111.第16話 1部目 スミス・ツール


金貨1枚を両替するためにグレイスフォレストへ足を運ぶことになったネッド。

両替を完了し、エヴァンの自宅に招待され、成功報酬の銀貨60枚を無事受け渡す事に成功した。

エヴァンの妻子であるイザベラとカロリーナに見送られて、ネッドはダール家を出発し、現在エヴァンの荷馬車に乗り混んで、揺られている最中だ。

ダール家出発前、ネッドはエヴァンに行って欲しい所があると声をかけた。

「ー…一応、挨拶しておこうかと思ってな」

「…そうですね。きっと喜ばれますよ!」

「そうかぁ?…恨まれてなきゃいいんだが…」

「あっはは!そんな心配しなくても大丈夫ですよ」

そんな会話をしながら2人が向かった先は…。

「旦那さん。着きましたよ」

「あぁ…」

遠くからも聞こえてくる規則的な金属音。鍛冶場独特の鉄の臭い。

ネッドの目には、【スミス・ツール】の看板が映っている。

元店主であるパーカーと、三男坊であるジョンの実家である工具店だ。

「こんにちはー。ダールですー。ロイドくんとフィリップくん、居ませんかね?」

工具店の中で忙しく働きまわっている職員にエヴァンは声をかけた。

すると、職員の1人が応えた。

「ダールさん!何か久々に来ましたなぁ」

「いやぁ、ちょっと仕事で首都の方に行ったりしてたもんで…」

「首都ぉ!?あんたがかい!?そりゃ驚きだ…」

エヴァンが首都へ上がった事を驚きながら、職員はロイドとフィリップを呼びに店の奥へと入っていく。

暫くすると職員は仕事に戻っていき、代わりに若い男2人が顔を出した。

「こんにちは、ダールさん。今日はどうされました?」

汗だくになりながらも品良く笑う若い男がエヴァンに声をかけた。

「やぁ、ロイドくん。今日はね、お客さんをお連れしたんですよ」

「客?」

エヴァンの言葉を怪訝に思った、もう1人の気難しそうな顔をしているのがフィリップだ。

エヴァンに視線で促され、ネッドは息を吐いてから顔を見せた。

「…ネッド・ミラーだ。ウェルスの村長をやってる」

「……あぁ!貴方が、父とジョンが移住した先の…!」

ネッドの自己紹介を聞きロイドは少し反応が遅れたが、ネッドが何者かであるかを理解した。

「あぁ…。急に4人も人員を奪っちまって悪かった。いつか謝ろうと思っててな…」

バツが悪そうに謝罪の言葉を言うネッドを見て、ロイドとフィリップが面食らった顔をした。

そして、慌てた様子でロイドが口を開く。

「えぇ!?そ、そんな事で態々村長さん自ら来られたんですか!?

父がウェルスに移住すると決めたのは、村長さんの責任じゃありませんよ!

ジョン達だって、父が先に移住しろって半ば強制的に送り出したんですし…。

むしろ、ご迷惑おかけしてませんか?特に、父とか、父とか、父とか…」

ネッドの責任ではなく、自分の父親であるパーカーが悪いんだと言うロイドを見て、ネッドはふっと笑った。

苦労性の長男と言った感じのロイドに親近感が湧いたのだ。

「おう。パーカーにはいつも手を焼かされてるぞ」

「あぁ、やっぱり…すみません」

「いや。それ以外では、こっちも助かってるから気にすんな」

「それを言ったら父が居なくなって店の事もやりやすくなったので、

こちらとしては引き取って下さって助かってます」

ネッドの言葉を聞いたロイドは実にハキハキと、父親が居なくなった事を喜んでいると言った。

「仕事の途中で唐突に別の物を作り始めるって事が無くなっただけでも、かなりやりやすくなったよ。ホント」

更にフィリップの追撃。

その2人の物言いから、パーカーは何処に居てもパーカーらしい事が嫌という程分かって、ネッドはロイドとフィリップと一緒になって遠い目をするのだった。

「…それでも、店主が急に交代になって大変だったんじゃないか?」

「まぁ、大変じゃ無かったと言えば嘘になりますけど…いずれは継ぐ事になってたんですし、時期が早まっただけと思えば何て事ありません」

「むしろ、今回の事が無かったら父さんが死ぬまで後継しなかった可能性すら有る」

ネッドの心配を聞きロイドは苦笑しながら、フィリップは淡々と表情を変えずに答えた。

どちらの意見も正論らしい事にネッドは苦笑した。

すると、エヴァンが口を開く。

「ロイドくんも、せっかくお店を継いだんだし、そろそろ結婚を考えないとねぇ」

「あぁ…最近、ウチの職人達にも、お客さんにもよく言われます」

エヴァンの言葉に困ったように笑いながらロイドは答えた。

長男であるロイドには店を継ぐ事もそうだが、結婚も重要事項だろう。

「でも、生まれて此の方、そう言った相手が居た事が無いんですよねー…」

「兄さんは家の事で暇が無かったんだし、しょうがなく無い?」

「それを言ったら、お前だって恋人が居たなんて聞いた事ないぞ?」

「居た事ないし、欲しくもない。ジョンだけだよ。恋人が途切れた事無かったの」

「…は?」

兄弟の会話からとんでもない情報が飛び込んできて、思わずネッドは怪訝な声を上げた。

三兄弟の内、上の2人は揃って恋人が居た事が無いのに対して、末っ子のジョンは途切れた事が無いなんて、意外過ぎて正に青天の霹靂だった。

するとロイドとフィリップがジョンの武勇伝を話し始めた。

「あれ?ご存知ないですか?ジョンはグレイスフォレストでも有名な遊び人だったんですよ?

末っ子でウチの事も殆ど雑用ばかりでしたし、大体外でプラプラ遊びまわってたんです」

「あとは父さんの相手ね」

「だね。妙に人の話し相手になるのが上手かったからか、恋人も途切れた事無いんです」

「なのにウェルスでは真面目に働いてるとか…信じられない…」

「本当にね…。女の子に会えないのに耐えられなくなって帰って来るもんだと思ってたよね…」

兄2人の口から出るジョンの話から察するに、父親のパーカーよりも帰って来る可能性が高いと思われていたようだ。

ネッドが知る、仕事に意欲的なジョンとは大分違って、その温度差に引きつってしまう。

だが、エヴァンが言っていた言葉を思い出してハタとする。

“ー…グレイスフォレストに居た時のジョンくんには何かと共感する所もありました。

今はウェルスで楽しそうに働いてるのを見れて、他人ながら勝手に安心しています…ー”

ジョンと同じく三男坊だったエヴァンは、結婚してから行商の仕事をする様になった。

それを喜んでいると言う事は、独身時代のエヴァンには行き場が無かったのかもしれない。

そして、それはジョンもそうだった。だから、エヴァンはジョンに共感していたのだろう。

つまり、グレイスフォレストに居た時のジョンにはする事が無くて、肩身が狭いからこそ遊び歩いていたのかもしれない。

尤も、ジョンは兄2人と同じ事をしてもツマラナイから、自ら雑用係をしていたのだが…その事実を知っているのはテオや幼馴染組だけである。

ともかく、今のジョンには生きがいを感じられる仕事がウェルスにある。

だから、グレイスフォレストに戻る理由がないのだ。

その事を少し自慢に思ってネッドはふっと笑った。

ウェルスは行き場のない人材が、働けている場所なのだと思うと誇らしい。

そんな気持ちを自覚し、すっかり村長気分だな。と、自嘲までするのだった。

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