110.第15話 5部目 ダール一家


エヴァンがカロリーナの態度を謝るのを聞いた後で、ネッドはイザベラを見て自己紹介をした。

「……ウェルスの村長をやってる、ネッド・ミラーだ」

村長である事を自称するのは始めてだったからか、少し辿々しさがある自己紹介となった。

しかしイザベラは気にしていない様子で、ネッドが村長である事を喜んだ。

「やっぱり!ミラーさん。あんたが頭がキレるって評判のお人だったんだね!」

「は、はぁ?」

「ウチの旦那から聞いてたんですよぉ!随分と頭のキレる若い男が居るってねぇ!最近、村長になったとも聞いてましたのよぉ」

そう言いながらイザベラは大らかに笑った。

まさか、そんな噂話をされていたとは思わず、ネッドは苦笑いを浮かべる。

イザベラの言う、頭の切れる若い男とは、本来ならば自分ではなく自分の息子だからだ。

段々と噂に見合う男で居る事が絶対条件になりつつある事を憂鬱に思いながら、ネッドは誤魔化す様に銀貨の入った皮袋を机の上に置いた。

「そらどうも…。で、だ。エヴァン、成功報酬だ」

そう言いながら、ネッドは30枚分の銀貨を数えながら取り出し、残りが入った皮袋をエヴァンの目の前に差し出す。

「ご苦労だった。また次も頼む」

「……はい!」

労いの言葉をかけながら渡された報酬を、エヴァンは嬉しそうに受け取る。

ネッドに報酬の額を確認しろと言われてエヴァンは皮袋の中身を覗く。

すると。

「あれま!銀貨が60枚も入ってるよアンタ!何かの間違いじゃないのかい!?」

エヴァンの横から皮袋の中を覗き見たイザベラが真っ先に声を上げた。

勘定の早さからイザベラも鑑定眼持ちである事に検討をつけ、ネッドが尋ねる。

「イザベラも鑑定眼持ちか」

「そりゃ商人ですから、勿論持ってますとも!

…にしても、ミラーさん、何の成功報酬か知りませんけど、銀貨60枚なんて何かの間違いじゃありません?」

怪訝そうな顔をしてイザベラはネッドに確認を取る。

対してネッドは表情を変える事なく答えた。

「いいや。60枚あるなら、それで間違いない」

ネッドの答えを聞き、イザベラはエヴァンの肩やら背中を叩き始めた。

「アンタァ!あたしに黙って一体、何を売ったんだい!?」

「い、いやぁ…それは…。ちょっと、待って、イザベラ、痛い痛い。痛いって」

答えを濁すエヴァンが気に食わないのか、イザベラは執拗にエヴァンを叩き続ける。

その光景を見かねたネッドが口を挟んだ。

「お、俺から説明してやる。その前に…イザベラ、あんた口は堅いか?」

「…そりゃ、他言無用ってんなら幾らでも口を噤みますとも」

真剣な様子で問うネッドを見て、エヴァンが売ったものが只者ではない事を悟ったイザベラは真面目に答える。

その答えを聞いたネッドは、エヴァンに首都アルベロで日本刀を売買する様に頼んだ経緯を説明した。

すると、イザベラは商人の顔つきになり言う。

「ー…日本刀、ね。まさか、ウチの旦那が幻の武器を売っぱらって来たとはねぇ…」

「お前は、日本刀を知ってるのか?」

エヴァンは知らない様子だったから、イザベラも知らないものだとネッドは思っていたが、どうやら違うらしい。

ネッドの言葉を聞き、イザベラはふっと笑って答える。

「ウチは日用品の商売をしてますけど、たまーに武器商人の友人から、その手の噂を聞くんですよぉ。

時々、日本刀らしい武器が商会に持ち込まれて噂になるんです。

まぁ、その殆どが”日本刀では無い”と判断されて、噂は立ち消えるんですけどねぇ」

「…時々、持ち込まれるだと?」

「えぇ。幻、とまで言われる武器ですからねぇ。

もし、本当に幻の武器だったら、そりゃ武器商の業界は大騒ぎになりますよぉ。

でも、今まで持ち込まれた中で本物の日本刀だった物は無かった様だけどね」

イザベラの話を聞き、ネッドは急に不安に駆られた。

「…つまり、日本刀かどうかを鑑定する人間が業界には居るって事か?」

「そうでしょうね。じゃなきゃ、本物かどうかなんて分からないものぉ。

日本刀らしき武器が持ち込まれたら、必ず鑑定されるんでしょうよ」

「……偽物だと判断されたら、どうなる?」

ネッドの言葉を聞きエヴァンは顔を真っ青に染める。

もしも偽物だと判断されたとして、売上金を全て返せと言われる可能性が浮き上がって来たからだ。

しかしネッドの不安を聞きイザベラはさらっと答えた。

「どうもしないでしょうよ。

これまでに市場に上がって来た日本刀が偽物だったと言われても、割りを食うのは偽物を買い取った武器商人だけ。

そもそも、日本刀が本物か偽物かを判断するのが何処の誰なのかも分からないんです。

だから、売る方も買う方も本物の日本刀が、どういう武器を指すのか判断が付かないんですよ。

姿形は文献に残ってますし、実際に作った武器職人は幾らでも居たでしょう。

つまり、姿形が日本刀の様相を保っているなら、それは日本刀であるとしか言えない。

武器商人としては、見た目だけが日本刀の物を一か八か買ってみる。ただそれだけでしょうよ」

つまり、ネッド達に金銭的な被害は無いだろうと言う事だ。

だが、それ以外となれば話は違う。

「勿論、偽物だったと判断されたら、偽物を打った武器職人は二度と日本刀を作れなくなるでしょうね。

打った所で、また偽物だと言われる可能性が高いんですからねぇ」

「そんな…次の刀を売りに行くつもりだったのに…」

淡々とした尤もな指摘を聞き、ネッドよりもエヴァンが落ち込んだ。

金貨2枚にもなる品物が売れるとなれば、ウェルスの経済状況は非常に潤うだろう。

しかし、もしパーカーの打刀が日本刀では無いと鑑定されていたら、もう二度と日本刀を売りに行くことは出来なくなる。

それどころか、パーカーが打つ包丁や工具などの売り行きも渋くなる可能性が高い。

現状で尤もウェルスの資金源となる筈の玉鋼製の商品が売れないとなったら、かなり厳しくなる。

だが、ネッドはエヴァンほど悲観していない様子で言った。

「…まぁ、暫く刀を売りに出すつもりはなかったし、どっちにしろ同じ事だ。

パーカーには当面、包丁作りに専念して貰うしか無いな。

趣味で刀を打つ分には好きにさせるが…」

今回の売上を鑑み、ネッドとテオは当面、刀を表に出す事を控えることにしたのだ。

またエヴァンが盗賊の標的にならないとも限らない上、金貨2枚ほどにもなる刀を、

ぽんぽん市場に出してはウェルス村にも危機が及ぶ可能性を考えての事である。

エヴァンには当面パーカーが作る玉鋼製の包丁を売り歩いて貰う事になるだろう。

その事をエヴァンとイザベラにも頼むと2人は快諾して笑った。

報酬のやり取りをし終わったネッドは、エヴァンと共にダール宅を出ようと席を立った。

すると、家の奥から忙しく走ってくる足音が響いてくる。

「あの…っ」

「…ん?」

家を出ようとしていたネッドは呼び止められて振り返った。

そこにはエヴァンの娘、カロリーナが居た。

ネッドを怖がって部屋に閉じこもってしまったのだと思っていたカロリーナが、話しかけて来たことにネッドは目を見張って驚いた。

「どうしたんだい?カーラ」

ネッドの代わりに父親のエヴァンがカロリーナに尋ねると、カロリーナはもじもじしながら小さい声で答えた。

「……くっきぃ、ありがとうございました。美味しかったです…」

「……んん?」

態々頭を下げてまで言われた礼を聞き、ネッドは首を傾げた。

すると、エヴァンがハッとした顔をして、ネッドに説明した。

「あぁ!以前、奥さんにくっきぃの差し入れを頂いたんです。

イザベラとカーラにも食べさせたんですよ。カーラは、その時の事を言ってるんだね?」

「…うん」

エヴァンの説明を聞き、ネッドは合点が行った。

しかし、まさかその事でクッキー作りに関わっていない自分が礼を言われるとは思っていなかった。とネッドは思う。

カロリーナの視線まで腰を落としてネッドは言った。

「あのクッキーは、俺の女房と息子が作ったんだ。…礼は伝えとく。態々、ありがとうな」

そう言いながらネッドはカロリーナの頭を優しく撫でる。

すると、カロリーナは少し頰を赤くさせて頷いた。

「…はい」

少しだけカロリーナとも打ち解ける事が出来た気がして、ネッドは安堵した。

商売相手の娘に悪印象を持たれていては、エヴァンの心象にも関わりそうだ。

そんな事で商売を止めるなんて言い出す男だとは思っていないが、なるだけエヴァンの家族とは仲良くしておきたい所である。

こうして、ネッドはイザベラとカロリーナに見送られながら、ダール宅を後にするのだった。

ネッドのグレイスフォレスト観光は、まだ続く…。




第15話 完

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