112.第16話 2部目 ベリー・ベリー
その後、長男のロイドの嫁探しに口添えをしようかとエヴァンが言い出したり、
結婚するつもりのない次男のフィリップに、ロイドに嫁が来なかった時の保険として結婚を考えろとせっついたりと、賑やかな時間を暫く過ごしてからネッドとエヴァンはスミス・ツールを後にした。
次にネッド達が向かったのは…。
「ー…こんにちはー。ダールですー」
「あら。お久しぶりですわね、ダールさん」
エヴァンの挨拶を聞き、店の奥から上品な声に言葉使いで夫人が返事をした。
「実は少し前、首都まで行ってまして…」
「えぇ?首都まで?それは…ご苦労様でしたわね」
口に出さないでも、エヴァンが首都まで行った事を意外そうにする夫人。
やはりエヴァン程度の商人が首都まで行くと言うのは、驚かれる事らしい。
「えぇ、色々と…本当に色々と大変でした。っと、それよりも、今日はお客さんをお連れしてまして…」
「まぁ嬉しい。どんな女性かしら」
「あ、いえ…お客さんと言うのはそう言う意味では…」
夫人の誤解を解こうとするエヴァン。
だが、ネッドはそれを制して自ら名乗り出た。
「初めまして。ネッド・ミラーと言う者です。…リズ、さんが移住されたウェルス村の村長です」
夫人に軽く頭を下げて挨拶をするネッドを見て、エヴァンは意外そうに目を丸くさせた。
旦那さんが敬語を使われている…!?。…と。
「あら…貴方様が…。リズがお世話になっております。母のチェリーでございます」
「いえ、こちらもリズさんには何かと助けられています」
言いながら、ネッドは自らの足に施された縫合の跡を思い出して、足を不自然に動かした。
だがチェリーは気にする様子もなく、リズを想って続けて言う。
「でも、あの子、ジョンくんを追って行ったでしょう?暴走してるんじゃないかと心配で…」
「あぁ…まぁ…」
リズと初対面の時の事を思い出したネッドから、足の縫合への感謝の気持ちがすっ飛んでいく。
ジョンとの関係を疑われ、村に住みたいとゴリ押しで迫られ、アメリアが味方についてしまった事で弱点を突かれた事まで思い出して不快感で一杯になった。
その気持ちが表情に出てしまっていたのだろう。
チェリーは眉を下げて悲しそうな顔をして言った。
「やっぱり…。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「え、あ、いや!でも、助かってるのは本当ですから!」
しまった…!ウェルスで役に立っている事を伝えて、安心させるつもりが逆に謝らせてしまった…!
ネッドは慌てて言葉を付け加えたが、チェリーは申し訳なさそうに謝り続ける。
すると。
「ー…やっぱり、こっちの紐の方が良いでしょー!」
「でも、こっちの紐も良いと思うんだけどなぁ…」
「はいはい。お母様の意見を聞いてから決めましょう」
3人の女の声が店の奥から響いて来る。
そして、その声の主達は店の表に出て来る様だ。
「お母様。新作の帽子に使う紐なのですけど…。あら、お客様がいらっしゃってたのですね…失礼しました」
3人の内の1人が、ネッドの顔を見て急いで頭を下げた。
すると、他の2人もそれに倣って頭を下げる。
「あ…いや、俺は…」
「ご安心下さい。当店は男性のお客様も大歓迎でございます。趣味は人其々ですもの」
最初に頭を下げた女の1人が、にっこりと笑って言った言葉を聞きネッドは顔を引き攣らせた。
「……何か、勘違いをしてないか…」
「…女性物の服や帽子をお求めなのでは無いのですか?じょそ」
「違ぇえええ!!お前ら、さてはリズの姉妹だな…!?」
「まぁ。末妹のリズをご存知なのですか?」
ネッドの威嚇を受けても、顔色1つ変えず会話を続ける所からも、強い血の繋がりを感じてネッドは一気に疲労感を覚えた。
ネッドを女装癖のある客だと勘違いをした女は、ベリー一家の4姉妹長女、ラズ。
ラズの後ろに控えるは次女と三女で、次女はブルー。三女はジューンである。
いずれもリズの姉妹らしく、粒揃いの美女だ。
ラズは妖艶さを漂わせ、ブルーは快活さを思わせ、ジューンはおっとりとしている。
母親のチェリーも年相応の美しさを保っている夫人である事から、血の濃さを窺わせた。
現在、ネッドとエヴァンは居るのは、リズの実家である服飾屋【ベリー・ベリー】である。
主に女性が身につける服や、服飾、帽子などを取り扱っており、訪れる客の殆ども女性客なのだ。
だが、時々男性客も訪れる。殆どの場合が意中の相手への贈り物の購入なのだが、時たま自分で身につける為に訪れる男性客もいるらしい。
しかし、それは少数派であり、男性と言えば贈り物の購入で来ると検討をつける筈なのだが…。
「本当に失礼しました。ダールさんとご一緒だから、てっきり秘密のご来店なのかと…」
あまり悪く思っていなさそうな謝罪をされながら、ネッドはエヴァンを睨む。
理不尽な怒りを向けられ、エヴァンは必死な形相で言う。
「えぇ!?どうして、わたしの存在が誤解の原因なのですか!?」
「だって、ダールさん。当店には布の買い付けくらいにしか、いらっしゃらないのに、唐突にお連れ様と来られるから…」
まるで自分は間違った事は言ってないと言わんばかりに溜息をつきながらラズは言う。
「最近はリズさんの状況をお伝えに来たりしてるじゃないですかー…」
「そうだったかしら?何にせよ。ダールさんが急にお連れ様と来られたから、誤解してしまったのです。えぇ、そうなのです」
「そんなぁ…」
誤解の責任を日頃のエヴァンの行いの所為にして、にこやかに笑うラズを見てネッドはげんなりした。
全く悪びれる気配がないな…。
しかし、不思議な事にラズの笑顔には、責め立てる気を無くさせる効果がある様で、ネッドもエヴァンもそれ以上の抗議をしなかった。
「それで、お母様。此の方はどちら様ですか?」
挙げ句の果てにネッドが何者かであるかも分からない内から、誤解の言葉を投げつけていた事が判明した。
姉妹達には名乗っていないのだから、当然と言えば当然なのだが、それにしても無用心である。
「こちらはウェルス村の村長さんの、ネッド・ミラー様よ」
チェリーの紹介を聞き、ラズはハッとした顔をしてネッドを見た。
「まぁ…。リズがジョンくんを追って移住して行った、辺鄙な村と噂の…」
「お前、本当に悪気なく言いやがって…っ」
事実とは言え、改めて言われると腹立たしい。
それもさっきから失礼な事しか言わないラズだと余計に。
しかし、腹立たしい存在なのはラズだけでは無かった。
「違うわ、姉様!年寄りばっかりの干枯らびた村よ!」
「私は…男ばっかりの汗臭い村って聞いたけど…」
次女のブルーに続き、三女のジューンまでもが事実だが態々言うまでもない事を口にし、ネッドのイラツボを突っつく。
「お前らなぁ…っ!」
「こら、貴方達。そこまでになさい。ミラーさんに失礼でしょう?」
ネッドの怒りが爆発する寸前の所で姉妹の母親であるチェリーが、3人を諌めに口を開いた。
だが。
「本当の事でも口を噤むのが礼儀と言うものよ?ウェルスがド田舎の土臭い場所だとしても、村長さんの前で言う事では無いわ。良いわね?」
「「「はい。お母様」」」
チェリーの言葉を聞き、3人は素直に反省する素振りを見せた。
しかし、当然ながらチェリーの言葉もネッドに深く突き刺さっている。
この親にして、この子有りと言う言葉がこれほどに当て嵌まっている状況を見せられると、もはや怒る気すら失せてしまう。
しかも、最後のトドメを指したのが、目上の人間であるチェリーであった事もネッドの気を削いだ要因でもあった。
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