109.第15話 4部目 ダール商会


暫くして、2人は両替所に到着した。

金貨1枚を握りしめ、ネッドは窓口へと赴く。

両替所の女性に金貨を1枚差し出しネッドは言う。

「銀貨に両替して欲しい」

「……かしこまりました。手数料は銀貨10枚になりますが宜しいですか?」

「あぁ、構わない」

「少々お待ちください」

女性は笑顔を顔に貼り付けた様子で金貨1枚を持って、店の奥へ入っていく。

仕事に徹してくれている様だったが、金貨1枚を見て明らかに顔色が変わっていた。

幾ら両替所でも金貨1枚を持ってくる人間なんてそうそう居ないのだろう。

持ってきたとしても、ネッドの様なただの町民に見える人物ではない。

二重の意味で驚いた事だろう。

少しすると女性は銀貨の山が乗った木皿を持って戻って来た。

「こちら銀貨90枚になります。手数料の銀貨10枚は既に差し引かせて頂いております」

「あぁ」

エヴァンの鑑定眼で銀貨が90枚有る事を確認した後、ネッドは皮袋に詰めて両替所を出た。

受付をした女性の職員が見送りに席を立つ位には、ネッドを上等な客だと判断されたらしい。

銀貨90枚も入った、二重の意味で重い皮袋を持ってネッドはエヴァンの荷馬車に乗り込む。

そして、金の受け渡しをするべく、ネッドはエヴァンの自宅へ招待されることになった。

町中から少し外れた場所にエヴァンの自宅はあった。

二階建ての一戸建住居だ。平民の暮らしとしては上等な方だ。

エヴァンの案内でネッドは住居の外階段を登り、二階の自宅へと足を踏み入れた。

エヴァンが言うには、一階は「ダール商会」と言う商店で二階が自宅らしい。

居間へ案内され、椅子に座る様促されながらも、ネッドは立った状態で部屋を見渡す。

それなりに質の良い家具に調度品。正に商人の家だとネッドは感心した。

小さな商店とは言え、質の良い物を使っている辺りに商人らしい目利きの良さを感じ取れるのだ。

恐らく、伝手と言う伝手を使って入手してきた物ばかりなのだろう。

「妻はこの時間、店先に出ています。娘は…出て来ないって事は昼寝でもしてるかな?」

そう言いつつ、エヴァンは慣れた様子でお茶を入れている。

何故か妙にエヴァンらしさを感じる光景に違和感を覚えるよりも、

ネッドにはエヴァンの言葉を聞いて驚く方が優った。

「…娘?…お前、妻子持ちだったのか…」

ネッドがエヴァンが既婚者である事を知ったのは、釣り銭の借金先を聞いた時であり、つい数時間前である。

その上、娘も居る事を聞かされ数時間前に感じた困惑がぶり返す。

「え?ご存知ありませんでしたか?奥さんとは話した事があったのですが…」

「聞いてねぇ」

アメリアが知っていて、自分は知らなかった情報を唐突に突きつけられた事にネッドは少なからずショックを受けた。

そう思いつつネッドは、エヴァンとはもっぱら商売の話しかして来なかった事に気がつく。

エヴァンがどんな人間かはある程度分かっているつもりであったが、エヴァンを取り巻く環境を知ろうと思った事は無かった。

それは自分に隠し事がある故に、他人の事を詮索するのも憚られたからであろう。

しかし、エヴァンは昔も今も大事な取引先である。

もう少し、エヴァンの事を知っておくべきかもしれない。

そう思い至ったネッドは試しにエヴァンに問うた。

「…エヴァン。女房を店に出して自分は行商に回ってて良いのか?」

「え?大丈夫ですよ。ちゃんと店の主人は毎日店先に居ますし」

「は?」

「え?」

お互いの言葉と反応から、お互いの認識が何処かすれ違って居る事に2人は気がつく。

そして、エヴァンは用意したお茶を飲みながら、認識の齟齬を修正するべく雑談を交わす。

「ー…元々、この家は妻の父の持ち物でして、妻が店を継いだので此処に住む様になったんです」

「じゃあ、お前…婿入りだったのか!?」

新鮮で衝撃的な事実を聞き、ネッドは大声を上げて驚いた。

「えぇ、まぁ。私は三男坊でしたし、妻は一人っ子で…。義父に妻と結婚しろと言われたもので結婚しました」

「…ジョンと同じって事か」

「あははっ。はい。正にその通りです。…なので、グレイスフォレストに居た時のジョンくんには何かと共感する所もありました。

今はウェルスで楽しそうに働いてるのを見れて、他人ながら勝手に安心しています」

「そうか…」

余りの衝撃にロクな事も言えずにネッドは目を泳がせる。

知らなさすぎた。エヴァン・ダールと言う男を。

しかし、婿入りをしたと言うなら、尚の事行商をする必要は無いのではないか?

そうネッドが思った瞬間、エヴァンが言う。

「婿に入ってから商売のイロハを義父に叩き込まれまして…「店は娘にやったから、息子のお前にはこれをやる」と言って、荷馬車をくれたのです。

それ以来、私は毎日、荷馬車を引いて商売をしています」

少し照れ臭そうに話すエヴァンの言葉に耳を傾けて、ネッドは安心した。

婿入りと言う単語から、肩身の狭い思いを感じて行商を始めたのではないか?と余計な邪推をしてしまっていたからだ。

だが、エヴァンにとって妻の父…義父と言う存在は感謝の対象らしい。

安心すると同時にエヴァンの義父に感謝の念を覚える。

エヴァンが行商を始めていなければ、ウェルスは存続していなかったのだ。

いずれ、何かの形でエヴァンの義父にも礼をしたい所だとネッドは思う。

すると、外階段を上がってくる人の足音が聞こえてくる。

玄関の扉が開けられ、中へ入ってくる足音が2つ。

足音が2つある事から、妻と娘である事に検討をつけたらしく、エヴァンは声をかけた。

「おーい。イザベラー、カーラ。帰ってるよー」

「え!?アンタぁ!?」

エヴァンの声を聞いて、驚いた様子でイザベラが居間の扉を開いた。

恰幅の良い女性と、その陰に隠れた小さな女の子が入ってくる。

「あれま!お客さんまで居るじゃないの!何で声かけないのぉ!」

そう言いながらイザベラはエヴァンの背中を叩いた。

実に痛そうである。しかし、エヴァンは慣れた様子で会話を続ける。

「いやぁ…お金の話をするつもりでご招待したんだけどねぇ…」

「…そういや、忘れてたな」

エヴァンの言葉を聞きネッドは我に帰って呟く。

衝撃的な話が続いて、本来の目的を忘れてしまっていた。

すると、イザベラが目の色を変えて、居間の机の席に着いた。

「何してんのさ!さぁ、早く話を進めな!」

「うん、そうだねぇ」

ハキハキと喋るイザベラに対し、エヴァンはいつもの調子で相槌を打つ。

正にカカア天下と言った光景だ。これがダール家の日常なのだろう。

そんな夫婦の様子を見てエヴァンがアメリアをおだてたり、調子の良い事を言いたがる理由がネッドは分かった気がした。

暫く夫婦漫才を繰り広げた後、エヴァンから改めて妻子の紹介が入る。

「ー…えぇと、妻のイザベラと…娘のカロリーナです。娘は12歳になります」

「いつも旦那が世話になってますぅ」

イザベラは外向きの顔と声でネッドに頭を下げた。

「ー…ちは」

人見知りをしているのか、ネッドの強面を怖がっているのか分からないが、娘のカロリーナが小さい声でネッドに向かって挨拶をする。

そして、足早に自室へ逃げ込んで行ってしまった。

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