116.第17話 1部目 絵本

グレイスフォレストから帰ってきた親父さんは、買ってきた土産を僕に見せた。

それぞれ、別々の袋に入っているらしい。

「こっちがマメ。こっちがタチバナだ」

タチバナ?また随分と日本人名らしい名前だなぁ…。

一体、何のアナグラムだろうか?

「…えーっと。マメはともかく、タチバナって何?」

「タチバナってのは果実だ。お前が欲しがってたんだろ」

うん?タチバナって言う果実だって?

まさかとは思うが…。

僕は、タチバナの種が入った袋を開けて中身を出した。

10粒と少ない種が出てきたのを確認し、僕は鑑定眼で見る。

…確かに。タチバナと言う果物の種だ。

しかし、困った事に僕に分かるのは種の詳細であり、この種がどんな果実になるのかまでは分からない。

辛うじて分かるのは、種が生きており、植えれば先ず芽を出すだろう事だけだ。

「うーん…どんな果物が生るの?」

「橙色の丸い果物よ。思い出すだけで口が酸っぱくなる様な果物なのよ」

僕の疑問には親父さんではなくお袋さんが答えてくれた。

実に具体的な答えを聞き、僕は確信した。

柑橘系の果物の種である事を…!

正直、本当に果実の種が手に入るとは思っていなかった。

在れば良いなぁと言った程度の事だったのだ。

しかし、手に入ったのなら、是非とも育てて見たい…!

種から育てるとなると、実を付けるのは数年後になるだろうが育てなければ勿体無い。

果樹になれば、その後は年に何十個も採れる成果を挙げられる筈だ!

柿の木くらいしか面倒を見た事無いが、橘の木も育てられるだろうか?

うーん。果樹園の知り合いの有難い言葉でも思い出せないだろうか…。

「おい、テオ。こっちも見ろ」

考え込む僕の目の前に、親父さんがもう一つの袋を差し出した。

確か、マメと言っていただろうか?

そのまま豆の事なら難しく考える必要も無いのだが…。

そう思いながら、僕はマメの種が入った袋を開けて中身を少し出した。

「…ん?」

袋から出てきたマメの種を見て、僕は一瞬思考が停止した。

見覚えのある形に色合い。

楕円でありながら一部だけ凹凸のある、少し変わった形の…。

「大豆じゃないか!!」

「うおっ!いきなり何だ!?」

目の前にある豆の正体に驚いて声を上げた事に、親父さんが驚いた事を気にする余裕も無く僕は豆の鑑定をした。

結果だけ言えば、見た目は大豆だったが、正確には大豆ではなかった。

つまりは、大豆の原種であるとされているツルマメの近種…らしい。

ツルマメと言う名称は地球での呼び方であり、この世界ではルーツマメと言う野生種が存在しており、その近種だと言う事だ。

しかし、目の前にあるマメはルーツマメでもなく、ダイズでもない。

「…オオマメ。アナグラムでもなく、対義語でもなく、漢字の訓読み…っ!?」

そう。目の前にあるマメの名前はオオマメ。

滅茶苦茶だ…!この世界の物の名称の統一性がまるで無い!

…思えば、タチバナはそのまま”橘”だな。

気にする事も無かったが、麦もそのままムギで通じるし…。

もう、何が何だか訳が分からん。

まるで、子供が面白がって適当に名前を付けたかの様だ。

…と言うか、オオマメに至っては完全に日本人が名前を付けたとしか思えないのだが…?

現在養鶏しているノケイも、青色野鶏と書いてセイショクノケイと呼ぶのだろうし…。

まさか、過去にこの世界に転移してきた日本人が付けた名前がそのまま使われているなんて事が…?

…いや、これ以上考えるのは止そう。考えるだけ無駄だ。

ともかく…今、目の前にあるのが、僕の知る大豆と近い物なのだとしたら、これは良い物を手に入れた!

「おい…テオ、大丈夫か?」

「…あ、うん。大声出してごめんね」

心配そうに顔を覗き込んでくる親父さんに謝りつつ、僕はオオマメの入手経緯を聞く事にした。

それによると、このオオマメは少し変わったマメとして扱われ、売れて来なかった物らしい。

という事は、オオマメはこの辺りでは馴染みの無い植物という事になるだろう。

つまりは、このオオマメの活用法が沢山ある事も知られていないわけだ。

これはこれで、また一波乱が起きそうな代物になりそうだ…。

扱いは慎重に行わなければ。

「ー…その様子じゃ、外れって事では無いみたいだな」

僕の顔を見て親父さんは不敵に笑って言った。

外れ所の話では無い…!

「うん!父ちゃん、ありがとう!どっちも凄いよ!特に、このオオマメはね…!」

その後、僕は親父さんとお袋さんにオオマメの有用性を説いた。

あらゆる食品に加工する事が可能だと説明しただけで、親父さんは目を剥いて驚いていた。

お袋さんは甘味である、ずんだに興味を示して食べてみたいと言ってくれた。

新たな種の入手に加え、人材も加わる状況に僕のやる気は満ち満ちていく。

一気にウェルス村が発展していく気配を感じながら、僕はオオマメ食品に夢を馳せるのだった。




夕飯時を過ぎ、オオマメの可能性を説き満足した僕に対して

親父さんが気まずそうに口を開いた。

「あー…テオ。実は…その…種以外にも買ってきたもんがあって、だな…」

「…え?他にも?」

僕の問いを聞き、親父さんは足元に置いていた少し大きい皮袋から何かを取り出し机に置いた。

机に置かれたソレを見て僕は目を張る。

「…本!?」

僕だけではなく、お袋さんも口元を手で隠しながら驚いている。

驚くのも無理はない。

書き留めるのに使う紙は、羊皮紙が主流であり植物性の紙は高級品の一種なのだから。

そんな紙を使って作られた本が安い訳がないのだ。

…しかし、親父さんが差し出してきた本は、かなり古びている。

「種を買った帰りに、市場で骨董屋を見つけてな…。で、まぁ…その、買ったんだが…」

「ねぇ、ネッド…。幾らだったの?」

僕が聞く前にお袋さんが親父さんに尋ねた。

その問いを聞き、親父さんはまるで悪い事をした子供の様にバツが悪そうな顔をした。

「…銀貨5枚だ」

「銀貨5枚ですって!?」

親父さんの答えを聞いたお袋さんは、椅子から勢いよく立ち上がって驚きを露わにした。

僕も内心では物凄く驚いたが、お袋さんに先んじられたので口を噤む他ない。

「いくら本だからって銀貨5枚なんて…。装丁も中の紙もこんなにボロボロなのに…せめて銀貨2枚ならまだしも…」

そう言いながら困り顔でお袋さんは本を手に取って中身を検分している。

「すまん…」

…これは、珍しく親父さんがお袋さんに叱られている状況らしい。

そんな中、親父さんは肩身を狭そうにして言った。

「俺も銀貨5枚は高いとは思ったんだが…妙に気になったと言うか…」

「気になった?」

親父さんらしからぬ申し開きを聞き、僕は首を傾げて問うた。

「銀貨5枚なんて誰にも買われないだろ?いくら本でもな。

けど、それは、こんな風になるまで人の手に渡って来たって事だろ?

だから、その…が、頑張ってきたヤツなのに、このまま放っとかれるのかと思ったら…放って置けなくて、な…」

親父さんの言葉を聞き、不意に僕の脳裏におばばや村の年寄り達の顔が浮かんだ。

それはお袋さんもそうだったらしく、静かに本を閉じて表紙を優しく撫でている。

恐らく親父さんもこの古本に同じ思いを抱いたのだろう。

だから、銀貨5枚と言う暴利にも関わらず買い取って来たのだ。

「あとは…テオに丁度良いかと思ったのもあるが…」

その理由は購入する時に後付けした、親父さんが自分に対する言い訳を思い付いただけなのだろう。

だが。

「そっか…ありがとう、父ちゃん」

それでも、僕の事を思って買って来てくれたのなら、嬉しくない訳がない。

僕はお袋さんから本を受け取って、ページを捲った。

装丁や頁の枚数から、絵本だろう事が分かる。

しかし、絵の殆どは色あせており、文字も所々欠けている。

とてもじゃないが、すんなりと文字を読み下せる代物ではない。

だが、それでも読み進めて行く内、何となく内容が分かって来る。

「これって…」

「この世界では有名な英雄譚よ。私も子供の時、何度も読んだから内容を覚えてる…。そうだ!眠る前に読み聞かせてあげるわね?」

お袋さんの申し出を受け、僕は色々と思う所は合ったがその言葉は飲み込んだ。

そして、笑って答える。

「うん。お願いしようかな」

「うふふ。任せてっ」

僕の言葉を聞きお袋さんは嬉しそうに微笑んだ。

1人で読んでも理解出来そうではあったが、せっかくだ。

この物語を良く知るお袋さんに読んで貰った方が理解も早いだろう。

…数少ない母親孝行も出来そうだ。

その後、僕はベッドに横たわりながら、お袋さんの読み聞かせを聞きながらボロボロの絵本を読んだ。

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