115.第16話 5部目 拘束魔法

その後、親父さんは荷台から荷物を下ろし、グレイスフォレストへ帰るエヴァンを全員で見送ってから、家へ入った。

家に入って早々、親父さんは机の上に描いてある魔法陣を見て口を開く。

「これ…例の魔法か?」

「うん。僕が見ても分からないんだけど…父ちゃん、分かる?」

「…いや、俺も魔法陣はさっぱり……」

返ってきた答えを聞き僕とお袋さんは困った様に顔を見合わせた。

魔法陣の完成度が確かめられないのは、中々に怖い。

しかし、親父さんはじっと魔法陣を見つめてから改めて言った。

「5年…。罰…。延びる…」

「えっ。父ちゃん、魔法陣が読めるの?」

「あ?あー…魔法陣に書かれてる文字は少し変わってるだけだしな…普通の文字が読めりゃ、大体は分かる」

何と。だとするなら、僕も頑張れば魔法陣の内容を読める様になるのだろうか?

…今度、我が家のコンロとして使われている魔法陣でも眺めて見るかな…。

「…おい。テオ。この罰の内容、何なんだ?」

そう聞く親父さんの顔は「解せない」と言っている。

お袋さんにも”罰”の内容を話した時に不思議そうな顔をされたんだよなぁ。

まぁ、そう思われても可笑しく無い内容だが…。

「えっと…確認だけど「5年の刑期の間に悪事を働いた場合、その場で罰を執行し、刑期が延びる」って書いてあるんだよね?」

「あぁ。この内容を考えたのもお前だろ?」

ふむ。書いてある内容に齟齬は無い様で安心した。

「…で。この罰の内容は何なんだ?」

「「1分間、くすぐりの刑」の事、だよね?」

「あぁ…ふざけてんのか?」

他の内容は真面目なのに、罰の内容だけが平和的に見えるのが気に障ったらしく、親父さんは苛立ちを見せた。

「…十分な罰だと思うけどなぁ」

「何処がだ!?罰なのに笑わせてどうする!?」

やはり、この罰の内容の恐ろしさを分かって貰えていない様だ。

単純に痛みを与えるよりも効果的だと思うのだけど…。

しかし、分かって貰えない以上は仕方ない。

「じゃあ、父ちゃん。拘束魔法の効力実験に協力してよ」

「…あぁ!?」

僕の提案を聞き、親父さんは心底驚いた声を上げた。

「実際に体験した方が分かるだろうし、拘束魔法の効力がどの程度なのか確かめたかったし丁度良いよね」

「丁度良くねぇ!」

帰宅して早々に人体実験を受けて貰うのは少し気が引けたが、これも必要な事だ。

その後、実験協力を拒む親父さんを何とか宥め賺し、僕とお袋さんは親父さんに拘束魔法を施す事に成功した。

まず、罰を体験して貰うために親父さんには悪事を働いて貰わなければならない。

その為にも、僕は改めて拘束魔法の内容を説明した。

拘束魔法には以下の内容が盛り込んである。


1、刑期は5年。但し、悪事を働いた場合は刑期が延びるため、その限りでは無い。

  刑期が終了すると同時に魔法陣の効力が失われる。

2、悪事とは暴力、脅迫、泥棒などの盗賊である彼らが行いそうな悪事を指す。

  悪事を働く対象はウェルス村の住人に限らない。

3、悪事を働いた場合、即座に罰が執行され刑期が1カ月ずつ延びる。

  執行される罰は、1分間のくすぐり刑。

4、拘束魔法の発動時に使われる魔力消費は対象者の物とし、術者に影響を及ぼさない。

  魔法陣を対象者に施す時のみ術者の魔力が消費され、術者より高度な魔力を持たなければ解除は不可能とする。


…以上である。

4つの要素を直径15cmの魔法陣に組み込まれているのだ。

もっと内容を詰め込んだら、魔法陣は更に大きくなるらしい事から、文字数制限があるらしい。

さて、ここからが問題である。

「じゃあ、父ちゃん。僕を脅すか殴るか、してみてくれる?」

「おま…簡単に言ってんじゃねぇぞ…」

ふむ。口調の問題で罰が執行される事はなさそうだ。

親父さんの様に口調の悪い人間や、脅すつもりがなくても脅す様に話す人間は居るだろうし、この点は安心だ。

明確に脅迫していると本人に意識がなければ罰も執行されないという事だろうか?

何にせよ、親父さんには何かしらの悪事を働いて貰わなければ…。

「うーん…困るなぁ。親父さんが出来る事は僕の為に体を張る事ぐらいなんだから、頑張って貰わないと…」

「…何だと?」

僕の言葉を聞いて、親父さんが怒気を纏い始める。

「うん?父ちゃんは僕見たいに頭使うより、体使う方が向いてるでしょ?

だから、人体実験くらい軽くこなして貰わなきゃ良い所が無いよ?

父ちゃんは僕の都合の良い、”足”だもんね?」

「…っ!!」

親父さんの中で何かがプッツリと切れる音が確かに聞こえた。

そして、親父さんの大きい拳が僕を目掛けて振り下ろされる。

「ネッド…っ!」

僕を殴ろうと振りかぶった親父さんを止めようと、お袋さんが悲痛な声を上げる。

しかし、親父さんの拳が僕に振り下ろされる事はなかった。

「…っく…は…はっはっはっは!あー!やめっ…ははっ、はっはっは!!」

何故なら、拘束魔法の効果が現れたからである。

普段、声を上げて笑う事の無い親父さんが、文字通り転げ回りながら笑っている。

何とか笑う事を止めようとしている様だが、努力むなしく笑い声を上げ続けて涙も流している。

現在、親父さんの体全体に微小であり絶妙な電流が流れ続けている。

痛みではなく、こそばゆい程度の電流が体のあちこちに流れているのだ。

尤も、痒みも痛みの一種であるし、絶え間ない痛みを経験していると言っても間違いでは無いだろう。

ともかく、人によっては笑いが止まらない罰であり、人によっては痒みが1分間もの間続く拷問なのである。

何故くすぐりの刑を罰に設定したかと言うと、理由は二つ。

一つは明確な痛みは、耐えようと思えば声を上げる事なく耐えれるから。

つまり、悪事を働こうとした時、拘束魔法の効力を耐え抜く事が出来るかもしれない。

それでは、罰の意味が無い。罰とは、罪への抑止力なのだから。

もう一つは、彼らを痛みで支配する事は避けたかったから。

今後の関係を考えた時、激痛で支配する事は強い恨みを買う。

しかし、くすぐり程度の罰ならば、彼らの毒気が抜け、恨みを買いにくい筈だ。

あくまでも、彼らへの罰は5年間の無報酬労働であり、痛みによる罰では無い。

以上の理由から、その場で執行される罰はくすぐる程度の物にしたのだが…。

笑い続ける人を見るのは、中々に苦痛だな。

それも、普段声を上げて笑わない実の父親ともなれば…。

その後、親父さんは1分間笑い続ける事となり、見事に罰の恐ろしさを味わって貰う事に成功した。

「ー…どうだった?やっぱり、罰にならないかな?」

「おま、お前…なぁっ…!」

地面に伏している親父さんに尋ねたものの、息をするのに必死らしく答えらしい答えは貰えなかった。

親父さんが落ち着いてきた頃、お袋さんに拘束魔法を解除して貰って、ようやっとまともに会話出来る様になった。

「……」

しかし、親父さんは憮然として僕をただじっと睨み付けてくる。

その様子から罰の効果は十分だった事は理解出来たが…。

先ほどの僕の言葉は撤回しなければならない。

「父ちゃん。さっき言った事だけど…」

「…お前を殴りやすい様にするためだろ」

僕が言うより先に親父さんがそう言った事に僕は目を見張って驚く。

真意を理解してくれた事は嬉しい。だが、それでも親父さんの心を抉ってしまった事は事実だろう。

「うん…。思っても無い事を言いました。ごめんなさい」

そう謝罪しながら深々と頭を下げると、重めの拳骨が落ちてきた。

…うん。拘束魔法はきちんと解除されている。痛い。

「その割には、的確に俺を怒らせたな?」

本当に思ってもない事だったのかを探る様な問いかけに、僕は痛む頭をさすりながら答える。

「…父ちゃんが気にしてる事を言って見ただけだよ」

「……思ってねぇよ」

僕の言葉を聞き、少し間があったが親父さんは僕の言葉を否定した。

…本当にそうであって欲しいと思う。

拘束魔法が果たすべき効力を確認出来た事で、本当に拘束魔法は完成した。

後は盗賊の彼らと交渉し、拘束魔法を施すだけだ。

一気にウェルス村が賑やかになる予想をしながら、僕は親父さんからグレイスフォレストでの話を聞き、土産を見て大いに喜ぶのだった。




第16話 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る