101.第14話 2部目 魔女

でこに伝わる冷たさを感じながら、僕は必死で考えた。

その時だった。

「…?。ちょっとー!カシラー!あたし達まで氷漬けにするつもりー?

ちょー冷たいんですけどー!」

先ほど、僕の手を掴んで離さなかった女の1人、リラが不満そうに言った。

しかし、その不満を聞きカシラは怪訝そうに振り返る。

「はぁ?何で、俺がそんなことしなきゃならねぇんだよ。何の得にもなんねぇじゃん」

「…いや、しかし、カシラ。確かに、足が凍ってんだが…!?」

「はぁ…?」

僕を抱えるヴァルが必死な形相で訴えるのを聞き、カシラは自身の足元に目をやった。

すると、確かにカシラ達盗賊全員の下半身が徐々に氷漬けにされていっているではないか…!?

今度は一体、何が起ころうとしているんだ…!?

「なっ!何で凍ってんだ!?おい!誰だ!?こんな馬鹿やらかしてんの!?」

「カシラ以外に居ないでしょー!」

「俺はこんな馬鹿やってねぇ!!せっかく、勝ってたのに自分で自分凍らせる馬鹿が何処に…!!」

と、そこまで言ってカシラは口を噤んだ。

盗賊の背後から冷気の塊が迫って来ているのが、僕にも分かった。

その冷気の塊にカシラは目を奪われているらしく、一切言葉を発しなくなっている。

カシラの様子を見て、僕を抱えていたヴァルは上半身だけで、何とか後ろを見ようと振り返る。

すると、そこには僕にとっては見慣れた人の、見慣れない光景が広がっていた…。

「私の…。私のテオに…何をしているの…!?」

人の形をした冷気の塊の正体は、僕のお袋さんだったのだ…!

もう、何度目か分からない疑問が僕の頭を占める。

一体、これは、どう言う事だ!?

「私のテオを返して…!私の可愛い子供を…!返して!!」

そう言って、お袋さんは冷たい怒気を周囲にばら撒いた!

その姿はさながら怒り狂った雪女だ。

盗賊達は軒並み、氷の冷たさに身を震わせている。

「う…うわあああ!!く、来るなあああああ!!」

盗賊の中の1人が怯えて叫んだのを皮切りに、盗賊達がこぞってお袋さんに攻撃を仕掛け始めた。

炎の玉を投げつけたり、鎌鼬の様に鋭い風を差し向けたりとあらゆる魔法攻撃らしいものが、お袋さん目掛けて飛んでいく。

しかし、お袋さんは全く動じておらず、盗賊達の攻撃も一切通じていない様子だ。

「何でだ…!?何の攻撃も通じない…!」

「魔女だ…!アレは魔女に違いない!」

盗賊達はお袋さんの雰囲気に圧倒され、困惑を期している。

命の危機すら感じている様で、盗賊の大半が寒さに身震いしながら命乞いをし始めた。

しかし、不思議な事に僕はまるで寒くない。

地面に伏しているエヴァンも平然としている事から、盗賊達だけがお袋さんの冷気に当てられているようだ。

「「さささっさむうううぅいっ!!」」

「グッ…!カシラ!早く、この魔法を解いてくれ!本当に氷漬けになっちまう!!」

「………」

寒さに震える盗賊達と、カシラに助けを乞うヴァル。

だが、カシラは魂が抜けているかのように、ヴァルの声に答えようとしない。

「返して…返して…返して………テオを……返して!!」

悲痛な叫びと共に、お袋さんは両手の間に作り上げた冷気の塊を大きく掲げた!

まさか、それを僕を捕まえているヴァルに向かって投げるつもりか!?

影響は無いのかもしれないけど、これは流石に…!!

お袋さんの暴走に恐怖した僕は瞼を固く閉じて、衝撃に備えた…!

そして…!?

「ー…アメリア!落ち着け!!」

「!!」

親父さんの声が響くと同時に、周囲に散っていた冷気が収まっていくのを感じる。

僕は恐る恐る目を開けると、親父さんの背中が見えた。

一瞬、お袋さんが居なくなったのかと錯覚したが、どうやら親父さんがお袋さんを抱きしめているらしい。

「ネッド……?」

「はぁ…落ち着け…。テオまで氷漬けにする…つもり…か…っ」

我に返ったらしいお袋さんは、そっと親父さんの背中に手を回そうとする。

しかし、そうする前に親父さんは崩れ落ちてしまった。

「ネッド!?」

「と、父ちゃん!?」

地面に倒れ込んだ親父さんの足元は血だらけになっている…!?

周囲を見渡すと、少し離れた場所に血の着いた刀が落ちているのが見えた。

どうやら、自らの足ごと刀で氷を砕いて、お袋さんの元まで駆けつけたらしい。

無茶も良い所だ…!

「ネッド!ネッド!しっかりして!!」

「だ、旦那さん!!」

「ネッドさーーーん!!」

気を失った親父さんを必死で呼びかけるお袋さんの元へ、フラフラな状態のエヴァンがやってきた。

そして、遠くからジョン達も駆けつけて来たようだ。

馴染み深い顔を見た僕は気が抜けてしまい、そのまま再び深い眠りに落ちてしまった。

目を閉じる直前。ジョンやエヴァン達よりも馴染み深く、久々に見る顔を視界に捉えながら…。




テオが意識を失って直ぐ。

その場は、正に混沌としていた。

「いや…ネッドっ…!目を開けて……!!」

ボロボロの状態で気を失ったネッドの頭を抱きかかえながら、アメリアが悲痛に叫ぶ。

その横でテオを抱えたエヴァンも顔色を真っ青にして言った。

「坊ちゃん!あぁっ…テオ坊ちゃんも目を覚まさない…!」

「テオ…っ!!いやっ…2人とも、目を覚まして…お願いよぉっ…!」

「くっ…!ど、どうすれば…!?」

盗賊達の事など眼中にない様子で、アメリアたちはネッドとテオが気を失った事で、混乱を来していた。

村長であるネッドと、影で暗躍していたテオの両方が動けない今、この村の住人の中にこの場を取り仕切れるのは…。

「狼狽えるんじゃないよ!全く、情けないったらない!」

1人しかいない。

「おばば…?」

「アメリア。いつまで、そうして泣いてるつもりだい?

あんたの涙の1つで、2人の状態が良くなんのかい?

だとしたら、もうとっくに2人は回復してるだろうさ。

してないって事は、別の方法で2人を治してやらなきゃならないんだよ?

そうする為に、まず何が必要だい?言ってみな!」

杖をついて歩いて来ながら、おばばはアメリアを叱咤した。

その様子を見たグレイスフォレスト組は目を見張った。

こんなにも力強く言葉を紡ぐ老婆が居るとは予想外だったのだ。

「…お医者様を……」

アメリアが弱々しく答えると、おばばは深いため息を吐いた。

「あぁ。医者の1人でも居れば、問題ないだろうねぇ。

あたしたちの足も、ここまで悪くならなかったろうさ。

この村に医者は居ないよ!グレイスフォレストからも引っ張ってくる時間は無い!

今、あたし達に出来るのは、2人を家に入れる事!

そして、温めてやって、血を止めることだけだよ!迅速に、ね!

さぁ!そこの若い奴らでネッドを家に運び込みな!

モタモタしてるだけ、ネッドは死に近づくんだからね!早くしな!」

「「「は、はい!!」」」

おばばからの激烈な指示を受け、ジョン、ヘクター、ケイは瞬時に行動を始めた。

アメリアからネッドを預かり、急いでミラー宅に向かっていく。

その様子を見た後で、おばばは続いて指示を下す。

「エヴァンは、そのままテオを抱えて来な。

あんたは、お針子の娘を呼んできて。お針子の道具も忘れずに持ってくるんだよ。

アメリア。あんたは自分の足で家に戻って、テオとネッドの世話をするんだよ。あんたを支えてくれる旦那も息子もぶっ倒れてるんだからね。

さ、早くしな!」

おばばの指示を聞き、エヴァンは足早にミラー宅へ入っていった。

名前を呼ばれる事なく指示されたパーカーは、リズを呼びに村の中を駆けていく。

そして、アメリアは涙を拭いながら、急いで家へ帰って行った。

それぞれに動き始めたのを見たおばばは、また1つ深いため息を吐く。

「全く…年寄りをこき使った借りは、何れ返して貰わないとねぇ…」

そう呟きながら、おばばは腰を伸ばして叩く。

そして、ミラー宅へ足を向けた。

すると。

「お、おい!ばあさん!」

「ん?」

突如呼び止められたおばばは怪訝そうに振り向いた。

おばばを呼び止めたのはヴァルだ。

「一体、いつになったら、この氷は解けるんだ!?」

「そんなもん、アメリアに聞きな。…あぁ、アメリアは今忙しいんだったねぇ」

しれっと嫌味を突きつけるおばばに、ヴァルは青筋を立てて怒鳴り散らす。

「ふっ巫山戯てんじゃねぇぞ!今直ぐ、この氷を…!」

「巫山戯る?どっかの馬鹿どもに比べりゃ、氷漬けなんて可愛いもんだよ」

「な…!?」

暗に自分達の事を言われていると理解したのか、ヴァルは顔を真っ赤にして怒りで震える。

だが、おばばに刺す様な視線を向けられ、ヴァルは短く息を吸い込み、呼吸を止めた。

「…あたしらの村を襲ったんだ。氷漬けのまま1日過ごすくらい何だって言うのさ?

あんたらは、あたしらの村の長を痛めつけたし、掛け替えない子宝を奪おうとした。

その罰が、こんなもんで済むと思う方が甘いってモンだよ。

一晩、頭冷やして、あんたらがした事の意味を考えるんだね!

…あぁ。冷やしてるのは別の頭だったね?よく冷やすと良いよ」

おばばは、ヴァルの氷漬けになった股間を杖の先で小突いて不敵に微笑んだ。

屈辱的な思いをさせられたヴァルは、頭が煮えたぎる程の怒りを燻らせる。

おばばに何を言っても堪えそうにないからか、ヴァルは言葉を噤むしか無かったのだ。

言いたい事だけ言い終えたおばばは、足を引き摺らせながらミラー宅へ向かっていく。

「はぁ…やれやれ…」

その後ろ姿は、かつてウェルス村を統括していた元・村長らしい姿だった。

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