94.第12話 7部目 フラグ

そして、翌日。

出発準備を進めるエヴァンに、リョウが声をかけた。

「エヴァン」

「おぉ。リョウくん。おはようございます」

酒が残っている様子もなく、爽やかに返事をするエヴァンを見てリョウは水を飲ませ続けただけはあったと息を吐いた。

リョウは手に持っていた皮袋を目の前に出して言う。

「頼まれてた、これ。忘れてないか?」

「あ、それは、もしや…」

「ギィヤのチーズだ。買うんだろ?」

「買いますとも!お幾らでしょう?」

目を爛々と輝かせたエヴァンに値段を聞かれ、リョウは迷う様子を見せた。

「あー…俺の趣味で作ってたってのと、サービス品でしか出して来なかったからなぁ…値段までは考えてなかった」

「えぇ!そんな勿体無い!食堂で出されても、きっと売れますよ!」

普通のチーズと違い、少々独特な味のするチーズではあったが、もう一度食べたいと思うくらいにはエヴァンは気に入ったらしい。

その事を嬉しく思ったのか、リョウは頰を指先で掻いて明後日の方向を見ている。

「そ、そうか?…これ、どれぐらいの量、あると思う?」

「どれどれ…」

リョウから手渡された皮袋の口を開けて、中にあるチーズを鑑定するエヴァン。

「んー、140gだねぇ」

「140g …ってーと、確か…」

エヴァンからグラム数を聞いたリョウは何やらブツブツ呟き始めた。

「100gで600円くらいだったか?いや、もうちっと高かった気がするが…140gだと、60かける4で240に600足すんだから、840か…で、こっちの通貨に直すと…銅貨8枚くらいか…?いや、でも珍しいんなら、もうちっと高くても良いのか…?」

呪文の様に計算を口にするリョウに対し、同じ客商売をする者として感心ながら、エヴァンはリョウの決断を待った。

そして、リョウは一度頷いてエヴァンを見る。

「銅貨10枚でどうだ?」

値段設定に不安を感じているのかリョウは自信なさげにエヴァンに聞いた。

対してエヴァンはにっこりと笑って、腰につけていた皮袋から銅貨10枚を取り出し、リョウの手に握らせた。

「はい、買いました!今度来た時は、また買わせてね」

「お、おう」

あっさりと商談が成立にした事に驚きながら、リョウは握らされた銅貨10枚を確認する。

銅貨を見たリョウの頭にとある事が横切り、出発しようとするエヴァンに急いで声を掛けた。

「エヴァン!くれぐれも盗賊には気を付けろ。首都での商談が上手くいったんだろ?大金を運んでるなら、盗賊には気を付けるべきだ」

「盗賊…」

リョウからの警告を聞きエヴァンは言葉の意味を飲み込むのに少し時間が掛かった。

理解した瞬間、エヴァンは笑い出す。

「あははっ、まさかそんなー。見ての通り、わたしは田舎商人だからねぇ。盗賊だって、大金を積んでるなんて思わないよ」

「…まぁ、見た目は確かに持ってる様には見えないけども…」

「だろう?だから、大丈夫大丈夫」

そう言って、エヴァンは笑いながらロールルの村を出発していく。

去っていく荷馬車を見つめながら、リョウは眉を潜めて呟いた。

「…悪いフラグにならなきゃ良いんだが……」

エヴァンの迂闊さを思い出し、リョウはもやもやとした気持ちを抱えて、食堂の開店準備に向かうのだった。




同日。

エヴァンがロールルを旅立って少し。

「へへっ。アレだ…」

エヴァンの荷馬車を見て舌舐めずりする男に対して、仲間たちが不満そうな声を上げる。

「何だ何だ?随分しみったれたオッサンと荷馬車じゃねぇか」

「本当にあんなのがお金持ってるのぉ~?」

「持ってるように見えなぁい」

いかつい男が漏らした不満に、顔がそっくりの女2人が同調した。

「いいや!間違いねぇ!俺は、この耳でハッキリ聞いたんだ!!」

そう言って、荷馬車を睨みつけながら、最初の男は主張する。

しかし、仲間たちは信じがたいのか目を見合わせた。

すると。

「耳クソ詰まってるお前の耳でか?」

ヤケに若い男がニヤニヤと笑いながら、最初の男の不潔さを口悪く指摘した。

その指摘を聞いた仲間たちは声を上げて笑い合う。

最初の男を除いて。

「か、カシラ《頭》!?そりゃ幾ら何でも酷ぇよ!」

涙ながらに訴える男を見て、カシラと呼ばれた若い男は言う。

「お?俺の嫌味は聞こえてんだな。なら、てめぇの耳クソまみれの耳で聞いたってのも間違ってねぇか」

「かっ、カシラ~!」

意地の悪い事を言われたにも関わらず、情報の正当性を仲間たちに伝えるための手段だったと知り、今度は最初の男は感涙を流した。

若い男は遠くに見える荷馬車を見据える。

「カシラ、どうすんだ?襲うか?」

「本当に大金があるなら襲っちゃえぇ~!」

「襲っちゃえぇ~!」

いかつい男と顔がそっくりの女2人が、カシラの判断をせっつく。

すると、カシラはニヤリと悪どく笑って言った。

「いや、後を尾けんぞ。あのおっさんが行くとこには、金が出来る木があるはずだ。今ここで襲うなんて、つまんねぇ」

「流石、カシラ!」

「え~!?金貨が出来る木があるのぉ~!?」

「見たい見たい!」

自分を賞賛する右腕と、目の保養として連れ歩いている女2人の反応を見て、カシラは楽しげに笑う。

「あぁ。本当に金貨が出来る木があれば良いなぁ?そいつを増やせば大儲けだ!」

「「きゃ~!早く見たぁい!」」

「ばぁか。ねぇよ。んなもん」

女が2人揃ってはしゃぐ姿を見て、カシラは2人をノリツッコミ的に順番に小突いた。

痛がる女たちを他所にカシラは荷馬車の行く先を見つめる。

商人の辿り着く先には、大金を生み出す何かがある。

それは金銀財宝か?

いや、首都まで行き、何かを売ったから大金を得たのだろう。

と、来れば。その何かを作れる人間が、商人の辿り着く先に居ると言うこと。

その人間を取り込み、金になる品を作り続けさせれば…。

カシラは自身の完璧な算段に興奮していた。

やっぱり、この世界なら俺はテッペンを取れる…!

元の世界では叶えようなどとも思いもしなかった願いを、胸に思い描いてカシラは笑う。

まだ見ぬ、金貨の山を見据えて…。




第12話 完

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