96.第13話 2部目 頑固職人

村から10分程の距離にある川側の作業場にて。

村の方から歩いて来るネッドの姿を、見たジョンが意気揚々と声をかける。

「おはようございます!ネッドさん!」

「…おう、おはよう。全員揃ってるか?」

「はい。いつでも始められます!」

ネッド達は今日から三度目のたたら製鉄の準備を開始しようとしていた。

以前、たたら製鉄で得た鉄の殆どを使い切ったからだ。

残りの鉄は予備として残し、玉鋼の全てはパーカーの預かる所となっている。

その為、新たに製鉄する必要があるのだ。

ネッド達は早速たたら炉の作成に取り掛かった。

それから、数十分後。

ネッドはジョン達とする会話の中で、ふとパーカーの事が頭を過ぎった。

「…そういや、パーカーはどうした?新しい刀と作るって、5日前に意気込んでただろ」

その5日前からネッドはパーカーの姿を見ていないのだ。

ジョンはパーカーの手伝い、ケイやヘクターは鍛冶場で鉄製品の作成に手を回していたが、ネッドは肉の調達に森に入っていたためパーカーと顔を合わせていない。

パーカーが苦手なネッドからすれば、毎日の様に顔を合わせないで済むのは喜ばしい限りなのだが、如何とも何をしているのか掴めない為、状況だけは気になる。

そんなネッドの疑問にジョンが呆れた風に答えた。

「あぁ…父さんなら仕上げに入るんだって言って、朝早くから鍛冶場に篭ってますよ」

「それじゃあ、そろそろ2本目が出来るのか…。早くないか?」

5日前に作業に取り掛かり、既に出来上がりそうと言う状況にネッドは驚きを通り越して呆れてしまった。

「そりゃ、朝から晩までぶっ続けで作業してますし…アレでも腕は確かですから」

実の息子であるジョンが父親をアレ呼ばわりするのを聞いて、ケイやヘクターが「お前が言うな」と言わんばかりの目をしている。

ネッドも深くツッコミはしないものの、同じことを考えていた。

そんな中、鍛冶場の方からやんごとない声が上がった。

言うまでもなく、パーカーの声である。

「噂をすれば…。丁度、出来上がったのかな?」

パーカーの雄叫びを聞き、ジョンが状況を推測するのを見ると流石に親子だと思わわされる。

それから数分もしない内に、鍛冶場の方から土埃を上げて走ってくるパーカーの姿を見て、ネッドはげんなりした。

「うおおおぉおおぉおおお!!出来たぞおおぉおおぃ!」

「あー!煩せぇ!」

取り繕うこともなく、ネッドは素直に感情を吐き出した。

しかし、パーカーはまるで気にする様子はない。

それどころか、いつも通りの調子でネッドに声をかける。

「おぉっ!ネッドさん!何だか、久しぶりに会った気がしますな!?」

「おー…。5日も会わなきゃな。俺としては、もっと会えない期間があっても良かったんだが…」

「がははっ!何を言います、ネッドさん!5日もあったら、太刀も出来るんですぞ!?ほれ、この通り!」

そう言って、パーカーは刀身剥き出しの完成したばかりの太刀をネッドの前に突き出した。

相変わらず、人の話をまともに聞こうとしないパーカーに呆れながら、ネッドは目の前にある刀に注意を向けた。

「”たち”?こいつの名前か?」

「前打った打刀よりも刀身が長いのを太刀って言うんだ!それが、こいつよぉ!」

柄も無ければ、鐔もない。鞘も無いため、本当に刀本体のみが目の前にある。

しかし、その刀身は見事な刃紋を描いており、本体のみでも十分に見る者の目を奪う。

人物がどうあれ、その技術は確かである所をまざまざと見せつけられると、ネッドは複雑な心境になった。

苦手だからと言って、扱いをぞんざいにする訳にもいかない。

これが、ここ最近のネッドの最大の悩みである。

「刀が出来たんなら、またテオくんに鞘とか作って貰わなくちゃいけないね」

太刀が出来た事で興奮気味であるパーカーを落ち着かせるべく、ジョンが半ば無理やりテオの話題に切り替えた。

すると、パーカーはそれがあったか!と言う顔をしてジョンに同意する。

「おう!あの坊主、まだまだ子供だが、木細工の腕はもう一端の職人よ!なぁ?ネッドさん!」

「あ?…あぁ…まぁ、な…」

職人であるパーカーが自らテオを手放しで褒められたと言うのに、ネッドは歯切れ悪く返事をした。

その表情は曇っていて、ジョン達は怪訝に思った。

「ネッドさん?どうしたんですか?」

全員を代表して、ジョンがネッドに問いかけた。

「…実はテオの奴、今、熱出して寝込んでてな」

「え!?テオくんが!?」

気まずそうに答えたネッドに対し、ジョン達は驚きの声を上げる。

これまで病気1つ、怪我らしい怪我も1つもして来なかったテオが、熱を出して寝込むなんて、ちょっとした事件だ。

「あぁ。だから、暫くは木細工に手を出せそうに無いんだが…」

太刀の最後の仕上げである、木細工と鉄細工の作業が滞る事を申し訳なさそうにネッドが言うと、パーカーが目を見開いて言う。

「何を言いますか、ネッドさん!そんなもんより、坊主の回復が先だろう!

おい、お前らグレイスフォレストから医者連れてこい!」

意外にもテオを心配してくれているらしいパーカーに、ネッドは目を見張って驚いた。

こいつにも人情は合ったのか…。

内心で酷い感想を思い浮かべながらも、ネッドはパーカーを見直した。

しかし、ジョン達に容赦のない要求をしている辺りが、パーカーらしさを思わせる。

尤も、碌な”らしさ”では無い。

「無茶言わないでよ父さん!どれだけ時間掛かると思ってんの!?日が暮れちゃうって!」

「何を情けない事、言ってんだ!坊主が死んじまったらどうすんだ!?いいから、今すぐ行ってこい!」

ジョン達を蹴り飛ばしてでも、医者をウェルスに連れて来させようとしている事には感心出来ない。

ネッドは慌てて止めに入る。

「待て待て!そこまでの病気じゃないから、そんな事しなくて良い!落ち着け!」

「何を言いますか!ネッドさん!坊主が死んじまったら、一体誰が、この太刀の柄材と鞘を彫るんです!?

こいつらにゃ無理だ!坊主しかいねぇってんだ!!」

パーカーはジョン達を指差しながら、そう豪語した。

見直したと思ったら直ぐコレか…とネッドは辟易する。

結局の所、パーカーは自分の作品を彩る品物を、作れる職人が居なくなる事を恐れているだけらしい。

テオに一人前の職人の腕がある事を、柔軟に認めている所は喜ばしい事なのだが…。

いや、むしろ、パーカーと言う男は実力主義と言う、凝り固まった考えを持っている人間の手本の様な男なのだろう。

尤も、今のネッドとしては、そこはあまり重要では無い。

何故なら。

「テオが死ぬ前提で話を進めんじゃねぇ!!それ以上言ってみろ!玉鋼、作らねぇからな!?」

「むぐっ…!」

縁起でも無い事を立て続けに言われれば、子煩悩のネッドからすれば怒髪天ものである。

その結果、パーカーが一番恐れている事態を匂わせて、ネッドは見事にパーカーを黙らせる事に成功した。

息巻いて怒鳴るネッドに対し、ジョン達が静かに賛辞の拍手を送っていたのは別の話である。

ネッドに怒鳴られたパーカーは太刀を大事そうに抱えながら、口を固く閉じて身を縮こまらせた。

良い歳した親父がする格好ではないものの、静かになったためネッドは良しとするのであった。

そんな2人のやり取りを見守り終わってから、ジョンが笑顔で言った。

「…ともかく、今日の所は早く作業を終わらせないと、だね」

ヘクターとケイに同意を求めるジョンに対し、2人は笑って答える。

「だな。テオくんが家で1人じゃ、ネッドさんも心配でしょ?」

「頑張る」

パーカーと違い現実的な提案をするジョンと、それに同意するヘクターとケイを見てネッドは微笑んだ。

「…おう。頼んだ」

「はい!よーし、やるぞー!」

と、ジョンが拳を突き上げた瞬間。

「…ぁーーーーーーーーーーー!!!」

村の方面から人の叫び声らしきものが聞こえてきたのだ。

和やかな雰囲気から一変、緊迫した状況を感じ取りネッド達は身構えた。

「い、今の…」

ジョンがようやっと震える声を上げた事で、ネッドは先ほどの叫び声が本物である事を察した。

「…どうやら、聞き間違いじゃないらしいな…!」

そして、ネッドは村の方面へ走り出した!

徒歩10分の距離を、少しでも早く村に到着するためにネッドは全力で森を駆け抜けていく。

「ネ、ネッドさん!俺達も行きます!」

「あぁ!」

その後ろから慌ててジョン達が付いて来ている。

太刀を抱えたパーカーも含めて…。

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