79.第10話 4部目 妥協
エヴァンは苦笑しながら答えた。
「そうですなぁ…まぁ、ざっと銀貨1枚以上…と言ったところでしょう」
「え!?どうして、そんなに掛かるの!?」
エヴァンの答えを聞いて何故かリズが驚きの声を上げ立ち上がった。
服飾屋のお嬢さんじゃなかったのか?
「リズお嬢さん。この村の今の総人口は14人ほどになります。ただ、パーカーさんたちは来たばかりですから、頭数から外します。なので、10人分の布が必要になるわけですが…布もピンからキリまであるのは、リズお嬢さんの方がよくご存知のはず。その中でも一番安い布、それも上着のみを作るつもりで、10人分の布の料金が、大体それくらい掛かるって事です」
丁寧にエヴァンが説明したが、リズの表情から驚きが消えることはなかった。
「じゅ、10人?ど、何処にそんな人たちが居るの!?」
無自覚に失礼な事を言っているリズに対し、親父さんは顔を引きつらせながら説明した。
「俺たち以外は、全員年寄りで病気で家に篭ってる。その中でも病気でもなくマトモに動いてんのは1人だけだ」
「そ、そうなの…ですか…」
親父さんをまた怒らせたことに気がついたらしく、リズはすとんと椅子に座る。
そうして沈みかけていたリズが、何か思い立ったのか唐突に顔を上げて口を開いた。
「な、なら!せめて、村長さんたちの分だけでも作れれば…!」
その発言から何としてでも村に住み着きたいと言う意思が、ヒシヒシ伝わってくるが…。
「3人分となると、銅貨64枚ですなぁ」
空かさずエヴァンが料金を弾き出すと、リズは再びガックリと項垂れた。
思っていた通り、3人分まで減らしても出ないものは出ないのだ。
銅貨32枚しか無い貧乏村には、まだお針子の存在は早かったかぁ。
欲しい人材では有ったが、活かせないのでは置いておく理由がない。
そんな風に突き放すような考えを巡らせていると、俯くリズの前髪の隙間から雫が一粒、二粒と落ちるのが見えた。
「ひっぅ…ど、どぉしても…置いてっ、貰えっ、ないですかぁ…っ?」
嗚咽混じりに聞こえてくる言葉に男たちは固まってしまった。
リズはもの凄く悲痛に泣くので、かなり心が痛む。
「あらあらあら…リズちゃん…」
見かねたお袋さんがリズの頭を撫でて慰めていると、リズは堪らずお袋さんに抱きついて泣きじゃくった。
「ふっぐぅ…アメリアさぁん…。わっ私ぃ、ジョンとっ、く暮らしたくてっ…ずっと…ずっとぉ好きで…やっと…っ」
「うんうん…。リズちゃんの気持ち、すごぉく分かるわ。好きな人と離れるのは嫌よねぇ…」
不安を優しく受け止めるお袋さんに、リズは遠慮なく甘えている。
今日会ったばかりだと言うのに、こうまで馴染むとは思わなかった。
すると、お袋さんはリズを慰めながら、親父さんを見る。
「ねぇ、ネッド…」
それしか言わなかったが、お袋さんの言わんとする事は目を見れば分かった。
“何とか”ならないか?と言う事だろう。
そして、親父さんはお袋さんのこの目に非常に弱い。
お袋さん自身が自覚してるかは分からないが、かなり親父さんを困らせる。
「~~っ……っ!」
言葉にならない呻きを上げながら親父さんは苦悩している。
頭を抱えて考え込む親父さん。
リズに同情して悲しそうな顔をするお袋さん。
お袋さんの腕の中で泣きじゃくるリズ。
面倒な状況に巻き込まれてしまい苦笑するエヴァン。
この状況を打破するには、何か別の道を探す必要が有りそうだ。
僕は台所にある藁籠に目をやる。
…うん。大丈夫な筈だ。
頭を抱える親父さんの裾を引っ張ると、顔を顰めた親父さんと目が合い、それとほぼ同時に僕は藁籠をじっと見つめる。
僕が見つめる先を親父さんが視線で追いかけ、同じように藁籠をじっと見つめ、暫くの間藁籠の中身を考える。
そして、藁籠の中身に気がついた時、親父さんは僕の心意を確かめるように、そっと見つめた。
僕がそっと笑い、親父さんの背中を押すと溜息を吐いて口を開く。
「あー…エヴァン、布と麦の交換は可能か?」
「え?えぇ、まぁ…今でも塩は麦と交換してますし…同じ事は出来るかと…」
「なら、大人2人分の布を買う。幾ら掛かるか出してくれ」
親父さんがそう言うと、泣きじゃくっていたリズの嗚咽が治っていった。
そして、お袋さんが嬉しそうに微笑んでいる。
「…布だけなら銅貨46枚と言った所ですな。ですが、縫い針や糸はどうされます?」
「そっ、それなら、私、持ってます…!」
エヴァンの杞憂を聞いたリズが慌てた様子で声を上げた。
自身の服を修繕する用や、新しい服を作るために縫い針や糸は持ち込んできたらしい。
布までは手が届かなかった様だが、恐らく最初からウェルスの資金に頼るつもりだったのだろう。
強かなんだか、抜けているんだか。
ともかく、ウェルスから出す材料費は、銅貨46枚で済む様だ。
しかし、手持ちの銅貨32枚だけでは当然足りない。
そのために麦を持ち出すのだ。足りない14枚分を麦で賄う。
「なら、麦5kgと銅貨31枚で足りるな?」
「えぇっと…」
親父さんがパッと料金計算をし確認すると、エヴァンは戸惑った様子で計算し始めた。
麦1kg辺り、大凡銅貨3枚になるため、5kg分もあれば銅貨15枚が賄える。
そこに手持ちの銅貨を31枚足せば、事足りる。と言う事だ。
尤も、これで手持ちの銅貨は1枚だけになってしまうのだが…。
もはや、貧乏なんて言えない程の財政難である。
「…はい、確かに。それでしたら、問題なく大人2人分の布が買えますな」
「なら、ここにあるのを持ってけ。大体5kgあるだろ」
エヴァンが計算し終わると同時に親父さんは、台所にあった藁籠を机の上にどさりと置く。
そして、蓋を開け、中にある麦をエヴァンと覗き込んだ。
麦の量を確認したエヴァンは、驚いた様子で椅子に座った。
「えぇ、確かに…。し、しかし、驚きました。旦那さんが、こんなにも計算がお得意だとは…」
「あぁ?…まぁ、ちょっとな」
歯切れの悪い返事をする親父さんを不思議そうに見るエヴァンとリズ。
僕とお袋さんは事態の解決に目処がついた事に安堵するのであった。
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