番外編・第16話から ネッドのプレゼント選び


「ー…では、奥様の事をお聞かせ願えますか?」

「…は?」

俺はラズの言葉を聞き、嫌な予感を覚え顔を痙攣らせた。

ジョンを追ってウェルスに移住したリズの家族に挨拶をするつもりで

【ベリー・ベリー】を訪れたと言うのに、いつの間にかアメリアへの贈り物を選ぶ事になったのだが…。

しかし、贈り物を選ぶのに何故アメリアの事を語らなければならないのか。

「勿論、ネッド様がお選びになられるのでしたら、お好きに店内を見て回ってください」

ラズはにこやかに笑って言うが、その言葉の裏には「選べる物なら選んでみろ」と言う意味がある様に思えてならない。

…実際、そうなんだろう。

「あー…いや。俺はそう言った物には興味が無くてな…。最初に言った通り、そっちで何か選んで欲しい」

「えぇ、そうでしょうとも。ネッド様の格好を見れば、良ぉく分かりますわ」

口元は笑っているにも関わらず、軽蔑も含んだ目でラズが俺を見下す。

ラズの言いたい事は自然と理解出来た。

俺が着ている服はボロボロで、所々に穴が空いていれば、擦り切れてもいる。

まともな服では無い事は承知しているが、服に気を使う暇があれば動き回ってた方が俺の性に合っている。

「悪かったなボロで。俺は着られればボロでも構わねぇんだよ」

「自覚がお有りのようで安心しましたわ。…まぁ、格好の問題は当人だけが良ければ、良い訳では無いですけどね?」

この嫌味の理由が分からず、俺は首を傾げる。

「は?」

「…いいえ。お分かりにならないのでしたら結構です。さ、奥様の事をお話しくださいな」

嫌味の理由を聞こうにもラズが話題を切り替えてしまったために、聞く機会を逃してしまった。

…俺がどんな格好してようが、俺の勝手だろうが。

それの何処に問題があるって言うんだか。

「…話せって言ってもな…」

それに、いざアメリアの事を話せと言われても困る。

一体、何を話せって言うんだ?

「では、こちらから質問させて頂きます」

俺の疑問を察したのか、ラズが空かさず言葉を挟んできた。

どんな質問をされるんだか分かったもんじゃ無いが…正直助かる。

だが、そんな考えは間違いだった事を、俺は思い知らされる事になる…。

「まず、奥様の容姿をお教えください」

「容姿?…あー、赤茶色の髪で…長い。腰くらいまであったと思う」

ぼんやりとアメリアの姿を思い出しながら言うと、ラズは満足そうに笑いながら言う。

「なるほど。他には?」

「他?…。瞳は黒色で大きい。睫毛が長くて…。肌は…白いな。小さい口なのに唇の肉はしっかり合って…柔らか」

そこまで言って、妙な視線に気がつき俺は口を噤んだ。

俺の目の前を陣取っていたラズだけではない。

ブルーやジューン。果ては4姉妹の母親であるチェリーや、エヴァンまでもが俺を妙な目つきで見つめていた。

…これは、ウェルスを出発する前にテオに向けられた視線と同じ…。

「っ。何だ。その…生暖かい目は…!?」

「いえ?ただ…ネッド様は奥様を深く愛されていらっしゃるのだと理解しただけです」

「はぁ!?」

さらりと言われた言葉に俺は度肝を抜かれた。

俺が…何だって!?今の話でどうしてだ!?

ただ容姿の話をしてただけじゃ…。

ん?いや…何か、それだけじゃ無い事も口走った様な…。

「奥様の容姿については理解致しましたので、次は人柄をお教え願えますか?」

「あ?容姿が大体分かったなら、贈り物も選べるんじゃ…」

「いいえ。人柄によっては、全く好みでは無い物を贈ってしまう可能性があります。なので、お教え願います」

そう言われ、俺はまたアメリアの事を思い出さなければならなくなった。

どうして、リズの家族にアメリアの話をじっくりしなきゃならないんだ…。

…とは言っても、贈り物をする上で必要なら…仕方ないのか?

「あー…基本的には、ぼんやりしてるな…」

「お優しい方なのですね」

相槌の様に言われた言葉に俺は違和感を覚える。

「ん?まぁ…。でも、未だにどっか世間知らずでなぁ…。

時々、とんでもない事をやらかすし、加減も下手だから結構な被害も出す。

変に頑固な所もあって、結構人を振り回すしなぁ…優しいかと言われると、実際はそうでも無いような…」

「では、厳しい奥様なのですか?」

「いや…厳しいってよりは…甘いな。自分の懐に居る人間には甘くなる。

昔の癖が抜け切ってないんだろうな…人には施しをしなければならないって言う。

あー…その所為で、俺がどれだけ振り回されて来たか…っ」

アメリアの昔の所業を思い返して、俺は頭を抱えた。

あの時のアレも、ソレも、思えば全部アメリアが「どうにかならないかしら?」とか惚けた顔で言い出したのが原因だった…!

自分じゃ解決出来ないけど、俺なら出来るだろうって素直に思い込んでるから…!

「甘いのはネッド様も同じなのでは?それも奥様に対して」

大体、ウェルスで暮らす様になったのも…。

「…あ?」

過去を思い返していて、ラズの言葉を聞き逃した俺は顔を上げてラズを見た。

「いえ…何でもございません」

しかし、笑って誤魔化された。

…一体、何を言われたんだ?また生暖かい目を向けられているし、何なんだよ!

「…大体、奥様の事は理解致しました。只今、ご希望に添える商品をお持ち致しますので、少々お待ちを」

そう言ってラズは膝を折って会釈をし、店の奥へ入って行った。

その後を追って、ブルーとジューンがついていく。

「姉様!あたしにも選ばせて!」

「私も…」

「はいはい」

…あの光景だけ見れば、ただの仲の良い姉妹なんだがな。

流石に、あのリズの姉妹なだけ合って一癖も二癖もありやがるから始末に負えない…。

しかし、今の話で本当に贈り物を選べるのか?

まともな事は話していなかった気がするが…。




10分後。

チェリーとエヴァンと3人で雑談をしていると、ラズ達が1つの商品を持って戻ってきて言った。

「お待たせしました。こちらは如何でしょうか?」

そう聞かれながら目の前に差し出された箱に入っていたのは、細かい刺繍が施されたリボンだった。

…拍子抜けだ。もっと派手な物が出てくると思っただけに。

しかし、一体、何故これなんだ?

「あー…これは…何だ?」

「見ての通り、リボンです」

「いや、それは見れば分かるが…」

さっきの話から、どうしてこんな華奢なリボンが出てくるんだ?

俺の疑問を察したラズが思い立った顔をして言う。

「ネッド様のお話から、奥様は大変上品な方なのでは…と思い至りました。

お話の節々から、奥様に淑女らしさを感じられ、それでも何処か幼さが残る様な…。

そして、慎ましやかさも持たれている奥様への贈り物として考えると、あまり高価な物は好まれないだろうとも思いました。

なので、こちらのリボンを選ばさせて頂きましたが…如何でしょうか?」

ラズの説明を聞きながら、すとんと腑に落ちた事に驚いた。

これほど説得力を持った贈り物を撥ね付ける理由が俺には無い。

「それに腰ほどまでの髪をお持ちなのでしたら、髪を結べるリボンがあると日常的にお使いになれるかと思いますわ」

…これは容姿と人柄を態々聞くだけの事はあるな。

日常的に使う目的があるなら買い易い上、使う様子も想像出来る。

贈るだけの価値があると思わせるとは…高飛車な態度でも、その目利きは伊達じゃ無いって事か。

「…そうだな。これを買わせて貰う」

「ありがとうございます」

購入を決めた俺に対し、ラズはにっこりと微笑んで応えた。

嫌味のない笑顔を見て、俺は再度拍子抜けする。

…よっぽど、この店の商品が売れる事が嬉しいらしいな。

道理で俺を女装癖のある客だと見なしてでも、品物を売ろうとした訳だ…。

俺はラズに銅貨38枚を手渡し、リボンが入った木箱を受け取った。

アメリアへの贈り物を買ったと言う実感が湧き、妙に…嬉しくなってくる。

…これを渡した時のあいつの顔を見るのが楽しみだ。

「ふふっ。本当に奥様の事を考えられる時は、優しい顔をされますわね」

手元の木箱を見ていた俺を見たラズが突拍子もなく言った。

「…あぁ?」

「あら。また怖い顔に戻ってしまいましたね…残念」

残念と言いつつ、全く残念がってないように見えるラズ。

…一体、何なんだ?

何か、とんでもない事をやらかしている様な気になって、俺は絶え間なく冷や汗を流した。

しかし、生暖かい空気に晒されていると、いつの間にか苛立ちの方が先立つ。

誰も生暖かい空気や視線の理由を説明しない事に、腹が立ってしょうがない。

そんな複雑な心境のまま、俺はエヴァンと共に【ベリー・ベリー】を後にするの他無かった…。




「ー…あれで無自覚なんて、怖い顔をして可愛い所のあるお客様だったわね」

苛立った顔で疑問符を浮かべながら帰って行ったネッドを見送りながら、ラズが言う。

「ホントにねー。もー、ベタ惚れって感じ?」

「…羨ましい……」

ブルーが揶揄う様に言うと、ジューンが微笑みながら素直な気持ちを吐露した。

それほどにネッドがアメリアの話をする時の空気は甘々だったのである。

隣で聞いていたエヴァンが砂を吐きそうな程に聴き難い様子だったのだが、ネッドはそれにすら気が付いていなかった。

自身がどれだけ優しい表情で、愛しい人の事を話しているかネッドは知らない。

その表情から深い深い皺が一瞬だけ無くなるほどに。

それほどに想われているネッドの”奥様”であるアメリアを、同じ女性として羨ましいと思うのは年頃の彼女達には自然な事だった。

「ねぇねぇ。姉様はいつ結婚するのー?」

「あら。私に見合う男性が居れば、明日にでも結婚するわよ?」

「ラズ姉様は完璧過ぎるから難しそう」

「そうね。いっそリズ見たいに追いかけて行きたい程、夢中なれる男性がいれば良いのにね」

そんな話に花を咲かせながら、姉妹は【ベリー・ベリー】の店内へと入っていく。

まだ見ぬ、自分達だけの愛しい人を思い浮かべながら…。




劇中劇 完

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