80.第10話 5部目 陥落の経験者

翌日。

「ネッドさん。リズの滞在を許して下さって、ありがとうございます。リズ、凄く喜んでてやる気も十分みたいです」

木炭を作っていたネッドにジョンが笑って言った。

「あー…一時凌ぎだがな」

リズは入村を許可されたのではなく、1ヶ月の滞在を許されたのである。

その1ヶ月の間に成果を上げ、入村させるに値するかを見極めるのだ。

課題はアメリアとテオの服の縫製。

どうせ縫製させるならアメリアとテオの分だと考えていたネッドは、テオから驚かれた事に驚いた。

大人2人分と言う単語から、アメリアとネッドの分だろうと思っていたらしい。

だが、ネッド自身はそんなに服に困ってない。

と言うより、着られれば構わない程度の関心しかないので、服には無頓着なのである。

尤も、現在ネッドが着ている服は既にボロボロなのだが…。

「十分です。1ヶ月もここで暮らしてたら、リズは根を上げると思いますし、これ以上にネッドさんを困らせることは無いんじゃないかなと…」

現実を分からせればリズが引き下がるだろうと、ジョンは思っている様だ。

実際、ウェルスでの暮らしは生易しくない。

町で暮らしていたお嬢さんのリズには辛いものとなるだろう。

しかし、ネッドもジョンと同じ事を思っていたが、その考えはあの時のやり取りで変わったのだ。

リズの技術を活かせない現状を突き付ければ、リズも諦めて町へ帰るだろうと踏んでいたネッドであったが、

どうしても村に住みたい。ジョンと一緒に居たい。と引き下がらないリズを見て、並大抵な想いではない事を理解した。

その中でも、ネッドにはアメリアからの懇願が一番効いた。

「…それより、お前、大丈夫なのか?」

「え?大丈夫って…何がです?」

唐突に心配する様子を見せたネッドにジョンは首を傾げた。

質問の意図が分からない様子を見せられ、ネッドは言い辛そうにしながら質問を掘り下げた。

「同居してんだろ?パーカーと…リズと…」

「あぁー!なーんだ、その事ですかー。大丈夫も何も、グレイスフォレストでは時々家に泊まりに来てましたし変わらないですよ」

昨日の夜からジョンはパーカーに割り当てられた家に移り住んでいる。

何故なら、リズが1ヶ月の間に滞在する家がパーカーの家だからだ。

使える家が余っていない訳ではないが、1ヶ月後、リズの身の振り方がどうなるか分からないため、一人暮らしのパーカーの家に泊まって貰う事になったのだ。

しかし幾ら知り合いとは言え、年頃の娘と中年男の2人だけで暮らすとなると、あらゆる問題が生じる。

その為、ジョンが一緒に暮らす事でリズの不安要素を少しでも減らそうと言う試みなのだ。

…表向きは。

実際には、リズがジョンとの同居を強く望み、それらしい理由を付けパーカーが呼び出した形になる。

どうやらパーカーはリズの味方らしく、ジョンの嫁にするには理想的だとも言ったのだ。

何故なら、快適な暮らしを送ることが出来る町を捨て、貧困な暮らしを強いられる村に、ジョンが居るからと言う理由だけで乗り込んできた、根性の据わった娘だから、だ。

更には昔からジョンを一途に追いかけていることも好得点。

以上の理由からジョンは実の父親と、幼馴染の女の子に結婚を迫られる環境に身を置く事になったのであった。

勿論、そんな事になってるなんて事をジョンは知らない。

そして、その事情を知っているネッドからすると、完全に包囲されたジョンが気の毒なのだ。

「昔から、リズは両親と折り合いが悪いみたいで、しょっちゅう家を飛び出しては家に逃げ込んできてましたから、もう半分家族みたいなもんです」

気楽に笑うジョンだが、ジョンが言うリズの家庭事情もネッドには違って聞こえた。

何故ならリズは両親を説得した上でウェルスに来たからだ。

本人の口からは聞かなかったが、エヴァンが言うには家族との関係は悪くないらしい。

むしろ、4姉妹の末っ子であるリズは猫可愛がりされており、姉3人からはジョンとの事を応援されてるとの事。

リズの両親は病的な恋心を持つ娘に、追いかけられるジョンを気の毒に思っているらしい。

ただ、リズの想いが叶うなら頑張ってみなさい。と言う立場だとか。

ともかく、リズは各方面から応援される状態でウェルスへ来たのだ。

そんな愛され娘が両親との折り合いが悪いなんて事はあり得ない。

つまりは、嘘を口実にスミス家へ入り込んでいたに違いないと、思うネッドである。

「家族ねぇ…」

「はい。だからリズの事は心配しなくても大丈夫ですよ。妹に手を出すなんて事しませんから」

ネッドが心配しているのはリズではなくジョンなのだが…。

本当の家族計画に巻き込まれている事に、気がついていないジョンが哀れで仕方がない。

しかも、ジョンが妹には手を出さないと明言した事が余計に心配である。

妹と言っても、妹分と言うだけの他人なのだから。

ネッドは溜息を吐き出しながら、姿勢を整える為に立ち上がった。

「…妹分だと思って甘く見てると、直ぐに堕とされるぞ」

「え…?」

唐突な言葉にジョンは怪訝な声を出す。

ネッドの言葉の意味を理解していない様子のジョンを見て、ネッドはフッと笑う。

「……経験者からの忠告だ」

そう言い残し、ネッドは木材を取りに小屋へ歩いていく。

ネッドの言葉を理解しようと、ジョンは何度も頭の中で同じ言葉を繰り返したが、結局ジョンには意味が分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る