77.第10話 2部目 可憐な恋する乙女

「えぇ?違いますよー。リズは妹みたいなもんです。多分、今日も兄貴分の俺たちが町に居ないから、会いに来ちゃったんじゃないかなぁと」

ジョンがそう言った瞬間、あからさまにリズの肩ががっくりと落ち込む。

そのリズの様子とジョンの言い分を聞いて、ネッドは直ぐに事情を理解した。

あぁ…片思い拗らせて、ここまで追いかけて来たのか…。

そう分かった途端、先ほどのリズの暴走も少しは許せる気がした。

それにしても、ジョンの鈍感ぶりには呆れてモノも言えない。

そんなネッドの気持ちを汲み取ったのか、遠目から見ていたヘクターとケイが目で訴えかけて来る。

その目には同情と呆れの感情が入り混じっていた。

どうやら、ジョンのリズに対する鈍感っぷりは、どうしようもないほどに酷い様だ。

恐らく、これまでにもヘクターやケイから、リズの気持ちを仄めかされたにも関わらず、ジョンはそれを華麗に流してしまっていたのだろう。

あるいは、リズの態度や言動も、妹としての独占欲故のものと思い込んでいる。

そして、それをジョンは喜んでいるのだろう。尤も、兄という立場で、だが…。

初対面のネッドにすら分かる程にリズの気持ちはバレバレなのに、肝心のジョンには1つも伝わっていない状況は同情を禁じ得なかった。

その後、エヴァンが遅れて到着し、疲労困憊したネッドを見て察したのか、ネッドを労う。

ジョンたちには、炉の作成を引き続きして貰う事にし、ネッドはリズとエヴァンを連れてミラー宅へ一度帰る事になった。




暖炉の熱で温まった部屋の中で、僕は次にするべき事を考えていた。

少ないものの、こんなに早くに人手を得られた事は僥倖だった。

そのおかげで、たたら製鉄や鍛治を運用出来る様になるのだから。

だが、問題はまだまだ山積みだ。

今の所、ウェルス村に足りていないのは、衣食住の衣の部分だ。

食料は代わり映えしない食卓が続いているから、これも目下の課題になる。

住居は幸いな事に、先住民たちが建てたものを修繕する事で何とか使えている。

だが、衣服に至っては如何しようも無いのだ。

動物の皮を鞣して服にする事は出来るだろうが、村人全員の物となると相当な労力が必要になる。

そのため、今の所は小動物を狩ってきた際には、その皮を袋にする程度に留めている。

尤も、エヴァンから購入した巻き糸の残りで、開けた穴同士を繋げているだけのものだ。

とてもじゃないが、良い品とは言えない。

となると、その手の技術者が欲しい所なのだが…来たとしても問題がある。

それは…。

「誰が、お前みたいな女に手を出すかっ!いい加減に誤解しか吐き出さない、その口を少しでも閉じろ!」

「酷い…!こんな可憐な乙女にそんな暴言吐くなんて…!ジョンとは大違いねっ!私だってジョンが居なかったら、こんなとこ来てないわよっ!」

…んん?

何やら、俄かに外が騒がしい。

口喧嘩の片方は親父さんの様だが…何故、若い娘さんの声が?

疑問に思い、玄関先に視線を向けると、大きく扉が開け放たれた。

「帰った!」

いつも以上に額に血管を浮き上がらせ、険しい顔をした親父さんが入ってきた。

「…お帰りなさい。どうしたの?何の騒ぎ?」

「招かざる客だ」

うんざりとした様子で言う親父さんの背後から、やけに身なりの整ったお嬢さんが顔を見せた。

「何よっ!その紹介は!…はっ!やっぱり、あなた、私とジョンの仲を裂くつもりね…!?そうはいかな…」

「ああああああ!煩せぇ!!マトモに話をするつもりがないなら、ここで帰れ!!こっちは、お前に来て欲しいなんて一言も言ってないんだからな!」

…これは驚いた。親父さんをここまで怒らせる人物が居るとは。

何だかんだで、ジョンたちとは上手くやっていたし、ここまで怒る様な事無かったから新鮮である。

一体、このお嬢さんは何者だろう?

会話の内容から察するに、ジョンと知り合いの様だが…ジョンの恋人だろうか?

不思議に思っていると、お嬢さんが急に黙りこんだ。

先程までの勢いは何処へやら?

と、思っていると…。

「なっ、何よ…っ。私の気持ちなんて知らないくせにぃぃぃぃい…っ。ひぐっうぐっ…」

ボロボロと大粒の涙を流し、嗚咽混じりに泣き出してしまった。

これには怒鳴りつけた親父さんも及び腰になっている。

事情も分からないまま、泣き出されては困る以外にない。

どうしたものか…。

「あらあら、どうしたの?…まぁまぁ。そんなに泣かないで…大きな目が腫れちゃうわぁ。ほらほら、涙を拭きましょう?」

「ひうぅ…」

泣き声を聞きつけたお袋さんの登場で、何とかその場は凌ぐ事が出来た。

謎のお嬢さんはお袋さんと目を合わせて、何やら話し込んでいる。

どうやら、落ち着く様に説得しているらしい。

その間に、疲弊しきった親父さんが家の中に入り、僕の前の椅子にドカリと座り込んだ。

「…あの子、誰?」

「あー…リズって言う奴だ。グレイスフォレストから、ジョンを追いかけて来たらしい…」

「ジョンさんの恋人?」

「いや…リズの片想い」

「そっかぁ…」

大体の事情は飲み込めたが、一体全体、どうしてここまで親父さんの沸点を突いたのか…。

それを親父さんに聞くのは、今は止めておこう。かなりお疲れの様だ。

その後、リズが泣き止むまで僕たちは静かに過ごした。

リズを下手に刺激しないためである。

その間、お袋さんが慰め役を買って出てくれたのには助かった。

「ー…もう大丈夫ね?」

「っひぅ…はい…」

まだリズの目から溢れ出る涙を拭いながら、お袋さんは微笑む。

「ここでは、誰もあなたの事も、あなたの好きな人も脅かしたりしないから、安心して。ね?」

「…はい」

数十分後、リズはようやっと泣き止んだ。

そして、僕はリズに席を譲り、親父さんの隣に立つ。

リズが泣き出した直後に、家に招いたエヴァンが今はリズの隣に座っている状況だ。

「ー…で。お前は一体、何故ここに来た?」

頬杖をついて呆れた様子の親父さんは、リズに問う。

すると、リズはキッと親父さんを睨みつけた。

「…何で、あなたに話さなきゃいけないの?村長さんを呼んでよ!私はここに住むの!直談判するんだからっ」

完全に親父さんを敵対視した目をするリズの言葉を聞き、僕やお袋さんは困って目を見合わせた。

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