102.第14話 3部目 縫合

翌日。

僕は、まだ少しぼうっとしながら目覚めた。

隣のベッドに、手当てを施されて横たわる親父さんと、

一晩中僕たちの看病をしてくれていたらしいお袋さんが、ベッドの端に突っ伏して眠りについていた。

僕は、お袋さんを起こさない様にそっとベッドから抜け出し、親父さんの様子を確かめる。

でこに手を置いてみたら少し熱っぽいのが分かった。

外傷への抵抗によるものだろう。

次に僕は、親父さんの足を見た。

命の危機を感じるほど強力な氷魔法を、解き放とうとしていたお袋さんを止めるべく、

親父さんは自らの足ごと氷を破壊し、刺し傷を負っていたはずだ。

当たり所が悪ければ、最悪、この先激しい運動が出来なくなるかもしれない。

…本当に無茶が過ぎる。

苦々しい思いをしながら親父さんの足を見ると、綺麗な包帯が巻かれていた。

…こんなに綺麗な包帯が、我が家にあっただろうか?

いや、我が家でなくとも、他の家にあったとは考えにくい。

となると…恐らく、エヴァンが出したのだろう。

これは、後で代金を支払わなければ…。

しかし、見た感じ、包帯に血は殆ど滲んでいない。

僅かながらに点々と染み込んでいるが、大量ではないのだ。

これは一体どういう事だ?

氷を破壊すべく突き刺したなら、相当に深い傷になった筈だ。

にも関わらず、血が殆ど包帯に滲んでいないとは…。

怪訝に思い、考えていると突如と部屋の扉が開いた。

「おや。起きたんだね」

「……おばば?」

部屋の扉を開けて入って来たのは、おばばだった。

…あぁ。気を失う前に見たと思った顔は、おばばだったのか…。

「はぁー。全く…お前さん達が役に立たないモンだから、こちとらコキ使われて仕方ないよ。早い所、復帰しな」

そう言いながら、おばばは近くに設置してあった椅子に腰掛けた。

顰めっ面で自分の肩を叩いている。

起きた病人に会って早々の言葉が愚痴とは…恐れ入る。

「あぁ…うん…ごめん。今回の事は僕にも責任があるよ。

柄にもなく、無闇に叫ぶもんじゃあないね」

バツが悪い気持ちで僕は頭を掻く。

対しておばばは、つっけんどんな態度で相槌を打った。

「ふん…。どうせ、そうでもしなきゃネッドは死んでたんだろ?」

「あー…どうだろうねぇ…」

「はぁ?何だい、腑抜けた返事して。煮え切らないね」

「あはは…。いや…盗賊達にカシラと呼ばれてた子がね……。

どうにも、根っこまで腐ってる訳じゃない様なんだよ。

てっきり、親父さんを殺すつもりなんだろうと思ったから、叫んでしまったのだけど…。

気絶だけさせるつもりだったのかなぁ…なんて…」

カシラと呼ばれていた彼は、熱を出していた僕のでこをわざわざ冷やしてくれた。

ただの人質に対して、随分と優しげがあると感じたのだ。

しかも、恐らく、彼は日本からの転移者だ。

前世で聞き覚えのあった言葉を、彼は何の違和感も無く使っていた。

現代日本人からすれば、人殺しなどと言った大層な事は、よっぽど根が腐ってなければ出来る事ではない。

特に昨日の様な状況だったならば…。

考え込み出した僕を見てか、おばばは深いため息を吐いて言った。

「…どっちにしても、ネッドに聞かなきゃ分かんないね。

グレイスフォレストから来た若い連中は頼りなくって嫌んなるよ。全く…」

今度はジョン達への愚痴を言い始めたおばばを宥める為、僕は苦笑しながら言う。

「うーん…成人とは言え、彼らは成長途中だからねぇ。多めに見てあげてよ」

「ふん。どうせ老い先短い年寄りだってのに、何だって大目に見てやんなきゃならんのさ。

その役目はお前さん達がやんな」

「老い先短いからこそ、若人の成長を見守るのも一興じゃないかな?

しっかり成長した彼らを見たら、おばばだって安心して逝けるだろう?」

面白くなさそうに言うおばばに、実体験込みで言うと、おばばは良く回る口を閉じてしまった。

気を悪くしただろうか?

「……本当に…あんたって奴は……」

「うん?」

「ジジ臭いねぇ」

「……」

意地悪く笑うおばばの言葉に僕は反論出来なかった。

…だって、中身が年寄りなのは事実だしねぇ…。

その後、僕はおばばから昨日の事の顛末を聞いた。

僕と親父さんが気絶してからの事だ。




まず、気絶したテオはおばばの指示により、エヴァンの手で寝室に運び込まれた。

足に刺し傷を負ったネッドは土間に設置されていた机の上に乗せられ、とある人物の到着を待っていた。

「連れてきたぞー!!」

「い、一体何なの!?そ、外に居る、あの人達、何!?」

パーカーに引き摺られる様にして入ってきたのはリズだ。

2人の到着を確認した、おばばは椅子から立ち上がり言った。

「やっと来たね。じゃあ始めるよ。若い男3人で、ネッドを抑え付ける用意しな。

アメリア、あんたはネッドが舌噛まない様に見張るんだよ。

エヴァン、包帯出しな。荷馬車に乗ってるだろう?ありったけ持ってくるんだよ。あと、上質な糸もね。出し惜しみするんじゃ無いよ。

…で、お針子の娘。あんたには、ネッドの傷口を縫って貰うよ」

「はっ、な?…え…えぇーーー!?」

次から次へと下る指示の中で自分に向けられた指示に、リズは心底困惑した様子で驚きの声を上げた。

しかし、おばばは容赦無く畳み掛ける。

「ほら、ぼやぼやしてんじゃないよ!ネッドの足の刺し傷。あれを塞ぐんだ。早くしな!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!おばあちゃん!わ、私は服を縫うのであって、ひ、人を縫うなんて…!」

リズの抵抗は尤もだ。

そもそも、この世界では魔法での治療が主流であり、外科処置は伝わっていない。

謂わば、内科治療に当たる物がこの世界における、医術の基本なのだ。

その基本から外れる行為である、外科治療は異常中の異常としか思われない。

故におばばの指示に異議を唱えたのは、リズだけでは無かった。

「そ、そうですよ!人を縫うなんて可笑しい…!ましてや、リズにそんな事をさせるなんて…!」

「ジョン…!」

この世界では正論を言うジョンと、自分の味方になってくれた事を喜ぶリズを見て、おばばは鋭い目つきで言った。

「じゃあ何かい?このまま、放っとくってのかい?今のネッドに自分を治癒するだけの力は無いよ。

その癖、足の刺し傷は決して軽いものじゃ無い。下手すりゃ、足が腐って落ちるかもしれないんだよ。

なのに、あんた達は放っとけって言うんだね?」

無情な未来予想を口にするおばばに、ジョンは負けじと反論した。

「ほ、包帯で止血すれば…!」

「その包帯ってのは、どれくらい必要か分かるのかい?」

「ど、どれくらいって…」

「塞がってない傷口から、ドンドン血が流れていってるんだよ?

その血を塞ぐのに、どれだけの包帯が必要なんだい?

あたしは、エヴァンが持ち歩いてる包帯だけじゃ足りないと思うがね」

「……っ」

一時的に足首を締め上げ血を止めれば、止血のみなら可能ではあるものの、おばばやジョン達は傷口を抑え付ける以外の止血法がある事を知らない。

だが、傷口を塞いでしまえば、血が流れ出るのを止められると言う事を、おばばはこれまでの経験則だけで言っているのだ。

ただ、ジョン達よりも人生経験が豊富であるための判断である。

異常とも思える行動だが、確かに包帯を節約しつつ血を止められる方法として、傷口を縫合する事は有用な手だ。

それを、単純に縫う事に長けているリズにやらせようと言う点が、ジョンには受け入れ難い。

リズは守られるべき女の子で、ジョンにとっては妹の様な存在だからだ。

しかし、おばばと今の状況において、そんな事情は重要ではない。

「ほら。分かっても分からなくても、ぼやっとしてたらネッドの状況はドンドン悪くなってくんだよ!

とっとと動きな!そこのあんた、熱湯を用意しな!とにかく熱いのだよ!」

「俺か!?よ、よし、分かった!」

唐突におばばに話しかけられたパーカーは、困惑しながらも、指示通りにちゃきちゃきと動き始めた。

自身が日頃から無茶振りをするせいか、パーカーはおばばの唐突な指示にもそれほど動揺していない様だ。

そうしている間にエヴァンが荷馬車からありったけの包帯と上質な糸を持って来た。

リズが迷い、ジョンが反発する中、縫合の準備が着々と整っていって居る。

すると、おばばはリズの頰に手を当てがい、目線を合わせて言った。

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