108.第15話 3部目 グレイスフォレスト


ミラー家だけになった所で、親父さんがお袋さんに言う。

「金貨1枚はお前にこのまま預けておく。…直ぐに戻る」

「…えぇ。待ってるわ」

神妙な顔つきで話し合う親父さんとお袋さん。

思えば、僕たちミラー一家は、全くウェルス村から別の町へ出た事がない。

生きていくためにウェルス村で日々を過ごしていたから、町へ出る余裕も無いのだろうと思っていたが、どうやらそれだけでは無いらしい。

二人がこの村に辿り着いた事と、深く関係していそうな気配がして、僕は町に行きたく無い理由を尋ねなかった。

いずれ知る事になる。今は必要ないだけだ。

「…土産でも買ってくるか。何が良い?」

身支度を整えながら言う親父さんに、お袋さんは優しく微笑んで言った。

「貴方が帰って来てくれるだけで、私は十分よ」

お袋さんの答えを聞いた親父さんは身支度の手が止まり、気難しそうな顔をしてお袋さんを見る。

「…お前は本当に……。本心だから質が悪い…」

心なしか顔を赤くしている親父さんを見て、僕は心が温かくなった。

本当に親父さんはお袋さんが大好きだなぁ。

「…おい、こら。何を生暖かい目で見てやがんだ!」

「え?」

「お前は何か欲しい物、無いのか!?」

声を荒げて僕に問う親父さん。恐らく照れ隠しだ。

しかし、急に欲しいものは無いかと聞かれても困るな。

現状で必要なもの、欲しいものと言うと…。

「うーん。僕も父ちゃんが帰って来て、土産話をしてくれれば良いかなぁ…」

エヴァンから聞いた外の話を聞いた僕としては、グレイスフォレストの様子も聞いてみたい。

パーカーやジョンに聞いても、ウェルスより人が多くて、建物が沢山有る事位しか分からないからだ。

元々住んでいた土地だからか、却って特出して話す事が思い至らないらしい。

故に親父さんの目で見たもの、感じた事を聞けたら嬉しい。

しかし、親父さんは納得しなかった。

「ふざけんな…っ。お前もアメリアも物欲ってもんが無いのか!?」

「じゃあ…新しい作物の種とか…」

「作物の種は村に必要なもんだろうが!」

確かに。

盗賊達を村人として受け入れると決めたため、食料は豊富に保っておかなければならない。

その思いから出た要求だったが、これは僕自身が欲しいものでは無いな。

「なら、香辛料とか…?干し肉が美味しく出来るし…」

「あらぁ。美味しくなるなら良いわね」

「でも、砂糖も高かったし、香辛料も高いよねぇ…」

余りに高い物だとちょっとした、お土産の範疇を超えてしまう。

幾ら大金が入ったと言っても無駄遣いは控えたい。

と言った考えから、僕は作物の種を2種類ほど買って貰う事にした。

1つはコンダイ以外の野菜の種。もう1つは果物の種。

予算は銀貨1枚分。まぁ、銀貨1枚もせずに種は確保出来るだろう。

予算が残る様なら親父さんの思いつきで何か買って来て欲しいと言って、僕たちはエヴァンと親父さんを見送った。

エヴァンの荷馬車を見送るお袋さんの顔は、微笑んでいるが何処か不安げだ。

「…母ちゃん。例の魔法、父ちゃんが帰ってくる前に完成させよう」

「え?」

僕の言葉を聞いて、お袋さんはきょとんとする。

例の魔法とは、盗賊達の行動を拘束するような魔法の事である。

お袋さんが、この魔法を完成させたら盗賊達は村人として、ウェルス村で生活していく事になる。

勿論、普通の村人と同じ様な扱いにする訳でないが、それもこれも、お袋さんが”拘束魔法”を完成させねば話は進まないのだ。

「僕達は、僕達に出来る事をしなきゃね」

「…そうね。精一杯、頑張るわっ」

「うん。僕も頑張るよ」

それに、親父さんが帰ってくるまでの間、お袋さんの不安を取り除けるのは僕だけだ。

少しでも何かをしているだけで気が紛れる筈。

僕はお袋さんが魔法を完成させられる様に一緒に考える。

ただ、それだけだ。




2時間後。グレイスフォレストにて。

エヴァンの荷馬車に揺られて、ネッドはグレイスフォレストの地に足を踏み入れた。

エヴァンは慣れた様子で大きな道を選択して荷馬車を走らせる。

街中であるため荷馬車はゆったりとした速度で動いており、ネッドは荷馬車の中からじっくりと街並みを見る事が出来た。

殆どの家が煉瓦造りで、屋根も石製の瓦葺き。

所々に集合住宅らしき建物も見受けられ、建物の造形は住人の気分を害さない様に綺麗に整っている。

よく見ると一戸建てらしき家と、集合住宅の建築素材が似ており町並みに統一感が見られた。

大きな道沿いだからか立派な建物も多い。

隣の家まで5分、10分と掛かるウェルス村とはまるで違う。

密集している建物から人口の多さも伺える。

パーカーやジョン達が言う様に人も建物も多い事がよく分かった。

しかし、街中に漂う雰囲気は、何処か田舎らしさもあってネッドは安心感に包まれる。

ちょっと人が多い田舎。と言うのが、ネッドが持ったグレイスフォレストへの第一印象であった。

「如何ですか?グレイスフォレストは」

愛馬の手綱をしっかりと握り前を見据えながらエヴァンはネッドに声をかけた。

「あぁ…聞いた通り、人も建物も多いな」

「あっはは!パーカーさんにでもお聞きになりましたか?」

「あとジョンだな」

何気ない会話を交わしながら、荷馬車は両替所まで進んでいく。

「ー…そういえば、旦那さんの故郷はどんな所なんです?」

「あ?」

「もう結構長い付き合いになりますが、聞いた事が無かったなぁと思いまして。…言いたくないなら、無理には聞きません」

テオが生まれた事をキッカケにウェルス村に根を下ろしたネッドとアメリア。

それ以前からウェルス村に行商に来ていたエヴァン。

思い返せば既に6年以上の月日が流れており、エヴァンとも相当に長い付き合いである。

しかし、エヴァンは突然ウェルス村に住み始めた、若い夫婦の事情を聞き出す様な野暮な真似はして来なかった。

時折、ネッドやアメリアがちらほらと漏らす情報をネタに会話を広げる事は有っても、エヴァンはそれ以上の深い詮索をしない。

恐らく今回も、会話を広げるために思いついた事を言ったのだろう。

しかし、ネッド達が詮索される事を嫌がっている雰囲気は感じ取っていたらしく、うっかりネッドの故郷を聞いてしまった事に、エヴァンは少し気まずさを匂わせた。

そんなエヴァンの機微をネッドは察した。

言いたくないなら言わなくて良い。そう言われネッドは答えなくても良くなった。

だが、ネッドはふっと答える。

「…あぁ。まぁ…ココみたいな町だ」

「!。…そうなんですか」

グレイスフォレストの様な町が故郷だとネッドが答えた事に、エヴァンは驚いた。

これまで通りだったら、ネッドは一切の自分の情報を答えなかった筈だからだ。

しかし、言葉少なとはいえネッドは答えたのだ。

その事をエヴァンは心底嬉しく思う。

「…そういや、グレイスフォレストを管理してるのは貴族なのか?」

すると今度はネッドがふと思った事をエヴァンに尋ねた。

「うーん。違うと思います。マクドレイさんと言う方が代々町を取り仕切って下さってますが、あの方は貴族では無かったかと…」

「そうなのか?てっきり貴族かと思ってたが…」

「えぇ。元々、グレイスフォレストもウェルスと同じ様に、開拓民が移住して来て出来た町ですから。その時、我々の先祖達を取り纏めて居たのが、マクドレイさんのご一家だったかと」

「なるほどな…」

グレイスフォレストの歴史を知り、ネッドは納得して頷いた。

すると、エヴァンが「あ!」と声を上げる。

何事かとネッドがエヴァンを見ると、エヴァンは神妙な声付きで言った。

「もしや、マクドレイさんのご自宅までお送りした方が良いのでしょうか?」

「はぁ?」

「だって、旦那さん。ウェルスの村長じゃないですか…。ご挨拶に伺った方が良いとか…!」

エヴァンの焦りを聞き、ネッドはため息を吐く。

「あー…別に良いだろ。村長っつっても、最近なったばかりの新造だしな…」

「ですが…」

ネッドの投げやりな答えにエヴァンが忠告しようと口を開こうとする。

しかし、ネッドはそれを制し、言葉を続けた。

「廃村寸前だったウェルスの長に誰が就こうが、グレイスフォレストの長には関係無いだろ。

元グレイスフォレストの町民を見捨てる様な、町長一家の眼中に俺の姿が映る訳が無い。まぁ、映されても迷惑だがな」

「…」

そう言うネッドの声色は少し怒気を含んでいた。

ネッドの言う元グレイスフォレストの町民とは、パーカー達の事では無い。

おばばや、ウィルソンなどの年寄り連中の事である。

樹木を求めて森の奥へと開拓に入っていったグレイスフォレストの町民達。

それが、おばば達の事だ。

若者達からグレイスフォレストへと逃げ帰っていき、最後に取り残された年寄り達。

エヴァンや、ネッド達の存在がなければ今頃、年寄り全員は孤独に死んでいた筈だ。

その事をネッドは密かに気にしていたらしい。

普段は口に出しても何にもならないから言って来なかっただけで、ずっとグレイスフォレストの町長には怒りを燻らせていたのだろう。

もはや家族とも言える年寄り達を見捨てたグレイスフォレストの町長の顔など、見たくもないとネッドは思っているのだ。

その事を察したエヴァンはそれ以上言及せず、両替所へと急ぐのだった。

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