88.第12話 1部目 ロールル村


砂漠化が進む村の1つ・ロールルの村。

その村唯一の宿屋には、酒場兼食堂が建設されており、もっぱら料理が美味いと評判である。

昔は沢山の木で覆い囲まれていた村であるが、ここも植林技術が無いために年々砂漠化が進行して行っている。

それでも、人々が暮らしていけるのは、近くを通る川が未だ枯れずに流れている事に他ならない。

何故、川は枯れないのか?と言う疑問を口にする村人は居ない。

いや、そもそもこの国には居ない。

川は流れ続けるものだからだ。

ともかく。近くを通る川のお陰で、彼らは枯れずに済んでいる。

しかし、それでも砂漠化は進み、人々は外を歩く時は頭から大きな布を被り、土埃から身を守りながら生活している。

そして、村随一の名所である宿屋兼酒場兼食堂では、今夜も酒好きの男たちが集まり、騒がしく酒を酌み交わしていた。

その中、静かに食事を楽しみながら、ちびちびと酒を飲む男が1人。

明らかにロールルの村人ではない。

「あんた!随分と軽装じゃねぇか!何処から来たんだ、このすっとこどっこい!!」

酔っ払った大男が、軽装の余所者に絡み始めた。

絡まれた男は困った様に笑いながら答える。

「いやぁ。わたし、この辺りまで来たのは初めてでして…まさか、ここまで砂漠化が進んでるとは思ってもいなかったんですよ」

「何だぁ?じゃあ、あんた、あれか?砂漠化してない所から来たのか!」

「えぇ。グレイスフォレストの方から来まして、商人をやらせて貰ってます」

酔っ払いに肩を組まれ、酒臭い息を掛けられながらも、エヴァンはにこにこと笑って答える。

ネッドに頼まれて直ぐ打刀やその他諸々を荷馬車に乗せ、グレイスフォレストから出発して1日。

首都アルベロまでは、残り16kmと言う所まで来ている。

早くて明日の昼には首都アルベロに着く事だろう。

長年の付き合いである愛馬ポーリィも疲れた様子で、宿の近くの馬小屋で休んでいる。

そして、エヴァンはと言うと、料理が美味いと評判のロールルの宿に泊まることにした。

元々、3泊4日予定の行商の旅路である。

どうせなら、美味い料理の1つでも食べて、土産話を家族に持って帰りたいと思っていた。

尤も、美味い料理が食べたかったのは、エヴァンの明確な意志による所である。

その結果として、評判通り美味い料理にありつけた。

もちもちとした食感の肌色の丸い食べ物に、緑色のソースが掛かっており、角切りされた肉が入っている。

最初に見た時は、一体何なのかが理解出来ず、思わず鑑定眼で見てしまうほどに驚いた。

しかし、鑑定眼で観て見ると、肌色の丸い食べ物は小麦粉で出来ており、緑色のソースはジバルと言う香草を磨りつぶした物だった。

肉は豚肉の燻製で、正体が分かった途端に何とも食欲が唆られた。

もちもちとした不思議な食感を愉しみながら、一緒に出された酒を飲むと、その日1日の疲れが吹っ飛んでいく。

そんな風に、初めての行商の旅を満喫していた所を、酔っ払いに邪魔された…と言う運びである。

エヴァンの口からグレイスフォレストの名前を聞いた酔っ払いは、若干反応速度が遅れてから、盛大に噴き出し、笑い出した。

「ぶーーーーーっ!だぁははははっ!ぐれいすふぉれすとぉ!?あんた、今回が初めての行商だってぇ!?とんだ田舎モンじゃねぇか!!がぁっはっはっはっは!」

そう盛大に笑う酔っ払いであるが、ロールルは村規模であるため、グレイスフォレストから見ればロールルの方がよっぽど田舎である。

しかし、商人とは各地を周り商売をする人種であると言う認識があるからか、ロールルまで来た事の無いエヴァンは、十分に世間知らずの田舎者だと判断されてしまったのだ。

「いやぁ…仰る通りで、お恥ずかしい限りです」

そして、エヴァンも自覚があるために否定しない。

否定しなかったために、調子に乗った酔っ払いたちはエヴァンをこぞって馬鹿にした。

田舎者だ。砂漠での生活を知らないなんて世間知らずもいい所だ。商人として間違っている、と。

しかし、エヴァンは全てに頷き、受け入れ、一切反論しなかった。

その様子を見て、心苦しかったのだろう。

1人の青年が酔っ払いたちとエヴァンの間に入ってきたのだ。

「ー…それくらいにしとけよ、おっさん共。それ以上、騒いだら今日纏めてツケ払って貰うかんな」

酔っ払いたちが使っている机から、空になった皿を引き上げながら言う青年の顔を見て、酔っ払いたちの顔色が変わった。

「げっ。リ、リョウ!わ、分かったから、もうちょっと待ってくれよぉ」

「おう。待つぜ。あと3日、な」

「ちょっ!そりゃ無いぜ~!」

「”無い”のは、こっちだっつうの。今日の分もツケといてやるから、3日後に1週間分持ってきな。じゃなきゃ、二度と俺の料理は食わせてやんねぇ」

「えっ、そりゃ困る!わ、分かった!3日後だな!?」

「おう。きっちり持ってこいよ」

リョウは最強の脅し文句を使い、あっさりと酔っ払いたちに3日後にツケを払う約束を取り付けてしまった。

しかし、1週間分だけと言う辺りに甘さが残っている様に見える。

この酔っ払いたちの様子からするに、全部のツケは1週間分だけでは無いのだろう。

「よぉ。悪いな。ウチの酔っ払い共が迷惑かけて」

大量の皿を片手で持ち歩きながら、リョウはエヴァンに話しかける。

その様子を見て、感心しながらエヴァンは答える。

「いえいえ。皆さんが言う事は本当のことですから」

「いや、グレイスフォレストより、この村の方がよっぽど田舎だろ」

村の住人である筈のリョウがばっさりと言い捨てるのを見て、エヴァンは却って気まずそうに苦笑する。

リョウは大量の皿を持って、調理場の奥へ行くと皿を流し台に置き、近くの棚から何かを取り出し、小皿に盛り付けた。

そして、それを持ってエヴァンの元へ戻ってくる。

「サービスだ」

そう言って、リョウはエヴァンの手元に丸く白い物体が乗った小皿を置いた。

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