86.第11話 5部目 雇われ者の談論会
今後も同じだけの収入が見込めるかは、パーカーたちの働き次第ではあるが、面倒ごとを避けるためにも一定の賃金を支払って行くようにしたいものである。
その為には、最初から大きい報酬を割り当てるのは危険だ。
「そうだね。なら、半分の銀貨5枚ならどう?店の無い今のウェルスで暮らすなら、十分だと思うけど…」
「…まぁ、ジョンやリズの事もあるし、上限としては十分か?」
何もパーカーにだけ技術料を支払うわけではない。
ジョンやヘクター、ケイにも支払わなければならないのだ。
パーカーの技術料を上限にしたのは、パーカーより技術の劣るジョンたちに支払う技術料を決める為である。
「ジョンさんたちには、銀貨3枚でどうかな?」
「銀貨2枚分パーカーより安く、か…。なら、リズはどうする?」
リズは目出度くもウェルス村の一員として、迎え入れられた。
そして、パーカーたち同じく社会制の生活を送って貰わなければならない。
しかしリズはパーカーたちと違い、外から金を稼いで来たわけではない。
村が買った布を縫製し、それを村人に還元しただけである。
そして、これからも暫くの間は同じ形態が続くだろう。
村が買ったもので服を作っているのだから、報酬を支払う必要は無い。
…と言うのは可笑しな話だ。
リズは現物支給という形で村に貢献してくれている。
それに対して技術料を支払って然るべきだ。
しかし、ジョンたちとは技術の種類が違う上、外から金を稼いでいるわけでは無いという点から、若干劣る技術料を支払う形になるだろう。
「うーん…リズさんは銀貨2枚、かな?」
「そうだな…。それくらいが限度か…」
リズにはいずれ店を構え、自力で材料を買って貰い、商売して貰いたいものだ。
鉄製品の道具と比べ収入は少ないだろうが、確実に人が欲しがるものだからだ。
どんなに服に興味がなくとも、着られなくなったら買わざるを得ないのだし、一定数の収入は見込めるだろう。
ただ、そうなるには村からの支援が必要不可欠である。
いざ店を構える段階になったら、村から幾らか金を貸し出す事になるだろうし、そう言った事態に備えて財産は増やしていかなければ…。
まぁ、それはともかくとして、これでパーカーたちに支払うべき賃金が出揃った。
纏めると、パーカーには技術料が銀貨5枚に食費で銅貨67枚。
ジョンら3人には、技術料が銀貨3枚に食費を加える。
リズには、技術料が銀貨2枚。同じく食費を加える。
これらを全て合わせると…。
「全部合わせて、銀貨19枚と銅貨35枚か…」
「残りは、銀貨10枚と銅貨7枚だね」
売り上げの2割が経費と人件費に投入されることが分かった。
しかし、残りの銀貨10枚分は、最終的な売り上げが未知数な打刀の対応に当てられる事になる為、実質残りは銅貨7枚である。
…うん。
大体予想通りの、かつかつぶりである。
尤も、パーカーたちにそれなりの賃金が渡せる事に安堵出来る。
これで、まともな賃金も渡せない状況だったら、どうしようかと思っていた所だ。
パーカーたちには明日にでも、この割り振った賃金を渡す事になる。
これで納得してくれれば良いのだが…。
もっと言えば、これを励みに頑張ってくれると有難い。
あとは親父さんが少しでも口八丁である事を祈るしか無いな。
翌日。
パーカー、ジョン、ヘクター、ケイ、リズのグレイスフォレストからの移住者たちが一同に会す。
場所はパーカーが使っている家である。
「さて、お前ら、ネッドさんをどう思う!?」
一番最初に口を開いたのはパーカーである。
曖昧な質問に顔を見合す若者たち。
誰から話すかを目で相談しあっているようだ。
結局、ジョンに視線が集中したため、ジョンが最初に質問に答えた。
「俺は今回の事でネッドさんは、やっぱり信用出来る人だと思ったよ」
ネッドを尊敬する第一人者としてか、ジョンは堂々と言った。
今回の事とは、エヴァンに打刀を預ける際にネッドが取った行動や、賃金を正当に分配した事に対してである。
思い切った判断を下し、よそ者であるパーカーたちに正当な評価を下す、ウェルス村の若き村長。
そして、その若き村長の下に着く事に疑問を持っていないか?と言う事を確かめるために、パーカーが若者たちを集めたのである。
そして、ジョンは相変わらずネッドを高く評価しているようだ。
それに対し密かに嫉妬しているリズを、ヘクターとケイが横目で見ながら2人も続いて答える。
「そりゃあ、俺だって同じだ!」
「僕も」
ジョンの答えに同意するのを見て、パーカーは満足そうに何度も深く頷く。
「そうだろう、そうだろう!俺ぁ、最初の取引の内容聞いた時から、こりゃ只モンじゃねぇと思ってたのよ!目先の欲に捉われず、先を見据えてあんな提案出来る男ってのは、出来た奴に決まってんだ!」
自分の目利きは間違ってなかったとばかりに、パーカーは鼻高々にネッドと初対面した時を話題に上げた。
すると、それを聞いたジョンは苦笑しながら当時の事を振り返る。
「俺は、あの時の父さんは、てっきりネッドさんの提案に腹を立てて、黙り込んだのかと思って冷や冷やしてたよ」
「あにぃ?んな訳ねぇだろ!俺ぁ、あん時から誰を送り込もうか、考えてたんだ!」
「うんうん。それで第一人者が俺だった訳でしょ。帰りの馬車の中で直ぐに言われたから知ってるよ」
「馬鹿真面目のロイドと、駄々っ子のフィリップには任せられんからな!」
「ロイド兄さんはともかく、フィリップ兄さんを駄々っ子って呼べるのは父さんだけだよ」
親子揃って中々に酷い事を言い合っている中、ヘクターとケイは慣れた様子で黙りこくって事態を見守っている。
暫く言い合いを続けた後で、ここまで一言も喋っていないリズに気が付き、ジョンが声をかけた。
「リズは、まだネッドさんの事は嫌い?」
すると、リズは複雑そうな顔をして目を泳がせた。
初日の印象がお互いに最悪だった事もあり、今だにリズとネッドの間には微妙な空気が流れている。
しかし、今回、ネッドはリズにも正当な報酬を支払ってきたのだ。
不仲な関係だから、てっきりリズには何も分けられないだろうと思っていただけに、賃金だと言って金を渡されたのには驚いた。
その上、入村を許可され、次の仕事まで割り当てられたため、ネッドに苦手意識を持っていたリズからすると、より複雑だ。
まるで、自分だけがネッドを苦手に思っている事が、皆に子供だと言われているようで。
「…わ、悪い人では無いと思うけど……」
それでも、苦手意識は直ぐにどうこうなるものではない。
今のリズにはこの評価が精一杯だ。
「そう思ってくれたなら良かった。これから俺たちを引っ張って行ってくれる人だからね!きっとリズも、そのうちネッドさんの良さに気がついて、好きになるよ!」
リズのネッドに対する意識の変化を喜ぶジョンだったが、目を輝かせてネッドを賛美する言葉を口にしたため、一気にリズの機嫌を損ねる。
「ふーん!あっそう!やっぱり、ネッドさん嫌い!!」
「え?何で?今、悪い人じゃないって…」
「悪い人じゃないとは言ったけど、嫌いじゃないとは言ってないっ!」
「えぇ…?」
リズが機嫌を悪くしたのを見て、ジョンは理解出来ずに大量の疑問符を頭の周りに浮かべた。
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