98.第13話 4部目 転移者

「ー…エヴァン!!」

「!?」

正にエヴァンの腹にカシラの拳が叩き込まれようとした、その時。

森の中から現れた数人の男達の中の1人が、空に響くほどの声量で商人の名前を叫んだらしい。

現れた男達の中心に立つ強面の男を見て、カシラは自分と同じ様な立場に居る人物であると検討を付けた。

「だ、旦那さん…」

力なく呼び声に答えるエヴァンの姿を見て、ネッドは鋭い目付きでカシラを睨みつける。

盗賊達はネッドの視線にびくりと身体を震わせたが、カシラは平然とネッドを見据えている。

そして不敵に笑い、カシラはネッドに問う。

「…あんたが、この村の村長サン?」

「あぁ、そうだ。お前ら…一体、何者だ?この村に何の用だ!?」

「ハッ…俺らは盗賊。この村にある”金が出来る木”を奪いに来た」

「……何?そんなものはこの村には無い!」

カシラはすんなりとネッドの問いに答えたが、ネッドは意味を理解出来ない様で即座に否定した。

当然である。ネッドはまだ刀が金貨2枚で売れた事実を知らないのだから。

ネッドの反応を見たカシラは、持っていた金貨をネッドへ放り投げて言った。

「それ見ても、同じこと言えんの?」

ネッドは警戒しながらも、放り投げられて落ちてくる金貨を受け取る。

そして、手に収まった物を確認すべくネッドは指を開く。

それが何なのかを理解して直ぐ、ネッドは打刀が大金で売れた事を察した。

金目の物など無いウェルス村を襲う理由があるとしたら、それしか無い。

「……一体、何処で知った?」

何を。とは言わず、ネッドはカシラに問う。

すると、カシラは楽しそうに笑って返した。

「ウチの下っ端が、ロールルって村の酒場で聞いてたんだよ。

この商人のおっさんが、元値の4倍で売れたって上機嫌に話してるのを、な」

「4倍…!?」

銀貨30枚でエヴァンに預けた打刀が、4倍の値段である金貨1枚と銀貨20枚で取引成立したと思い驚愕した。

正確にはパーカーの希望価格である、銀貨50枚の4倍で金貨2枚なのだが、エヴァン以外にその真実を知る者は居ない。

しかし、金貨1枚以上の取引になった事は間違い無く事実だ。

その事実にネッドが驚くのも無理ない。平民が金貨を見ることなど、まず無いのだから。

今、ネッドの手の中にある金貨が本物であるかも分からないほどに、金貨の姿を記憶している平民は多く無いのだ。

だが、そんな金貨がウェルス村に舞い込んできたのも事実。

そして、カシラと呼ばれるの青年が嘘を付く理由も見当がつかない。

つまりは嘘であると言う可能性は、限りなく低い。

「…で、その大金の種を作り出したのは…そっちのおっさんが持ってる日本刀なんじゃねぇの?」

「なっ…!?」

カシラが太刀を持ったパーカーを指差して、堂々とそれが日本刀であると言い当てた事に、ネッド達は驚愕する。

「ど、どうして、盗賊なんかが日本刀の事を…!?」

それまで静観していたジョンが、堪らず疑問を口にするとカシラは面白そうに笑って言った。

「何でって…そりゃそうでしょ。俺は日本から来た高2の日本人だし。

知ってて当然っしょ。あ、そーゆーのって転移者?って言うんだっけ?」

「転移者だと…!?」

更に驚愕する答えがカシラの口から飛び出た事に、ネッド達の間に困惑の波が広がる。

転移者が盗賊のカシラとして、ウェルス村を襲うことがあるなんて…!

本来、転移者と呼ばれる異世界人達は、この世界で起こる事象を解決する様に求められる。

その要求を拒否したり、元の世界への帰還を望めば返されるのが基本だ。

極悪人を召喚してしまった場合も、元の世界への強制送還が施される。

故に、元の世界でも悪人である異世界人が、この世界に残ることは先ず無い。

しかし、勿論例外もある。

潜在的に悪人だった場合や、上手く善人である事を装っている場合。

あるいは、この世界へ転移した後で悪人になる場合だ。

いずれにしても、明らかに悪人でありこの世界に害を成しかねない存在のみが、強制送還の対象となる。

しかし、その事実を知るのは国を管理する立場に居る人物達のみであり、

平民らは危ない異世界人は強制送還されるため、異世界人に悪人は居ないものと思っている節があるのだ。

また、その様に教えられている側面もある。

そう言った理由から、ネッド達は今目の前に居る盗賊のカシラが異世界人である事に驚愕しているのだ。

「そ。だから、俺は”元素”も”転換”も使えるわけ。

悪いことは言わねぇから、大人しくしといた方が身の為だぜ?」

そう言って、カシラは氷の玉を作り出し、それを指で一突きして破壊して見せた。

氷を最も簡単に作り出す技術に加え、それを指一本で破壊するには、元素魔法と転換魔法を扱えなければ出来ない芸当だ。

この行動でカシラが転移者である事が確定的になり、ジョンやパーカー達は絶望に染まる。

「ってぇわけで…この村は今日から俺のもんにするから。

で、金貨を生み出す刀を作り続けて貰うぜ?良いよな?」

拒否権など与えられていない問いかけに、ジョン達は口を噤み何も言えないでいる。

抵抗しようにも、相手は現世界人よりも有能とされる異世界人。

勝てる訳がない。

だが、ネッドは違った。

「良い訳あるか。お前ら、今直ぐエヴァンを解放して、この村から出て行け…!」

「はー?出て行くわけないじゃん!楽して大金手に入れられるってのにさぁ!

何?まさか、俺とやるつもり?勝てると思ってんの?無理無理、ヤメとけって」

ネッドの拒否の姿勢にカシラはケタケタと笑い、ネッドが自分には勝てない事を突きつけた。

だが、ネッドが諦める様子は見せない。

「…パーカー、そいつを寄越せ」

そう言って、ネッドはパーカーに向かって手を出した。

要求は1つ。パーカーが持っている太刀だ。

ネッドの要求を理解したパーカーは声を張り上げて驚く。

「えぇ!?ネ、ネッドさん!?ま、まさか、異世界人と戦うつもりか!?」

「だぁあああ!煩せぇ!いいから寄越せ!」

負けじと声を張り上げながら、ネッドはパーカーから太刀を奪取する。

出来上がったばかりの太刀。刃渡り約65cm以上。

柄は約25cm。合計で全長90cmもある太刀をネッドは片手で構えて見せた。

素人が扱うには長すぎる刃渡りであり、乗馬した上で扱う事が前提の武器を単身で使いこなすのはかなりの技術が必要となる。

だが、そんな知識をネッド達が知るはずもなく、ただただ刀身が長い武器と言う認識しかない。

それ以前に今は緊急事態であるため、使える武器は使う。ただそれだけだ。

ネッドは太刀のなかごを力強く握り締め、カシラの方へ向き、憎々しげに呟いた。

「俺達の村を…あんな奴らに奪われてたまるか…!」

そう言ったネッドの後ろ姿を見て、誰もネッドを止めることは出来なかった。

この村の長はネッドであり、その長が自ら盗賊を追い払おうとしているのだ。

止められる筈がない。

今、ウェルス村の命運はネッドに掛かっているのだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る