことが上げられる。

逆に言えば玄米を食べていれば、ビタミン摂取は容易だ。

では、何故、ど田舎のウェルス村で脚気の症状が起こり得たのか?

江戸患いなどと称されるのであれば、開発が進んだ地域の方が起こりやすいと思う事だろう。

だが、ウェルス村には決定的な原因があった。

それは人手不足。

年寄りしかいなくなってしまったウェルス村では、畑を耕し、来年の蓄えを用意する事で精一杯であった。

それは村で暮らしていくための家の手入れなども含まれる。

しかも、キリキリムシによる虫害の影響で麦の採取量が減少したため、食糧を持たせるためと、余計な事に時間を使わないために、麦を保存食化したのだ。

手軽に食事を済ませ、他の事に時間を使える様に…と。

しかし、それが原因で年寄り達は次々と脚気の症状に見舞われ、更には壊血病を患ったのである。

ビタミン類は熱と水に溶け出しやすく、その水も一緒に摂取するのならば問題ないが、保存食であった麦の塊は、煮て形を整えた後に水気を切ったため、必要なビタミンが軒並みなくなってしまっていたのだ。

親父さんと僕を身ごもったお袋さんがウェルス村を訪れるまでに、7人居た年寄りの半分が脚気を患い動けなくなっていた。

その事情を知った親父さんとお袋さんはウェルス村に残ると言う、勇気ある決断をし必死に働いていたのだ。

他へ行く事も当然出来たのに事情を知った上で残ったのだ。

そんな2人の姿を見ていれば、何とか手を貸したいと思うのは自然だった。

僕が4歳だかの頃。僕は保存食を食べる事を拒否し、お袋さんに無理矢理に麦粥を作らせた。

そして、口足らずながらも、麦粥を村の年寄り達にも食べさせて欲しいと伝えた。

親父さん達は疑問に思っていた様だが、僕の要求だと聞いた年寄り達はすんなりと聞き入れ、麦粥を主食にする様になる。

動けない年寄りの家では、お袋さんが代わりに作って回ってくれた事もあり徐々に保存食を食べる事は減っていった。

その甲斐あって、7人中5人の年寄り達は歩けるまでに回復したのである。

だが…残りの2人は脚気の症状が進行してしまい、ついには壊血病を発症してしまった。

壊血病に罹った人間は見るに耐えないほどに痛々しい姿になる。

皮膚がずる剥け、歯が抜け落ち、歯茎からは血が流れ続け、筋肉と骨も弱まりまともに動けなくなる。

更には古傷が開き出血するため、体の抵抗力が落ち感染病にも罹りやすくなる。

最悪の場合は死ぬ病気だ。

…おばばが、親父さんの足の傷から血が流れてくるのを止めようと、外的治療を強要したのも、かつての仲間が血を流しすぎて死んでいったのを見てきたからだろう。

それも、見るに耐えない様相になって…。

とは言え、残り2人の年寄りは壊血病を患ったものの、麦粥やコンダイの塩漬けを食べる様になってからは症状が和らいでいる。

壊血病で死ぬ事はないだろう。

だが、一度失った歯は戻らないし、折れやすくなった骨を丈夫にするには、まだまだ時間がかかる。

歳の事もあり、残された2人は天寿を全うするまで、まともに歩く事は敵わないかもしれない。

それでもウェルス村を恐怖のどん底に貶めていた奇病は、奇病ではなくなった。

今後は脚気の症状で困る様な事態を招く事はなくなるだろう。

「畑の心配はすんじゃないよ。テオ」

「おばば」

「若いのも入ったんだし、こいつらも居るんだからね。あんたとネッドは今後の事に集中しな」

そう言いながら、おばばは後ろに控えている年寄り達を見る。

脚気を克服した年寄り達は嬉しそうに笑いながら、今後について話し合っている。

その2本の足でしっかりと大地に立って。

「…うん。ありがとう、おばば」

「ふん」

僕のお礼に対して、おばばは鼻を鳴らして踵を返して行く。

杖をつきながらとは言え、おばばの背筋はしっかりと伸びており、足取りもしっかりしたものだ。

…実に頼もしい。

年寄りとは言え、畑仕事に関してはまだまだ現役だ。

盗賊である彼らに畑仕事を叩き込んで行ってくれる事だろう。

僕は、それらの過程で彼らが真っ当になる道を、選んでくれる事を願うだけだ。

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