103.第14話 4部目 リズの覚悟


「…リズって言ったね。あんたのお針子の才能でネッドを救うんだよ。

このまま放っておいたら、ネッドは血抜けになって死ぬんだからね」

「死…っ!?」

ズバズバと受け入れ難い言葉を重ねられ、リズは青ざめて身を引いた。

しかし、おばば容赦無く続ける。

「そうさ。人ってのは呆気なく死ぬんだよ。

運良く助かっても足が腐るかもね。そしたら、一体誰が一番悲しむと思う?」

「だ、誰が……」

おばばに問われ、リズはネッドの頭を抱えて涙を流し続けるアメリアを見た。

間違いなくアメリアとテオが、ネッドの不幸を一番に悲しむだろう。

すると、アメリアとリズの目が合った。

「リズちゃん…っ!お、お願い…ネッドを…助けて…っ!!」

「っ!」

アメリアの悲痛な願いを聞いたリズは息を飲んだ。

そして、持ってくる様に言われて持ってきた縫製道具を見遣る。

この村に暮らせる様になったのは、アメリアが味方になってくれたからだ。

アメリアはリズにとっての一番最初の客であり、この村で最初の理解者だった。

そして、ネッドも馬は合わないが、リズが住人になる事を受け入れてくれた上に、布の仕入れも許可してくれた。

そうしてリズの居場所を作ってくれた2人が、今、苦しんでいる。

その事実がリズを動かす…!

「…っや、やりますっ!」

「リ、リズ…!?」

リズの宣言を聞いたジョンは驚愕する。

対して、おばばはようやっとかと言わんばかりに溜息を吐いた。

「なら、先ず針を熱湯に入れな。それで大体の悪いモノが死ぬからね。

あと、あんたの手も熱湯で洗うんだよ。火傷なんか、後で治せば良いんだからね。

とにかく、ネッドの治療が最優先だよ!分かったら動きな!」

「は、はいっ!」

的確なおばばの指示の元、リズは動き始めた。

少しすると、熱湯による針の滅菌消毒が終わり、エヴァンから手渡された上質で丈夫な糸が針の穴に通された。

そして、おばばの指示通りにリズは熱湯に両手を突っ込み、同じ様に滅菌消毒を施した。

骨身に沁みわたる熱さにリズは顔を顰め、それを見たジョンも一緒になって苦しげに眉を潜めていた。

「整ったね?…じゃあ、若い男共は全力でネッドを抑え付けるんだよ。

特に足は動かない様に上から伸し掛かって抑えるんだ。

抑え付け損なったら、リズの綺麗な顔がボコボコになると思いな」

おばばの警告を聞き、ジョン達は生唾を飲み込んだ。

何もかも、自分達の腕にかかって居ると言う事実が、若者達を苛む。

その中、率先して声を上げたのはヘクターだった。

「よ、よし…。足は俺に任せろ!ジョンとケイは腕を頼むぞ!」

ジョン、ヘクター、ケイの中では、ヘクターが一番の力強さを持って居るため、足を抑え付けるには適任である。

更に、転換魔法に適正を持って居るため、全力で筋力強化を自身に施し、ネッドを抑え付ける体制を取った。

ヘクターの声を聞き、ジョンとケイも腕を机に抑え付ける体制に入る。

いよいよ、リズの出番だ。

「いつも通り縫うだけ…いつも通り縫うだけ…いつも通り縫うだけ…」

自己暗示を繰り返すリズを見たジョンが口を開く。

「リズっ。無理しなくて良い!俺が代わ…っ」

リズを思う故にジョンは必死に言葉を紡いだ。

だが、ジョンの言葉の途中でリズが震える声で割って入る。

「大丈夫…!わ、私は大丈夫、だから…!」

「でも…!」

「その代わり!ジョン…お願いがあるの…」

アクマでも縫合は自分がやると言う、リズの願い。

それにジョンは真剣な表情で耳を傾ける。

「応援してくれる…?。ジョンが…励ましてくれたら…私…大丈夫だから…!!」

震える声で、泣きそうに微笑むリズを見て、ジョンはようやっと決心が固まった。

「…頑張れ、リズ!俺達が付いてる…!」

「…っ。うん…っ!」

ジョンの声援を背に、リズはネッドの足の皮に針を突き立てる。

瞬間、ネッドが痛みに悶え、足や腕、体全体で抵抗し始めた。

麻酔など当然なく、使われて居る針も縫製用で手術用では無いために痛みは激しい。

しかし、彼ら、幼馴染達はお互いにお互いを励まし合いながら、事を進めていく。

ヘクターは全力でネッドの足を抑え付ける事に集中し、

ジョンとケイはネッドの腕を抱きかかえて、下手に打ち付けない様と守り続けた。

リズは時折かけられる幼馴染達の励ましを心の支えに、ネッドの傷の縫合を続けた。

そして、縫合手術を開始して1時間が経過した。

「ー…お、終わった……?」

両足の縫合を完了させたリズは、自分が成した事への現実感が無いらしく、誰ともなく訊ねた。

すると、息を上げたジョンが、そっとリズの頭に手を置き、優しく撫でる。

「うん…。終わったよ…。本当に…本当にお疲れ様…リズ…っ」

「ジョン……ふ…えぇえええぇん…っ!!」

ジョンに労われた事でリズの緊張の糸が切れた。

リズはジョンの胸に顔を埋め、泣き崩れる。

ジョンはただ、黙ってリズの頭や背を撫でて励まし続けた。

その後ろで、エヴァンとパーカーがネッドの足に包帯を巻きつけ、ベッドまで運び込んでいる。

暴れるネッドを抑え付ける事に注力したヘクターとケイは、疲弊した様子で地面に座り込んだ。

「リズちゃん…!」

突如、アメリアに話しかけられたリズは振り返った。

「ふぇ…ア、アメリアさ…」

リズが振り返ると同時に、アメリアはリズを目一杯抱きしめる。

「ありがとう…っ。本当に…ありがとう…っ!ごめんなさい、怖い事をさせてしまって…っ」

「うぅ…アメリアさぁぁんっ!ひっぐ、うぇ…っ」

堰を切ったように泣き崩れるリズと、感涙を流すアメリア。

その2人を見て、ようやっとネッドは助かったのだと、ジョン達は思う事が出来たのであった…ー。

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