113.第16話 3部目 豆と果実


そんなネッドを見て、ラズは楽しげにくすりと笑う。

「けど残念です。当店の品はどれも自信がありますのに…。何方か、贈り物をされたい女性はいらっしゃいませんか?」

ラズにそう尋ねられ、ネッドは居ないと答えかけた。

しかし、ネッドの後ろで待機していたエヴァンが声を上げる。

「そうです!旦那さん!奥さんに何か贈って差し上げてはどうでしょう?」

「あ?…いや、あいつは何も要らないと…」

エヴァンの提案に難色を示すネッドを見て、ラズ達三姉妹はヒソヒソと話し始めた。

その光景を見て、ネッドはまた腹立たしくなる。

「…何だ?」

「…いえ?ただ、奥様の言葉を鵜呑みにされて贈り物の1つも出来ない男性って、どうかしら?と…話してただけですわ」

満面の笑みで思った事でつらつらと並び立てるラズの言葉は、ネッドの自尊心を酷く傷付けた。

確かにアメリアは何も要らないと言った。

だが、今のウェルスの経済状況を考えたら、何が欲しいと堂々と言う事も出来ないのも確かだろう。

気を遣って、何が欲しいとも言わなかったのかも知れないと考えると、ネッドはアメリアに対して罪悪感を持った。

アメリアとテオに苦しい生活を強いているのは、村長たるネッドの力量が足りないからだ、と。

「~~。っあ~…お前の言う通りだ。…予算は銅貨50枚までが限界だ。それで何か喜びそうな物を選んでくれ」

観念したネッドの言葉を聞き、ラズ達は少し驚いた風に目を見開いたが、直ぐに笑顔を浮かべた。

「かしこまりました。では、奥様の事をお聞かせ願えますか?」

「…は?」

その後、ネッドはラズ達にアメリアについての質問責めに遭った。

アメリアの事を話す度にラズ達だけでなく、エヴァンも生暖かい目をするので、耐えがたい時間が流れる。

贈り物を選ぶ上で必要な情報なのだろうとは分かったが、ネッドは始終妙な汗をかく羽目になるのだった。




1時間後。

アメリアへの贈り物を購入したネッドは、エヴァンと共に市場へと足を運んだ。

テオの望む物を買うためである。

グレイスフォレストの中心となっている広場には、ずらりと露店が並んでいる。

広場の中心には一本の大木があり、グレイスフォレストにおける憩いの場であり観光地らしい。

町の周辺に木の姿が見えなくなったグレイスフォレストでは、この大木が唯一残った希望なのだろう。

多くの人が行き交う中、エヴァンに案内された野菜と種を売る露店の前でネッドは呟く。

「野菜の種と、果実の種…」

絞り出す様に告げられた欲しい物を思い出しながら口にして、ネッドは頭を悩ませた。

一体、何の野菜と果実の種を買えば正解なんだ!?

既にコンダイと言う野菜があるため、それだけは除外出来るとして果たして何が必要なのか?

今後も村の役に立つ物が大前提としてあるため、余計に悩むのだ。

そして、ネッドには今後も役立つ野菜や果実に検討が付かないのである。

目の前に並んだ野菜の種を見て唸るネッドを見て、店主が見かねて声をかけてきた。

「兄ちゃん!そんなに悩んでどうした?欲しいものをぽーんっと買えばいいんだ!」

店主の質問にネッドは眉間に出来た皺を更に深くして答える。

「それが分からないから悩んでんだよ」

「欲しい物が分からない?だっはは!なら…」

そう言って店主が足元から、何かの種が入った籠をネッドの目の前に出した。

「欲しい物が分からない時は、ちょっと変わった物を選んで見るってのはどうだい!?」

店主が出した籠の中には肌色で楕円形の少し大きい種が入っていた。

それを見たエヴァンが言う。

「ほー。マメですか…しかし、ちょっと変わってる様な…」

「おうよ。マメなのは間違いないんだが…ちょっと変わった実の付き方をするんだ。

てっきり普通のマメの種かと思って仕入れたんだが、違うモンだから売れない売れない」

在庫事情を告げられネッドは溜息を吐いた。

つまり、店主は在庫のあるマメの種をネッドに押し付けようと出したのだろう。

買う物が分からないからと言って、他でも買われる事のない種を買うのは流石に気が引ける。

しかし、ふとテオの顔を思い浮かべてネッドは思った。

多少変わった種でもテオなら喜ぶのではないか?

むしろ、変わっているからこそ喜びそうだ。

絞り出した要求だった事も有り、拘りも無い筈。

ならば、多少変わったものでも文句を付ける事も無いだろう。むしろ文句を言わせるつもりは無い。

明確に何が欲しいと言わなかったテオの責任だからだ。

そう思い至ったネッドは意を決して口を開く。

「…幾らだ?」

「え?…か、買ってくれるのか!?」

「試しにな」

ネッドの言葉を聞き、店主は嬉しそうに沸き立って値段の計算をし始める。

仕入れてから一冬越してしまった品物のため安くする。と言いながら店主は値段を出した。


・マメの種 50g 銅貨3枚


通常ならば、同じ量で銅貨5枚である所を値引きした物である。

500g以上もある様に見えたため全てを買う事は拒否し、50gだけ購入する事になった。

恐らくマメの一種で野菜であろう種を確保したネッドは、次に果実の種を見始めたが、これまた酷く頭を悩ませた。

果実の種と言っても、この国では樹木が日に日に無くなっているが、果樹も例外では無いからだ。

貴族などの一部の特権階級の人間ならいざ知らず、庶民が口に出来る果実は無いと言っても過言では無い。

しかし、そんな事情があるにも関わらず、時折市場に果樹の苗木や種が出回る事がある。

中には、その果樹を購入し、育み、果実を高値で売買する人間もいるのだ。

ただし、果実を生った時点で果樹自体を伐採するのが、この世界のやり方であるため、無事に育てきったとしても一時の財を成すに過ぎない。

尤も、砂漠化が進むアロウティ国内では、育てられる果物には限りがある。

乾燥に強く、温暖気候でよく育つ果物こそがアロウティ国内で時折流通する果物だ。

その上、苗木の状態では売られないのが基本である。

故に今ネッドの目の前にある果物の種も3種ほどしか無い。

と言っても、種だけ見せられても何の果物かなどネッドには見分けが付かない。

その上、どれもこれも種とは思えないほどの高額が設定されている。

なんと、10粒で銅貨20枚である!

しかし、これで一財を成そうと賭けに出るつもりなら、妥当といえば妥当だと思える値段だ。

果実を収穫し売買すれば、種の購入費の何倍にもなるのだから。

「どれが良いんだか、さっぱりだな……」

だが、今のネッドにはテオが気に入りそうな果物の種を選ぶ使命にしか気が回っていない。

種の値段は二の次のようだ。

「右から、タチバナ、エビハラ、オリベになりますね」

鑑定眼で種を鑑定したエヴァンが言った。

しかし、ネッドは困ったように眉間に皺を寄せる。

「名前を言われても分からん」

「タチバナは橙色の果実。エビハラは紫色の果実。オリベは緑色の果実。…と言った具合です」

「…あぁ。大体分かった」

果実の特徴をエヴァンに説明され、ネッドは心当たりがあったのか納得したように頷いた。

そして、右端の種を指差してネッドは店主に言う。

「タチバナを貰う。銅貨20枚で良いか?」

「おおっ!兄ちゃん、良いお客だねぇ。毎度!」

こうしてネッドはエヴァンの助けを借りながら、テオの望む種の購入を完了させたのであった。

全ての目的を達成させたネッドとエヴァンは、荷馬車へと向かう。

その途中だった。

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