87.第11話 6部目 乙女の猛撃

ここまで来て、最大の恋のライバルが既婚者の男になるとはリズも思っていなかっただろう。

まさか、ここまでジョンがネッドに心酔するとは、同じ幼馴染であるヘクターとケイにも思い至らなかった事である。

どうやら、ジョンはあらゆる仕事を率先してこなすネッドを尊敬しているらしく、更に文句の1つも言わずに黙々と仕事をする姿を見る機会が多い事から、余計にネッドが格好良く見えるようだ。

その意見にはヘクターとケイも同意で、一緒に仕事すると、そう言った姿が見れるので嬉しいと言った。

村長と言う立場に驕らず、率先して現場に立つ姿は、若者の、それも同性の憧れの眼差しを一身に受けるようだ。

そして、その姿は目上の立場であるパーカーから見ても好印象だ。

良く働く男はそれだけ高評価される。

ギリギリな状況のウェルス村ならば、尚の事。

と、結局の所、パーカーたちの中のネッドに対する評価は変わらないと言う事だ。

むしろ、更に評価を上げたと言えるだろう。

その後、男たちの間でネッドを褒め称える会が成された。

完全に蚊帳の外になってしまったリズは、ひっそりと家を抜け出し外の空気を思いっきり吸い込んだ。

やはり、この村の空気はグレイスフォレストとは何かが違う。

不思議と心を落ち着かせてくれる。

リズはそれでも渦巻く嫉妬心を誤魔化すために何度か深呼吸を繰り返した後で散歩し始めた。

嫉妬心の原因であるネッドの事は、悪い人ではないとリズは本当に思っている。

そうでなければ、アメリアやテオと言った、リズにとって好ましい人たちがネッドを慕う筈がない。

特にアメリアは本当にネッドを心から愛しているのが、ヒシヒシと伝わってくるのだ。

そして、ネッドも…。

そんな関係が素敵だと思う反面、羨ましくて仕方がないリズ。

もしかしたら、それもあってネッドが気に食わないのかもしれない。

本来なら同性であるアメリアに嫉妬しても可笑しくないが、リズはアメリアが好きなので、ネッドに対する反感ばかりが募ってしまうのだ。

しかし、そのままではリズが好きなジョンと一線を画してしまうかもしれない。

そうなれば、ジョンと家庭を築く夢が遠のいてしまう。

でも、ネッドの事は苦手だし、ジョンの視線を集めるから嫌いだし…。

と、ぐるぐると不満を溜め込みながら散歩するリズの背後から、人が走って近寄ってくる気配がした。

そして。

「リズー!どうして、1人で出てっちゃうの?平和な村とは言え、危ないよ」

好きで好きで仕方がないジョンが追いかけて来てくれた。

それだけでリズは、もう胸が一杯になるほど嬉しい。

でも、そう簡単に喜んでいる所を見せるのは悔しい。

リズは精一杯、不機嫌そうな振りをした。

「だって!皆揃って、ネッドさんネッドさんって…私の事、置いてけぼりにするんだもん!」

「ごめん、ごめん」

「謝っても、許してあげないんだから!」

そう言って、リズはつーんっとジョンから顔を逸らして歩き始めた。

ジョンは困った様子で頭を掻きながら、リズの後を歩いていく。

先を歩いていくリズの背中からは、目一杯の不機嫌オーラが漂っている。

「…ごめんって。どうしたら許してくれる?」

同居してる関係上、このまま気不味いのはジョンにとって都合が悪い。

何故かリズを娘の様に可愛がっているパーカーにどやされる未来が見えるからだ。

どうにかして機嫌を直して貰おうと言った言葉に、リズは足を止めた。

「…」

何やら考え込んでいるリズ。

何も言わない事に不安を覚えたジョンは、そぉっとリズの側まで歩いていく。

すると、丁度ジョンが隣に立った瞬間にリズが顔を上げた。

「…ー、してくれたら…許してあげる」

「…え?何をするって?」

震える声で精一杯に伝えた要求を聴き逃された事に腹を立てたリズは、ジョンの胸板を思い切り叩いた。

「っぐ…」

「チューしてくれたら、許してあげるって言ったの!!!もう!こんな可憐な乙女に何度も言わせないでよ!」

そう文句を言いながら、リズは何度もジョンの胸板を拳で殴りつける。

そんなに力は篭ってないとは言え、何度も繰り返されては流石に痛みが蓄積されていく。

ジョンはリズの要求を聞き、どう返答したらいいものか必死に頭を捻った。

そして、リズの暴力的な拳を両手で受け止めてから、ジョンは答えた。

「妹のリズにそんな事出来る訳ないでしょ?他に無いかな?」

心底困った様な顔をして言うジョンを見上げて、リズは泣きそうになるのを堪えながら叫んだ。

「~っ!なら、もう二度と許してあげない!!パーカーおじさんに言いつけてやるんだから!!」

「えぇ!?そ、それは困るなぁ…」

弱点を突く様な口撃にジョンは苦悶した。

どうにか機嫌を直してくれないものか…。

「何よ!妹、妹って!私はジョンの妹になった覚えないのに!ばかばかばかーぁ!」

そう言いながら癇癪を起こすリズを見て、ジョンは懐かしい気持ちに浸っていた。

昔は良くこんな風にリズは駄々を捏ねてたなぁ。

その時はどうやって機嫌を直していたっけ?

と思い返してみると、ハタと気がつく。

…そういえば、子供の頃はリズにちゅーをせがまれて、おでこやらほっぺやらにしてたっけ…。

その事を思い出した途端、今更気にする事でも無かったかぁと納得するジョン。

しかし、子供の時とは違うしなぁ。

と考えた末、ジョンは1つの結論に辿り着いた。

そして。

「リズ」

「何よ…っ!」

ジョンは自身の手に収まっていた、リズの両手の甲にそれぞれ口付けをした。

「…これで、許して?」

苦笑しながらリズを見るジョン。

そして、リズはと言うとジョンの予想外の行動に目を見開いて固まってしまった。

そして、徐々に恥ずかしさが込み上げてくる。

下手に、おでこや頰にされるよりも恥ずかしい。

一体全体、ジョンは何処でこんな技を覚えて来たのか…!

信じられない思いでリズはわなわなと震えた。

「ぅ…も、もぉ良い!」

一刻も早くジョンから離れるべく、リズはジョンの手を振り払う。

真っ赤に染め上げられた顔を落ち着かせるため、リズは両手で顔を覆った。

すると、ジョンがリズの顔を覗き込みながら言った。

「それって、許してくれるって事?」

とにかくリズの機嫌を直し、パーカーからのお叱りを回避したい事が透けて見えるジョン。

その事に腹が立つものの予想以上の反撃を食らってしまったために、リズは恥ずかしさと苛立ちを隠すために、指の隙間から顔を覗かせて答えた。

「……ばかぁ」

その瞬間。

ジョンの胸の奥の奥で、何かが動いた。

リズに対しては覚えのない感覚に対し、不思議に思い首を傾げるジョン。

そうしている間に、リズはとっとと帰路を辿って行ってしまっている。

一体、自分に何が起こったのか?

首を捻り続けるジョンが自分の後を付いて来ていない事に気がつき、リズがジョンを呼ぶ。

その声で我に返ったジョンはリズと肩を並べて、家へ帰る事になるのだった。

覚えのない感覚と、ネッドの言葉が何故か浮かんできて、ジョンは始終首を傾げるのであった。




第11話 完

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