90.第12話 3部目 三徳包丁
これ以上、余計な事は聞くまいとリョウは心の中で決めた。
1聞いたら、100が望まぬ形で返ってきそうだからだ。
しかし、日用品を扱っていると聞いてリョウはある事を思い立った。
「…日用品って事は…包丁、とかも扱ってんの?」
「包丁?えぇ、ありますとも!お持ちしましょうか?」
リョウの問いに、商人魂に火が点いたのかエヴァンは目の色を変えて立ち上がった。
商人の状態になったからか、敬語になっている。
そして、今すぐにでも商品を持ってきそうな勢いだ。
「…あぁ。見せてくれるか?」
「えぇ!いいですとも。直ぐに持ってきましょう!良い品があるんですよー」
高らかに宣言してエヴァンは外にある荷馬車へ向かって食堂を出て行った。
その間にリョウはエヴァンが食べ終わった皿を片付け、眠りこける酔っ払いたちを叩き起こし、家へ返す作業をする。
意気揚々として戻ってきたエヴァンは机の上に1つだけ商品を置き、説明を始めた。
「これは、先ほど話した懇意にして下さってる方から仕入れた品の1つでして、使われている素材が特別製なのです!」
自信満々に言うエヴァンとは対照的に、リョウは少し冷めている。
この世界における鉄製品にはそれほど期待していないからだ。
「へー…これ、外して見て良いか?」
一歩引いたような態度のリョウを気にする様子もなく、エヴァンは見る事を了承した。
そして、リョウは包丁に巻かれていた皮を取り、包丁の刃を見た。
目を見張るほどの輝き。流れるような刃紋。
予想外に綺麗な刃を目にしたリョウは心の中で叫んだ。
…三徳包丁じゃねぇか!!
この世界の包丁の定義から少し外れたソレは、リョウには懐かしくも見慣れた形の包丁だった。
「どうです?見事な物でしょう?」
「……あぁ…」
すっかり包丁の見目に心を奪われてしまったリョウは、エヴァンの問いかけに言葉少なに答え、食い入るように包丁を見ている。
そして。
「幾らだ?」
単刀直入に値段を問う。
「うーん…実はそう安くないのですが…ざっと、銀貨3枚と銅貨20枚と言った所です」
値段で購入を尻込みしてしまうだろうと思っていたのだろう。
エヴァンは控えめな声で値段を告げた。
すると、リョウは包丁の刃を皮で包み直して、机に置いた。
その行動を見たエヴァンは、購入までには至らなかった事を残念に思い肩を落とす。
しかし、リョウは調理場の棚から小袋を取り出し、その中から何かを掴み取って戻ってきた。
「買った」
リョウは手に握っていた銀貨4枚をエヴァンに手渡す。
それを見たエヴァンは残念そうな表情から一転、明るい表情で手元の袋の口を開く。
「ありがとうございます!では、お釣りの銅貨80枚を…」
「釣りは要らない」
「…へ?」
即座に言われた言葉が聞き間違いかと思ったエヴァンはリョウを見つめた。
その視線に気がついたリョウは包丁を手にとって言う。
「むしろ、銀貨4枚でも安いくらいだろ、これ。釣りはこれを作った職人に渡しておいてくれよ。次の包丁買う時も、あんたの所で買いたいしな」
「えっ…えっ!?」
正に破格の評価に、包丁を売った筈のエヴァンが驚きの声を上げる。
確かにパーカーさんが打っただけあって、良く出来てる包丁だが…銀貨4枚以上の価値があると判断されるほどなのか!?
わたしですら、銀貨3枚以上でも高いだろうと思っていたのに…!
そこでエヴァンは1つの結論に辿り着く。
…専門職の人間が見たら物の価値が変わる?
エヴァンの鑑定眼は幅広い商品の鑑定に向いている能力だ。
それ以上に正確で、平等な鑑定は出来ないと言われるほど、優れた能力である。
商人にとっては必須の能力であり、商家には総じて鑑定眼の能力が付与される。
加えて長年の知識を先導者から教えられていくので、長く続く商家の鑑定はそれだけの説得力が付く。
だが、商人は物を売り買いするだけで実際に使う訳ではない。
素材や、作成までの時間、製作者の知名度などから値段を弾き出すのだ。
しかし、実際に使う人間が値段の良し悪しよりも、商品そのものの良し悪しに目を向けた場合、値段もまた変わるのかもしれない。
その可能性に気がついたエヴァンは、もう1つ重要な事に気がつく。
今回の行商の理由である打刀の事である。
武器や防具が専門外であるエヴァンは、パーカーが提示した銀貨50枚でも高すぎると思っていた。
しかし、実際に専門家である武器屋に打刀を見せた場合、どうなるのか?
同じ玉鋼で作られた包丁ですら元値の2倍近くで売れたのだ。
となれば、打刀の最終鑑定価値は…!
想像すら及ばない可能性に、エヴァンは生唾を飲み込む。
興奮とも恐れとも取れる震えを身体中に感じながら、エヴァンは明日を待った。
直ぐにでも、首都アルベロへ向かわなければ…!
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