76.第10話 1部目 荒ぶる美少女
寒冷荒ぶ真冬。
基本は暖冬とは言え、外に居れば体の芯から冷えるほどの気温が続いている。
その中、ジョンたち若い男を始めとした村人たちの手によって鍛冶場が完成した。
自分の作業場を得られた事に喜ぶパーカーだったが、鉄がない事には仕事が出来ないと駄々を捏ねるので、急ぎジョンたちもたたら製鉄を始める事になった。
たたら場での製鉄を経験したネッドが、記憶を頼りにジョンたちに作業説明をしていく。
「ー…これから、集めておいた粘土で炉を作る。大きさは、設置場所からはみ出ない程度に。炉の形は、ここに書いておいた。これで大体分かる筈だ」
そう言って、ネッドは炉の仕組みが書かれた羊皮紙をジョンに手渡した。
勿論、これを書いたのはテオであるが、ネッドはさも自分が書いたかの様に見せ掛ける。
ジョンたちは設計図を目を輝かせて、食い入る様に見ている。
「…それ見れば大体分かるだろうが…分からねぇ事が合ったら聞きに来い」
「~っ。はい!」
ネッドの言葉を聞き、率先してジョンが返事をした。
ようやっと製鉄出来る事に喜んでいるのか、ネッドの株が上がったからなのか。
尊敬の眼差しで見られているネッド自身は、もうどっちでも良い、と投げやりに思いながら、秋の間に集めておいた粘土の山の所へ向かう。
そして、水でふやかしながら、たたら炉を作り始めるのであった。
たたら炉を作り始めて数時間。
昼休憩を挟み、そろそろ作業を再開しようとネッドが立ち上がると、ジョンが声を掛けてきた。
「ネッドさん!ちょっと良いですか?」
「あぁ。何だ?」
「炉を作った後は、直ぐに製鉄を開始するんですか?」
ジョンはネッドから手渡された炉の設計図を見ながら言う。
設計図にそんな予定書き込まれていたか?と疑問に思ったネッドは、ジョンの手元にある設計図を覗き込んだ。
しかし、直ぐに製鉄を開始するとは何処にも書いていない。
単純にジョンが今後の予定を確認しておきたかっただけの様だ。
「…いや。炉は暫く放置して乾燥させる。その間に木炭を補充して…」
ネッドが言葉を続けようと、顔を上げたその瞬間。
「いやぁーっ!ジョンーーーーっ!!!」
突如、ウェルス村に女の悲鳴が響き渡る。
何事かと、ネッドとジョンは悲鳴がした方向へ視線を向けた。
すると、そこにはちゃんとした身なりの美少女が1人、悲壮感を漂わせて立って居たのだ。
「あぁ…?な、何だ…?」
困惑するネッド。
対して、ジョンは驚きすぎているのか無言で微動だにしない。
事態が飲み込めずにいると、美少女はネッドたちに向かって走ってきた!
そして、そのままジョンの胸に飛び込む。
「どうして…っ!?どうしてなの、ジョン!私が居なかったばっかりに、そんな…そんな、嘘でしょう!?まさか、私が居ない間に、あなたが男と関係を持ってしまうなんて…っ!!嘘と言ってーーっ!」
「……あぁああぁ!!!??」
突如現れた美少女はジョンに抱きついた上に、直ぐ側に居たネッドとの関係を疑う様な事を盛大に大声で口走った。
余りの発言に思考が遅れたネッドだったが、言葉の意味を理解した途端、身体中に寒気が駆け巡った。
「おい!誰と誰の事言ってんだ!?ま、まさか、俺と…こ、こいつ…」
悪寒を全身で体感しながら、ネッドは美少女の発言に苦言を呈した。
すると、謎の美少女はジョンの胸元から顔を上げ、キッとネッドを睨みつける。
「でも…私、負けないっ!あなたから、ジョンを取り戻してみせるんだから!ジョンの目を覚まさせるんだからーっ!!」
「きっ!気色悪い勘違いしてんじゃねぇっ!!」
明らかにネッドが拒否反応を見せているにも関わらず、目にも耳にも入っていないかの様に美少女は勘違いを暴走させ続ける。
「ちょっと!あなた、私のジョンに近付きすぎよ!あの木の辺りまで、離れて!」
「突然現れて何なんだ、お前は…っ!第一、俺とこいつは、ただ話してただけだ!お前の目は節穴か!?」
「!?わ、私のジョンと会話するつもりで居るの!?」
「人の話を聞け!俺と、こいつは、ただ今後の事を話してただけで…」
「そんな…ジョンとの未来を話し合うですって…!?」
「んな事言ってねぇ!!いい加減に、その気色悪い勘違いを止めろ!!」
「ふふふっ…良いわ。私とあなた!どちらが、よりジョンとの未来を素敵に描けるか勝負よ!私が勝ったら、あなたには身を引いて貰うんだから!!」
「こっ、こいつっ…!」
まるで話にならない相手を前にネッドは目の前が真っ赤になる感覚を味わった。
パーカーやジョンと言った、やたら喧しい人間とはまた違う面倒臭さに目が回りそうだ。
人の話を聞かず、完全に自分の世界に浸っているのが見て取れる。
こんな馬鹿相手に、どう対処しろと…!?
「…っつーか!ジョン!お前、いつまでボケッとしてるつもりだ!?お前の知り合いだろうが!何とかしろ!」
ネッドと謎の美少女との言い合いの最中、微動だにせず抱きつかれたまま無言だったジョン。
ネッドに怒鳴りつけられ、ようやっと我に返った様だ。
「…あっ。すみません、ネッドさん。久々にリズの暴走見たもんで、つい懐かしくて眺めちゃってました」
「んな悠長な…」
けろっと返事をするジョンの態度を見て、ネッドはトドメを刺されたかの様にぐったりと項垂れた。
「この子、昔から妄想癖が凄いんですよー。だから、見てて飽きないって言うか…」
「俺はうんざりだ…早く止めろ…っ」
「あ、でも、何故か俺の言う事は好意的に受け取ってくれるんで…」
と、ジョンが言ったと同時に、リズと呼ばれた美少女はジョンからパッと離れた。
そして、両手で顔を覆って、恥ずかしそうにモジモジし始める。
「はわわっ…ジョンが私に見惚れるなんてぇ…っ」
ジョンは見惚れたなんて言葉に該当する事は、一言も言っていないのだがリズは何やら嬉しそうに身を捩っている。
「ほら。何でか、嬉しそうでしょ?」
「……」
リズを指差しながら、ジョンは楽しそうに笑っている。
そんな光景を見て、ネッドは心の底から思う。
ー…グレイスフォレストの連中はこんなんばっかか…!?
口には出さないものの、パーカーやジョンに続いて、リズと言った濃い性格をした人間が来た事に辟易するネッドだった。
照れるリズを横目にジョンが平然とリズを紹介する。
「この子はリズ。グレイスフォレストにある、服飾屋【ベリー・ベリー】の末娘で、俺たち3人と幼馴染の女の子です。歳は俺たちの中で一番下です」
「…で、お前の恋人か?」
ジョンの紹介の後でネッドが言った言葉で、リズの肩が飛び跳ねた。
たまたま、飛び跳ねるのが目に入ったネッドは怪訝に思ったが、その反応の理由は直ぐに分かった。
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