106.第15話 1部目 金貨2枚の威力
ウェルス村は春を迎えた。
諸々の出来事が重なった冬が終わりを告げ、安堵すると共に
今後のウェルス村の方向性を決めなければならない緊張感がやってきた。
盗賊襲撃事件から、2日後。
僕と親父さんが目覚めた日の翌日に、エヴァンが訪ねてきた。
その顔色は暗い物だった。
玄関で迎えたお袋さんは、いつもと変わらない様子でエヴァンを迎えつつ、僕と親父さんを呼んだ。
親父さんの正面に座ったエヴァンは神妙な面持ちで言った。
「ー…申し訳ありませんでした」
机に額をつけて謝るエヴァンを見て、親父さんが言う。
「…先ずは事情を話せ。どうして、奴らはここに来た?」
「……はい。包み隠さず、お話しさせて頂きます…」
そう言ってエヴァンは行商で起こった事の全てを話し始めた。
宿泊先となったロールルで、玉鋼性の包丁が希望価格よりも高く売れた事。
首都アルベロに到着した後、予定通り騎士団御用達の武器屋に行き、打刀がパーカーの希望価格の4倍で売れた事。
帰りの宿泊先でもあったロールルの宿屋の酒場で、酒に酔い取引が大いに上手く行ったと店員に対して話してしまった事。
また、ロールルの宿屋で食べた料理が珍しいものだった事や、ギィヤの乳で作られたチーズも買い取ってきた事など…。
行商中に起きた事は、全て語ってくれた。
その話から、僕はこの国の現状を少し知る事も出来た。
首都の周りは完全に砂漠化。
ロールルと言う村も砂漠化しており、砂漠化していない所からの訪問者は田舎者として蔑まれる事。
首都アルベロでは、木が貴重で趣向品扱いになっている事。
色々な話が聞けて僕は満足だ。
エヴァンも行商を楽しんでくれた事が、話している顔を見て分かりホッとした。
しかし、盗賊を招き入れてしまった話になると、エヴァンの顔色が途端に悪くなる。
「ー…話は、終わりです」
「そうか」
全てを話し終えたエヴァンは親父さんの審判を待つ。
どんな責めも受けるつもりだと言う雰囲気が伝わってくる。
しかし、親父さんは何も言わない。
僅かな沈黙が流れ、業を煮やしたエヴァンが言葉を重ねる。
「わたしが…ロールルの村であんな事を言わなければ、盗賊達は来ませんでした…。
謝っても謝っても許されないのは承知しております。どうか、厳正な罰を…!」
そう言って、エヴァンはまた机に額をつけて謝罪した。
心の底から自分の失態を悔いているエヴァンに対し、親父さんは静かに言った。
「まぁ、仕方ないだろ」
「…へ?」
予想外の言葉を言われ、思わずエヴァンは親父さんを見上げた。
目が合うと同時に親父さんはフッと笑う。
「金貨2枚だぞ?浮かれない方がどうかしてる。そりゃ、誰かに自慢したくなるだろ」
エヴァンがロールルの村で口を滑らせた事に親父さんは共感したらしい。
「え、えぇ…。で、ですが、その結果、わたしは…!」
「だとしてもだ。今更だろ?次、気を付ければ良いんだ。…次も行ってくれるだろ?」
そう言って、親父さんは暗に次の行商の可能性を匂わせた。
謝罪はもう既に受け取った。それ以上、受け取るつもりはない。
親父さんはそうエヴァンに示した。
そして、エヴァンはその事に気が付いてぽろっと涙を流す。
「はい…!勿論、ご要望とあれば行かせて頂きますとも!今後も、よろしくお願いします…!」
「…あぁ。頼む」
深々と頭を下げながら言うエヴァンを見て、親父さんは居心地が悪そうだったが、
困った様に笑って短く応えたのだった。
打刀が金貨2枚で売れた事や、包丁が希望価格よりも高値で売れた事を受け、僕達はお金の清算に移った。
まず、高値で売れた包丁の差額である銅貨80枚は、購入者の意向を尊重してパーカーにそのまま渡す事となる。
次に、打刀で得られた金貨2枚だが…。
「ー…恐らく、もう一枚は盗賊の誰かが持っているのではないかと…」
「あぁ…それか。それなら、心配すんな」
そう言いながら、親父さんはお袋さんに目配せする。
お袋さんは気まずそうにしながら、机の上に金貨を一枚出した。
「え…!?」
机の上に金貨が二枚並べられている状況を見て、エヴァンは心底困惑した様子で声を上げる。
無理もないだろう。
「な、何故、盗賊達が持って行った金貨がここに…?」
「…アメリア。説明してやれ」
「え、えぇ…。私にも良く分からないのだけど…」
ため息を吐きながら説明しろと言う親父さんに、お袋さんは戸惑いながら応え、金貨を手に入れた経緯の説明を始めた。
盗賊襲撃事件の翌日の昼。
ネッドとテオが目を覚ましてからの事である。
身動きの取れないネッドと病み上がりのテオを家に残し、
アメリアはパーカーを共に引き連れて、盗賊達を軟禁している空き家に向かった。
盗賊達の処遇を決めたため、盗賊達に僅かな食料を与える必要があった。
アメリアは太刀を持ったパーカーに見守られながら、空き家の玄関に施していた氷の魔法を解いた。
「ー…ごめんください」
そう言いながら、アメリアは怖ず怖ずと空き家の中を覗いた。
すると、中で屯していた盗賊達がアメリアの顔を見るや否や…。
「「姐さん!お待ちしてましたあああ!」」
「えぇ…!?」
唐突に聞きなれない”あねさん”と言う呼称で呼ばれた事に困惑するアメリアを他所に、盗賊達はアメリアの訪問を喜んでいる。
その様子からアメリアに危害を加えるつもりはないだろうと判断し、アメリアはパーカーを空き家の外で待たせ、自分は中に入った。
「…これ、少ないけれど、ご飯よ。皆で分けて食べてね」
「マジか!姐さん、太っ腹!」
「姐さん、超イイ女!」
「姐さん、サイコー!」
辛うじて人数分用意された握り麦飯と、ほんの少しの干し肉。
それらを見て盗賊達は口々にアメリアを独特な賞賛をしながら手に取っていく。
変わった人達と思いながらも、アメリアは素直にお礼を言う盗賊達を微笑ましく見守る。
「ねぇ。”あねさん”って…どう言う意味なの?私、そう呼ばれた事、初めてだから分からないの。教えてくれる?」
「え?えーっと…姐さんってーのは…」
盗賊の内の一人にアメリアが問うと、質問に答えようと首を傾げる。
すると。
「”あねさん”っつーのは、俺の世界の言葉で”尊敬する姉貴分”って意味」
盗賊のカシラ《頭》が横から口を挟んだ。
アメリアはカシラを見て、随分と若い不思議な髪色をした子だと思った。
「あらまぁ…私をそんな風に呼ぶ事ないのに…。だって、私、皆を怖がらせてしまったでしょう?」
困った様に眉を下げるアメリアを見て、盗賊達は口に飯を詰め込みながら首を横に振った。
その表情は何処か青ざめていて必死さが伝わってくる。
やはり、怖がらせてしまったんだわ…。とアメリアは内心で落ち込んだ。
そんなアメリアを見て、カシラが不敵に笑って言う。
「だからこそ、だって」
「…だからこそ?」
「うん。尊敬する姉貴分って言う意味以外に、ぜってぇ敵わない強い女って意味もあんだから、間違ってねーし」
「あら、まぁ…」
カシラの説明を聞いて、アメリアは変に納得してしまった。
畏怖の対象の女性にも使う呼称なのだと分かったからだ。
尤も、その呼称から受ける本来の印象と、アメリアの普段の人物像は全くそぐわない。
だが、テオに危害を加える敵への容赦のなさは、正に”姐さん”と呼ばれる相応しい圧倒的な絶望感があったのも否定出来ないだろう。
「ま…俺はそう呼ぶつもりないけど」
そう言って、カシラはじっとアメリアを見つめる。
見つめられる理由が分からないアメリアだったが、反射的に微笑んだ。
「なぁ、あんた、名前は?」
「…アメリアよ。貴方は?」
「俺?…名乗んの超久しぶりだし。…レオン。俺は、レオン」
レオンと名乗ったカシラ。
名前を聞いたアメリアはふっと微笑む。
「…そう。レオンね?貴方の雰囲気にぴったりの名前だわ」
レオンの金色の髪の中に僅かに入り込んだ黒髪から獅子を想像したため、アメリアはそう言った。
すると、レオンは鼻まで手で覆って呟く。
「……はー、超…イイ…」
「???」
「…何でもない。じゃ、アメちゃんね。ヨロシク」
そう言ってレオンはアメリアに手を差し出した。
「えぇ」
差し出された手を見て、アメリアは自然に手を繋ぐ。
しっかりと握手を交わす間、アメリアはレオンの言葉を反芻し、遅れて驚きを露わにする。
「えぇ…?あ、アメちゃん…??」
「そ。かわいーっしょ?」
「う、うーん?そ、そんな風に呼ばれるのも初めてだわ…」
「マジ?じゃ、俺が最初の男だ」
「え?えぇ…そうね。レオンくんは女の子に見えないもの」
「ぶはっ!そりゃそうっしょ!アメちゃん、マジ天然ー!」
「そうかしら…ふふっ」
レオンの独特な喋り方に困惑しながら、アメリアはレオンに送り出されて空き家を出る。
パーカーに心配され、大丈夫だったと説明しようとアメリアが手を挙げた瞬間。
ぽとりと地面に何かが落ちた。
何かと確認しようと、二人でしゃがみ込むと草の根から金貨が顔を見せたのである。
どうやら、金貨はアメリアの手の中から落ちたらしい。
その事に気がつくと同時に、アメリアも気がつかない内にレオンがアメリアに金貨を返したのだと理解したのであった。
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