107.第15話 2部目 外出


事の次第を聞き、エヴァンは困惑の表情を浮かべた。

「な、何故、盗賊は態々、奥さんに返したんでしょう…?」

「知るか」

エヴァンの疑問を親父さんは不機嫌そうに一蹴した。

昨日もお袋さんが金貨を返された経緯を話したら、親父さん機嫌が悪くなったんだよなぁ…。

カシラ改め、レオンくんとお袋さんが仲良くなってしまった事が解せないらしい。

それはともかく。

普通に考えるならば、盗賊達が金貨を返して来たのには減刑を願っての事だろう。

お袋さんを崇め、食料の配給に礼を言い、金貨をそっと返した事で、盗賊達人間らしさや憐れさを感じた。

恐らく、それを狙っての事だろうと思う。

エヴァンを尾行してウェルスを強襲した盗賊なのだから、それ位考えていても可笑しくない。

「…ともかく、金貨2枚はちゃんと俺達の手元にある。だから、心配すんな」

エヴァンの一蹴してしまった事に罪悪感を覚えた様子で、親父さんは話の流れを修正した。

「…で、だ。エヴァン。お前には行商の成功報酬を渡す。打刀の売り上げの3割…銀貨60枚だ」

「は、はい!私も計算して、お釣りも用意して参りました!いやぁ、計算違いじゃないかと何度も何度も確認しましたよ…」

「銀貨60枚も、俺達平民からすりゃ相当な大金だからな。無理もない」

そう言い合いながら、エヴァンはお釣りである銀貨40枚の入った袋を親父さんに差し出した。

そして、親父さんは手に持っていた金貨1枚をエヴァンに手渡す。

改めて手に乗った金貨を見て、エヴァンは気が気じゃない様子だ。

…しかし、打刀を買い取った時も銀貨30枚を出したエヴァンが、よくもお釣りの銀貨40枚を用意出来たものだ。

合わせて銀貨70枚にもなる訳だが…。

打刀を銀貨30枚で買い取ってくれる時も、”それぐらい”の蓄えならあると言う言い方をしていた。

つまり、銀貨30枚以上の蓄えは実質、無いと言っている様なものではないだろうか?

気になった僕はエヴァンの手元を見ながら口を開いた。

「エヴァン、お金持ちなんだね。銀貨、まだ持ってたんだ」

「…え?」

「僕、てっきり、エヴァンは銀貨30枚しか持ってないんだと思ってたよ」

僕の言葉を聞き、親父さんが剣呑な顔を見せる。

「テオ!」

そして、僕の無礼な言葉を叱る様に名前を呼んだ。

すると、エヴァンは苦笑して僕の言葉に答える。

「あはは。いやぁ、僕はお金持ちなんかじゃないよ。今回も何とか用意出来ただけだしねぇ…」

「…何?どう言う意味だ?」

エヴァンの答えを聞き、親父さんが顔色を変える。

無理矢理に用意したとも取れる言葉を気にしてくれた様だ。

「いやぁ、大した事じゃありません。妻の父…義父に銀貨を少しばかり用立てて頂いただけでして…」

「あぁ!?妻!?義父!?お前、結婚してたのか!?っつーか金借りたって事か!?幾ら借りた!?」

次から次へと、驚きを口にする親父さん。

尤も、一番驚いたのはエヴァンが既婚者だった事に対してらしいが…。

驚かれた事に驚きながら、エヴァンは義父に借金した金額を戸惑いながら答える。

「え?えぇっと…その…銀貨30枚ほど…」

「釣り銭の大半じゃねぇか!」

…やはり、そうだったか。

エヴァンが打刀を買い取ってから、一週間が経った今日で銀貨40枚も用意出来るとは思えなかったのだが、案の定である。

しかも、金を借りた相手が義父とは…同じ男としては中々に辛い話だ。

「…エヴァン、この銀貨40枚は返す」

「えぇ?どうしてですか?」

「気分的に受け取れん。その代わり、その金貨をグレイスフォレストの両替所で替えて来てくれないか?勿論、手数料は幾らか払う」

「えっ…」

親父さんの要請を聞き、エヴァンの表情が凍る。

そして、エヴァンは慌てて両替所の仕組みを説明し始めた。

「りょ、両替所の手数料は全体の1割です。金貨1枚ともなると、銀貨10枚分を持ってかれる事になります。その上、私にも手数料を払うなんて…も、勿体ないですよ!損です!ですから、この銀貨40枚を受け取ってくだされば…」

早口で説明するエヴァンから謎の切実さが伝わってくる。

何やら、両替を代行する事に抵抗を感じているらしい。

「…もしかして、行くの、嫌なの?」

無邪気を装って聞くと、エヴァンは気まずそうに苦笑して答えた。

「う、うん…。金貨1枚は隠しやすいけど…銀貨90枚ともなるとね…」

ふむ。どうやらエヴァンは大金を持ち運ぶ事に抵抗を感じているらしい。

無理もない。大金を運んでいたら、盗賊をウェルスに引き込んでしまったのだから。

金貨1枚を持っているだけで緊張している様子を見せている事からも、トラウマとなってしまっているのだろう。

「父ちゃん、一緒に行ってあげたら?」

「えっ」

何気なく僕が提案すると、親父さんは目を見張って驚く様子を見せた。

親父さんがエヴァンと一緒に両替所へ行き、その場で支払えばエヴァンが大金を持ち運ぶ用事もなくなると思ったのだが…。

…珍しい。親父さんが躊躇っている。

ふーむ?親父さんも両替に行きたくない理由でもあるんだろうか?

となると、エヴァンに両替を頼んだのも、グレイスフォレストに行きたく無いが為なのだろう。

しかし、何故行きたがらないのだろうか?

疑問に思いながら親父さんとエヴァンの様子を見ていると、お袋さんの様子も可笑しい事に気がついた。

僕が親父さんに両替について行ったらどうか?と提案してからのようだ。

どうも、お袋さんも親父さんにはグレイスフォレストに行って貰いたく無いらしい。

しかし、僕の提案を聞いたエヴァンが目を輝かせて言う。

「そ、そうです!旦那さん、一緒に行きましょう!それでしたら、わたしも安心して両替出来ますし…!」

「う…。っ~~…」

いや、親父さんが行くのなら、両替作業をするのはエヴァンではなく親父さんなのでは?

と、僕は思ったが、親父さんはそう言った事を考える余裕も無さそうに言葉を詰まらせている。

よほど、行きたく無い理由があるらしい。

ふーむ。しかし、このままでは話が進まない。

親父さんとお袋さんには悪いと思ったが、僕はエヴァンの味方をする事にした。

「…一緒に行ってあげなよ、父ちゃん。エヴァン、また盗賊に襲われるかもって思って、怖いんだよ。父ちゃんが一緒なら安心だよ」

「テ、テオ坊ちゃん…!」

僕が味方をした事を受け、エヴァンは感涙を流した。

対して親父さんは苦い顔のまま考え込んでいる。

暫くして、親父さんは意を決して答えた。

「…分かった。両替には俺も行く」

「ネッド…」

親父さんの決断を聞いたお袋さんが不安そうに眉を下げて、親父さんの肩に手を置く。

そこに自分の手を重ねた親父さんは、お袋さんと目と目で会話を果たすと椅子から立ち上がった。

「今から行くぞ。面倒な事はとっとと終わらせる」

「は、はい…!外で準備してお待ちしてます!」

親父さんの言葉を聞いたエヴァンは嬉々として家を出て行った。

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