92.第12話 5部目 鑑定結果

「ひっ…」

「何を怯えてんだ。取って食うとでも思ってんのか。見せろ」

「……え?あ、あれ!?」

反応が遅れたエヴァンは、自身の手元から打刀が無くなっている事に気がつき慌てた。

自分の周りを探した後で店主の手に打刀がある事に気がつき、エヴァンは安堵する。

同時に店主が鞘から刀を抜き、刀身をじっと見つめ始めた。

その姿をエヴァンは緊張しながら見つめる。

店主は気難しそうな顔をしながら、打刀の細部まで見渡す。

柄には柄材と縁頭が付いているのみ。

鐔はちゃんと付いており、ハバキもきっちり付いているため、鞘に収めるとかっちり嵌った。

鞘は味気も何も無い。木目丸出しの、簡易的な鞘である事が見て取れる。

だが、刀身を傷付けないよう余裕を持った設計になっており、テオの手の器用さが伺える出来栄えであった。

尤も、この精巧な柄材と鞘を作ったのはテオである事を知っているのは、ウェルス村の住人だけである。

しかし、これらの判断材料から店主は1つの鑑定結果を出す。

鑑定を終えた店主は刀身を鞘に納め、近くにあった棚の上に丁重に置いた。

そして、エヴァンの方へ向き、一言。

「金貨1枚と銀貨80枚だ」

「…………はい?」

聞きなれない単語を耳にしたエヴァンは店主に聞き返した。

しかし、店主はその反応を不満と受け取ったのか、更に一声掛ける。

「足りんか?なら、もう銀貨20枚。これ以上は出せんぞ」

「…………………」

ぽかんと口を開け、呆然とするエヴァン。

必死に頭の中で店主の言葉を整理する。

今、店主殿は何と言った…?

た、たしか、きんか1まいと…。

「おい!売るのか、売らないのか、どっちだ!とっとと答えろ!!」

「はっはいぃいいぃ!う、売ります!売らせて頂きます!!」

業を煮やした店主に怒鳴りつけられ、エヴァンはようやっと状況を理解する。

製作者であるパーカー自身が提示した金額の4倍で売れた事を…!

そして、それはエヴァンの商人人生に於いて、最も高額な取引となるのだった。

店主はエヴァンの返事を聞くと同時に店の奥へ行き、提示した金額を机の上に並べた。

「金貨2枚。念の為、確認しろ。確認したら、とっとと店から出て行きな」

「は、はい。失礼します…」

店主に急かされたエヴァンは人生で初めて見る金貨2枚を、1枚ずつ両手に取り、動揺で泳ぐ目で確認した。

「た、確かに、き、金貨に、2枚、を…受け取りました…」

「なら、もう用事は無いな?とっとと出て行け」

「は、はい…」

ここまであっさりと取引を終えてしまった事に違和感と恐怖を覚えながら、エヴァンはフラつく足で店の出口へ向かう。

「おい」

すると、唐突に店主に呼び止められた。

振り返ると、店主は真っ直ぐこっちを見据え言った。

「この武器を作った職人は何て名前だ?何処に居る?」

「え…?えぇっと…」

まさか呼び止められた上、そんな質問をされるとは思っていなかったエヴァンは答えに迷った。

パーカーの名前を告げる事は問題ないだろう。むしろパーカーは喜ぶ筈。

しかし、ウェルス村に居る事を告げて良いものだろうか?

パーカーはともかく、村長であるネッドは困るのではないか?

いや、そもそもウェルス村に迷惑が掛かるかもしれない。

金貨2枚と言う大金で売れた打刀を、作れる職人が居る村と言う認識がどのような事を引き起こすか分からない。

混乱する頭で迷いに迷ったエヴァンはパーカーの名前だけ告げる事にした。

「パ、パーカー・スミスと言う男です…。居場所に付きましては、今の所、伏せさせて頂きたく…」

「そうか、分かった。その名前覚えておく」

エヴァンが最後まで言う前に店主は話を切り上げ、エヴァンを手で追い払う仕草をした。

薄暗い店内では出入り口から店主の顔色は伺えない。

だが、何となく不満を買ったような気がしたエヴァンは、追い払われるのに従って急いで店を出る。

こうして、無事にエヴァンの初めてのお使いは終了した。




「ー…まさか、幻の武器…日本刀を拝むことになるとはな…」

エヴァンが去った後、店主は顔を極限まで顰めて言った。

刀をもう一度手に取り、鞘から刀身を抜いて刃紋を眺める。

「…何度見ても不思議だ…この様に薄い刀身で本当に戦えると言うのか?」

金貨2枚と言う大金を、田舎商人に支払って購入したものの、店主は目の前の刀がどれほどの物なのか?と言う疑心で一杯だった。

だが、あそこで購入を躊躇っていたら、恐らくこの刀は他の武器屋で安く買い叩かれていたことだろう。

それは出来ない。

今後の流通を考えた時、幻の武器と呼ばれるほどの武器が、何本も出回る様な事態は避けたかった。

故に金貨2枚と言う大金を支払い、そう簡単には他で買い取れない様に仕向けたのである。

だが、多く出回らない様にするためとは言え、金貨2枚はやり過ぎだったかもしれない…と店主は冷や汗をたらりと流す。

もし、あの田舎商人が次を売りに来た時、この刀よりも出来が良かったら…。

その先を想像して店主は身震いした。

「…これは、侯爵様に相談するしかねぇな」

店主は懇意にしている貴族を思い浮かべながら呟く。

そして、刀を鞘に納め、割れ物を扱うかの如く慎重に店の奥に運んだ。

鍵を幾つも掛けた上、出入り口は1つしかない宝物庫に、日本刀は恭しく保管されるのだった。

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