78.第10話 3部目 貧乏村

今、君の目の前に居る人こそが、君が会いたい人なのだが…。

それに話さないと言いつつ、来訪目的を丸っと答えてしまっている。

「あぁ、そうかよ…」

「そうよっ!さぁ、私を村長さんの所まで連れて行って!」

「その必要はねぇよ」

「…え?」

意気揚々と言うリズの出鼻を挫く様に、親父さんは必要ないと断言する。

それを聞いたエヴァンが、パッと顔色を明るくさせた。

「その言い方…もしや、遂に…?」

エヴァンの期待の視線を受け、親父さんはため息を吐く。

「……まぁな。おばばも任せてたつもりだったんだとよ」

「ほお!あの方が仰るなら間違いない!おめでとうございます!ミラー村長っ!」

「…何も目出度くねぇよ……」

重大な責務を負わされている事を嫌と思っているのか、親父さんは渋い顔をしてエヴァンの祝福を受け取った。

2人の会話を聞いていたリズは、目の前にいる人物が村長であることに気がつき顔面蒼白となる。

「なっ……わっ、私を試したの…!?」

「試すだぁ?馬鹿言ってんじゃねぇ。お前が、自己紹介の隙も与えずに責め立てて来たんだろうが」

「うぅ…」

正論で返されたリズは身を縮こまらせる。

その様子を見て、親父さんは溜息を吐いた後、自分と僕たちを紹介してくれた。

「はぁ…俺はネッド・ミラー。こっちは女房のアメリア。で、息子のテオだ」

「ふふっ。改めて、よろしくね」

「よろしくお願いします」

と、挨拶をするとリズと目が合った。

落ち込んで暗い目をしていた筈なのに、目が合った瞬間に色彩が戻っていく。

そして、次の瞬間。

「かっ…か~わい~いっ!!」

「ぐえっ」

お袋さん以外の女性に思い切り抱きしめられるとは思いもしなかった。

それも、首回りをガッチリ締められている。

どうして、こうも抱きしめられると首が締まるんだ…っ。

「あらっ。うふふっ、可愛いでしょう?私たちの息子なのよぉ」

「はいっ!すっごく可愛いですぅっ」

女性陣は僕の首が締まっていることに気が付く事なく会話を続ける。

「はぁー…。私もジョンと、こんな可愛い子を…きゃあーっ」

「ふふっ。リズちゃんとジョンくんの子なら、きっと可愛いわぁ」

「やっぱり、そう思います!?私、何が何でもジョンのお嫁さんになります!」

「ふふっ、頑張って。応援してるわぁ」

このままでは7歳になる前に、本当に神の子として召されてしまう。

「ジョンとどうこうする前に、テオをどうこうするつもりか?テオを離して席に戻れ」

ぴしゃりと親父さんが注意すると、リズは急いで僕を離し、席に戻った。

村長と言う肩書きの効力がこんな場面で初めて発揮する事になるとは…。

ともかく、召されずに済んで助かった。

僕は締め付けられた首を摩りながら、事の行く末を見守った。

「…で、ウェルスに住みたいって事だったな?」

「は、はい…」

緊張した面持ちでリズは親父さんと対面している。

まるで入社試験の面接の様だ。

「ジョンから聞くには、お前は服飾屋の娘らしいな」

親父さんがジョンから聞いたリズの経歴を確認すると、リズは強張っていた表情を崩し、明るい調子で答えた。

「はい!お針子修行も終えたし、自分で服も作れます!今着てるのだって、自分で縫ったんですっ!」

そう言って、リズは自分が着ている赤いワンピースを見せるべく、立ち上がりってその場でくるりと一回転して魅せた。

その顔には自信に満ち溢れている。

密かにお袋さんが拍手を贈ったため、リズにより自信を与えたのだろう。

しかし…衣食住の衣が足りないと思っていた所に、都合よくお針子が来訪するとは!

これは、是非とも定住して貰い、縫製して貰いたいものだ。

だが、リズを受け入れる上で1つ問題がある。

「そうか。だが、今のウェルスにお前を受け入れるだけの余裕はない」

リズの自己アピールを聞いてから、親父さんは入村を拒否した。

てっきり、入村を歓迎されると思っていたのだろう。

リズは意外そうに素っ頓狂な声を上げた。

「えっ!?ど、どうして!?…ですか?」

リズの必死な問いを聞き、親父さんは神妙な顔つきで答えた。

「…金が無い」

「…はぁ?」

切実な答えを絞り出した親父さんに対して、リズは理解出来ないと言いたげに眉を顰めた。

そう。現在、ウェルス村にある全財産は僅か銅貨32枚。

エヴァンから牛乳を仕入れる際、まだ54枚あった銅貨の内、22枚を使ってしまったのだ。

たかが牛乳で、どうしてそれだけ掛かるか?と言うと…。

内訳はこうだ。


・牛乳5L 銅貨7枚

・運搬費  銅貨15枚

合計 銅貨22枚


仕入れたものがナマモノだった事や、量の関係で運搬費が馬鹿にならなかったのである。

かと言って、牛乳を少量仕入れることが出来るか?と言うとそうじゃ無い。

20人前ほどのクッキーを作る上で必要な牛乳は大凡100g。

本当なら、その分だけ欲しいと言いたい所である。

しかし、100g程度の牛乳では銅貨1枚にも満たないのだ。

更に言えば、それを配達して貰うだけでも、かなり運搬費が掛かる。

時期が冬と言う事も大きく関係しているのだろう。

最低でも運搬費で銅貨10枚は掛かる。

それでは、運搬費だけで足が出てしまう上に、エヴァンの儲けがほぼ無い。

故に、5Lもの牛乳を仕入れることになってしまったのだ。

ちなみに、既にその牛乳は無い。

クッキー用に消費する以外の消費方法が、村人全員で飲みきる、あるいは料理に大量に使う事だったからである。

いくら冬場であっても、何日も置いておけるものでも無い。

なので、5Lの牛乳は1週間もしない内に消費しきった上、村人全員をほんの少しの幸せに浸らせてくれたのみである。

「エヴァン。村人全員の衣服を賄うのに、どれだけ掛かる?」

親父さんは苦い顔をしながら、試しにエヴァンに費用を聞く。

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