93.第12話 6部目 祝酒
翌日の夕方。
エヴァンは再びロールルの村を訪れ、宿屋の食堂で夕飯を摂っていた。
かなり上機嫌な様子で酒をぐびぐび飲むエヴァンを見て、怪訝に思ったリョウは、エヴァンの目の前に水の入ったカップを置いて話しかけた。
「一昨日と比べて、ペース早いな。そんな調子で明日、朝から出発出来んのか?」
「いやぁー!リョウくん!これは祝い酒なんだよ!だから、幾ら飲んでも明日には残らない!らいじょうぶ!」
駄目だ。こいつ早く何とかしないと…。
とリョウは昔読んだ少年漫画のセリフを心の中で呟く。
呂律も回らなくなってきているのに、何が大丈夫なのか。
リョウはそっとエヴァンの手から酒が入ったカップを取り上げ、水の入ったカップと差し替えた。
エヴァンは「急に味が薄くなったなぁー」と言いながら真っ赤な顔で水を飲んでいる。
「祝い、ねぇ…って事は、商談が上手くいったのか」
「えぇ!そるぇはもう!依頼人の希望価格の4倍になったんら!」
「へ、へぇ…」
この商人はまた余計な事を…。
酔いに任せて、結構な情報を自ら漏らしているエヴァンを見て、リョウは他人事ながら冷や汗を流した。
「やっぱい、わぁしの見解はまつがってなかった!見る人が見れば、物の価値は変わるのら!」
「おう、そうか、良かったな。ほら、飲め飲め」
「おぉー、悪いねぇ!」
手持ちのカップに注がれているのが水だとも知らずに、エヴァンはリョウから酒を注がれて上機嫌に何杯も飲み干していく。
この調子で水を飲ませ続け、体内に留まっているアルコールを体外に出させてしまえば、これ以上の悪酔いは避けられるだろう。
部屋に戻る前に強制的に便所に行かせなければならないが…。
「まぁ…あんたから買った包丁も良く切れる業物だからな。同じ職人が打ったってんなら、そりゃそれなりの値段がついても可笑しく無いだろ」
飲み干されたエヴァンのカップに水を注ぎながらリョウが言うと、エヴァンは椅子から立ち上がり一層目を輝かせて言った。
「えぇ!本当に!わぁしはずーーーーーっと、パーカーしゃんは変人だと思ってましたけどねぇ、今回の取引で違うって分かったんれす!謝りましょう!申し訳ありましぇんですたー!」
「本人居ねぇから。帰るまで謝罪は取っとけって」
勢いで立ち上がったエヴァンを強制的に座らせ、リョウは酒が入ったカップを調理場の棚に上げる。
追加の水持ってエヴァンの元まで戻るまでに、2人は当たり障りない談笑を交わした。
その中、リョウは自身が買った包丁の事で悩みを口にする。
「ー…ただ、ちっと残念なのは…切れなくなったら、それっきりってのが、なぁ…」
「……と、言いますとぉ?」
1つ遅れて反応したエヴァンの疑問にリョウは苦笑して答えた。
「砥石が無いんだよ。あんたも砥石は扱ってないんだろ?」
「うーーん……砥石は…難しいですねぇ…。まず、仕入れるのが難すぃ!」
酔っているにも関わらず、エヴァンはハッキリと答えた。
商売の話になると、少しは頭が働く様になるのかもしれない。
そう思ったリョウはフッと鼻で笑い、話を続けた。
「だろうな。俺も、この辺りで砥石を売ってるのは見たことが無い。ずっと東にある鉱山で採れるらしいし、正反対のこっちじゃあなぁ…」
「…そえでしたら、わぁしがパーカーしゃんの元まで持っていくのは、どうでそう?」
酔っ払いのエヴァンからの提案を聞き、リョウは興味を示した。
「つまり?」
「えぇっと…つまりですね…パーカーしゃんでしたら、砥石は幾つか持ってらっさいましたから、包丁の切れ味が悪くなったら、わぁしがリョウくんから包丁を預かって、パーカーしゃんの元に持ち込むんれす…」
「で、あんたは依託料を。職人は研磨料金を俺に請求するって事か。…まぁ、可笑しな話じゃ無いし、悪くは無いが…あんた、またロールルまで来れるのか?」
エヴァンの提案を聞きリョウは乗り気の様だが、仲介の役目を果たすエヴァンが再びロールルを訪れないと出来ない商談だ。
本当に出来るのかを確認しようとリョウがエヴァンを見ると、エヴァンは机に突っ伏してイビキをかいている。
酒が回りに回り、疲労もあって限界を迎えたらしい。
知り合いの酔っ払い共と全く同じ様に眠り始めたエヴァンを見て、リョウは呆れ顔で溜息を吐く。
宿泊客でもあるエヴァンを宿泊部屋まで運ぶ事も考えたが、面倒くさかったリョウはエヴァンをそのまま寝かせる事にした。
約1時間後にエヴァンはハタと目を覚まし、少し正気に戻った様子で便所に行ってから部屋に戻ると言って、食堂を出て行ったのだった…。
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