97.第13話 3部目 悲鳴

ネッド達が叫び声を聞きつける数分前。

「はー、やっと着いた感じだなぁ…つい5日前に来たばかりなのに、不思議なもんだ」

荷馬車を引いてウェルス村に到着したばかりのエヴァンは感慨深そうに呟いた。

首都までの距離を行商してきたエヴァンに取っては、ウェルス村の簡素な雰囲気が懐かしくさえ思えたのである。

エヴァンはいつも通り、ミラー宅の直ぐ側に荷馬車を置き、ミラー宅の玄関扉を叩いた。

「こんにちはー!エヴァンですー!奥さーん?いらっしゃいませんかー?」

しかし、中から人は出て来ない。

いつもならば、アメリアが出迎えてくれるはずなのだが…。

「あれ?うーん…今日は家を巡回してるのかな?」

アメリアの不在を察したエヴァンは一人言を呟く。

「裏庭に坊ちゃんが居たり…しないか。居たら、今頃出迎えてくれる筈だし…。旦那さんと一緒に森に行ってるのかな?」

テオとネッドも不在であると思ったエヴァンは頭を悩ませた。

家を巡回しているであろうアメリアを探しに行くか。

この場で愛馬のポーリィと家人の帰りを待つか…。

「…うーん。行き違いになったら困るしなぁ…仕方ない。待たせて貰おう」

そう言いながらエヴァンは荷馬車へと戻る。

すると、そこには見慣れない人物がポーリィの頭を撫でていた。

この5日の間に入った、新しい住人だろうか?

「こんにちは。今日はまた良いお天気ですねぇ」

社交辞令としてエヴァンはポーリィを可愛がる青年に声をかけた。

不思議な髪の色をしており、頭の天辺は黒いが髪先が金色だ。

「…この馬…じゃなくて、マァウだっけ?あんたの?」

「えぇ!可愛いもんでしょう?もう10年以上の付き合いですよ」

「ふーん…じゃあ、あんたで間違いなさそうだな」

「…はい?」

意味不明な事を言われ、エヴァンは首を傾げた。

青年はそんなエヴァンを見て不敵に笑っている。

「もう良いぞ、てめぇら…出て来い!」

青年が言うと同時に、エヴァンの視界の外から次々と人が出て来て、あっという間にエヴァンと荷馬車を取り囲んでしまった!

「えっ?え?…えぇ!?」

状況を理解出来ずにエヴァンはひたすら困惑する。

自分を取り囲んでいる男達は全員荒くれ集団であった。

…いや、もっと明確に言うならば、その者達の様相は明らかに盗賊である!

「そいつ、抑えつけろ」

「任せろ!カシラ《頭》!」

カシラと呼ばれた青年の短い指示により、あっという間にエヴァンは後ろから羽交い締めにされてしまった。

「ぎゃぁーーーーーーーーーーー!!!なななななっ、何だい!?君達は!?」

「るせぇなぁ…何って盗賊に決まってんだろ?見て分かんねぇの?」

必死な形相で問うエヴァンにカシラは片耳を抑えながらも飄々と答えた。

盗賊である事を確信したエヴァンは一気に青ざめていく。

「な、何故、盗賊がこの村に…!?」

「何言ってんだよ。あんたが案内してくれたんだろぉ?…なぁ?大金持ちの商人サン」

カシラが挑発的に答えた内容に、エヴァンは更に青ざめた。

すると、盗賊の一味の2人が荷馬車から顔を出して言った。

「ねぇ、カシラ~。大金なんて、何処にも無いよ~?」

「でもでもっ、布とか結構あるよ~!これとか綺麗~!」

「あっ!ホントだ~!」

顔が良く似ている女2人は、荷馬車に積んである商品を引っ掻き回している。

売り物である布を被ったり、身体に巻いて見せたりとやりたい放題だ。

きゃぴきゃぴとはしゃぐ女2人に、カシラは呆れながらも笑って返した。

「そりゃ大金を品物と一緒に積んでる馬鹿野郎はいねぇって。

そーゆーのは自分で持ち歩いてる方が安全なんだよ」

「え~?でも、殺されちゃったら持ってかれちゃわない?」

「ばぁか。そん中に積んでたら、そこから離れた瞬間に持ってかれちまうだろうが。

まぁ、このおっさんが金庫を持ち歩いてんなら、話は別だけどな」

そう言いながら、カシラは荷馬車の程度を確かめる。

「…でも、まぁ。この程度だったら、金庫は使ってねぇだろ。なぁ、そうだろ?」

嫌らしくもエヴァンに問うカシラ。

エヴァンが、はいそうです。とは答えられない事を知っていての問いかけだ。

当然、答えられる筈もなくエヴァンは固く口を結んだ。

しかし、カシラは御構い無しに続けて言う。

「あんた、首都に行ってデカイ取引を成功させたんだろ?

ロールルって村の酒場で上機嫌に話してたって?

俺んとこの下っ端が聞いてんだよ。それ、元値の4倍で売れたんだろ…?

なぁ、教えろよ。元値って幾らだったんだ?何を売った?

そいつはこの村で手に入んだろ?…誰が作った?おい、答えろ」

質問を重ねるたびに、最初の青年と言う雰囲気から盗賊のカシラらしい雰囲気へと変貌していく。

恐怖に駆られるエヴァンはガチガチと歯を鳴らし目を泳がせる。

しかし、エヴァンはカシラのどの質問にも一切答えない。

すると、カシラは突然ニッコリと満面の笑みを浮かべ、エヴァンと目を合わせた。

そして、次の瞬間。

「答えろって言ってんだよ!!ぶっ殺されてぇのか!?アァッ!?」

カシラはエヴァンの胸ぐらを掴み上げ、至近距離で怒鳴り上げた。

「ひいっ!」

ドスの効いた脅しを浴びせかけられ、エヴァンはガクガクと膝を震えさせる。

羽交い締めされているため、地面に伏す事は出来ないのが余計にキツかった。

だが、エヴァンは恐怖しながらも答えようとはしなかった。

金貨2枚と言う驚愕な値段で売れた、刀。

それを打てる人物が、この村に居る事を彼らに知られてしまったが最後、ウェルスは彼ら盗賊に乗っ取られてしまう。

自分の不注意で盗賊をウェルスへ招き入れてしまった事も相まって、エヴァンは意地でも答えまいと決意していた。

そして、何とか彼らを村から追い払おうと画策し始める。

「こ、この村には…そっ、そんなもの有りません!」

「は?あんた、俺を馬鹿にしてんの?良い度胸じゃん。歯ぁ食いしばれよ」

エヴァンの必死の抵抗にカシラは苛立った様子で拳を掲げた。

殴られる事への恐怖と戦いながら、エヴァンは続けて言った。

「よっよく見てください!こ、こんな寂れた村に、あなたの言う大金を生む何かがあるとお思いですか!?ある訳無いじゃないですか!私はただ、お情けでここに行商に来てるだけなんです!」

必死な形相で慣れない嘘を並べ立て、盗賊達を欺こうとするエヴァン。

すると、エヴァンを羽交い締めにしている男が納得した様に呟く。

「カシラ。こいつの言う通り、この村、かなりボロいぜ?

本当に、こんな村に金目の物なんてあんのか?そんなもん、どこにも見えないぜ」

狙い通りに話が運びそうな雰囲気が漂い、エヴァンは心の中で安堵する。

しかし、カシラは抜け目なかった。

「あのなぁ…まんまとおっさんの嘘に乗せられてんじゃねぇよ。

信じられねぇなら、おっさんの腰につけてる袋の中身を確かめてやるから、見とけよ」

カシラはそう言っている間に手早く、エヴァンの腰布にくっ付いていた皮袋を取り上げて、紐を緩める。

「や、止めてくれ!!そ、それだけは…!」

エヴァンの制止虚しく、カシラは皮袋の中身を確認し、ほくそ笑んだ。

「こいつ見ても、この村はただの寂れた村だって言えんのか?あ?」

カシラが取り出した物を見て、エヴァンを羽交い締めにしていた男は驚愕の声を上げる。

「き、金貨!?」

「え!?金貨!?どこどこ!?」

荷馬車を物色していた女達は、金貨の言葉を聞きつけ慌てて荷馬車から降りてきた。

そして、カシラの手に握られている金貨を見て、盗賊達は一同に目を輝かせる。

1人がカシラの手から金貨を取り上げると、盗賊達は奪い合うようにして金貨を一目見ようと騒ぎ始めた。

その風景を見ながら、カシラは呆れる様に笑い、エヴァンに向き直る。

「ふん。おっさん、俺らを村から追い出そうとしたんだろ?残念。無駄だったなぁ?」

「…っ」

カシラはもう一枚の金貨を袋から取り出して、エヴァンの頰を金貨で叩きながら厭らしく挑発した。

思惑が叶わなかった事にエヴァンは苦虫を噛み潰したような顔をして俯く。

「証拠がこうして出て来てんだ。痛い目見たくねぇなら、答えろ。

…この金貨と交換した物はなんだ?この村の何処で作ってる?」

「………」

高圧的なカシラの尋問にエヴァンは意地でも答えようとしない。

エヴァンの確固たる意志を読み取ったカシラは、溜息を1つ吐いてから部下に指示を出した。

「…しっかり、抑えつけとけよ」

「応」

「おい、おっさん。覚悟しろよ?殺さねぇ程度に痛めつけてやるからよ」

エヴァンに答えるつもりがないなら、カシラが取る行動は1つしかない。

助けを乞いたくなるほどの恐怖を与え、無理矢理にでも職人の所在を吐かせるまでだ。

カシラは散々、エヴァンに睨みを利かせ恐怖を植えつけてから、腹を抉りこむ様な角度で拳を突き上げた!

襲いかかる激痛を覚悟し、エヴァンは瞼を固く閉じる。

すると…!

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