75.第9話 6部目 成長

「…結局の所、それは俺に丸投げするって事か?」

疑惑の目でおばばを睨みつけるネッド。

すると、おばばはきょとんとして言った。

「おや。あんた、やっぱりテオの影響を受けて、抜け目なくなってるね」

どうやらネッドの予想は当たっていたらしい。

ここまでのおばばの言動から、意見を言うつもりがない事をネッドは見抜いたのだ。

その事に驚かれながら、あっさり認めたおばばにネッドは俄かに腹立たしくなる。

「このっ…糞ばばあ…っ」

悔しさで震えながら悪態を付くネッドを見て、楽しげに笑うおばば。

「ふん。誰が、こんな歳になってまで責任なんか負いたいもんか。若いモンで勝手に決めな!」

そう言って、おばばは藁籠編みの作業に戻ってしまった。

何にも変わらない状況を前に、ネッドは更に脱力し再び机に突っ伏す。

「…私ら年寄りはどうせ永くないんだよ。若いあんたが引っ張って行かないでどうすんのさ。あんたは、テオの生まれ故郷を潰したいのかい?そうじゃないなら、そろそろ腹ぁ括りな」

静かに伝えられたその言葉は、それまでの言葉のどれよりもスッとネッドに染み込む。

…結局の所、俺はアメリアとテオが笑ってさえ居れば、それで良いんだな。

おばばに指摘されたことが、正にそうだった事を自覚しネッドは自嘲してしまった。

そして、覚悟が決まる。

「分かった。勝手に決めろってんなら決めてやる。…後でごちゃごちゃ文句言うんじゃねぇぞ」

そう言いながら椅子から立ち上がり、扉の前で立ち止まったネッドの背中を見て、おばばはふっと笑う。

「何言ってんだよ。気に食わなかったら文句言うに決まってんじゃないか。そうならない様にすんのが、あんたの仕事だよ」

最後の最後で畳み掛けてきたおばばの言葉を聞き、ネッドはまたも溜息を吐く。

「…はぁ~。あぁ、そうかよ。言ってろ糞ばばあ」

「年寄りは口達者だからね。精々、言い包められない様にしな。糞がき」

「……あぁ」

言い合いの末ネッドは短く返事をして、おばばの家を後にした。

心の中で、礼を言いながら。




親父さんに提案をした翌日の晩。

話があるからと呼びつけられ、僕は親父さんの正面の椅子に座った。

その顔からは覚悟が伝わってきた。

…どうやら、決めた様だ。

今日の昼間は、建築現場ではなく村の年寄り達の家を回っていた様だが、そこで何かしら変化があったのかもしれない。

「テオ」

「うん。何?」

名前を呼ばれ、僕は思考の時間から引き戻された。

親父さんの顔を見つめながら、言葉を待つ。

「…これまでの方法から、新しいものに変える。その為にするべき事を……提案しろ」

何処となく辿々しかったものの、親父さんは答えを聞かせてくれた。

そして、案を出せ。と言ってくれた。

教えてくれ、ではない。

僕はそれが嬉しかった。

僕が教えて実行するのではない。僕は提案するだけで、決めるのは親父さん。

その図をこうも早く実現してくれるとは思っていなかっただけに、嬉しさは倍増だった。

「うんっ。頑張って考えるよ。父ちゃんも何か合ったら言ってね?」

「あー、結局、俺も考える事になるんだな…」

「必要だからねぇ」

決めるだけではない。

親父さん自体にも意見を持って貰わなければ。

僕がいなくても大丈夫な様に。

だが、その事ならもう既に出来てきているのだから、そんなに心配はしていない。

後は親父さんに自信とちょっとした慣れが備われば、立派な指導者が出来るだろう。

そして、僕と親父さんは新しいやり方をどの様にするか、話を詰められるだけ詰めていった。

「ー…まず、現状では完全な社会制に変える事は出来ないと思う」

「あぁ。それは俺も考えてた所だ。パーカーたちはともかく、年寄りたちに同じ事は求められないだろ?」

僕の意見に親父さんは直ぐさま同意した。

やっぱり、親父さんは少しずつ変わって来ている様に思える。

僕は続けた。

「うん。どうしたって、年寄りたちにパーカーさんたちと同じ事はさせられない。実質的にはパーカーさんたちにだけ、社会制を押し付ける事になるんじゃないかな」

ただ、ここで新たな問題が浮上する。

それは、パーカーたちの金の使い道だ。

現状、ウェルスには金を使うだけの店は無い。

となると、パーカーたちはただ金を溜め込んでいく事になるのだ。

あるいはエヴァンから何かを買うか。その2つに1つになるだろう。

しかし、それでは村の中で金が回らず、外に出て行くばかりで身にならない。

こう言った問題を孕む事になるのだが、親父さんは別の観点から意見を述べた。

「だが、テオ。食料の配給はどうするんだ?今までは、必要な分をパーカーたちにも分配して来たろ。それは今後も続けて行くのか?」

丁度、僕が問題の解決案として考えていた部分を親父さんが指摘してくるとは…実に都合が良い。

「それなんだけど…いっその事、パーカーさんたちには食料を買取って貰ったらどうかな?」

「…それはつまり、こっちから渡した賃金で食料を買わせるって事か?」

「その通り」

僕の提案を聞き、親父さんはううんと考え込む。

暫く考えた末に親父さんは口を開いた。

「…それじゃあ、そもそも賃金を渡す必要はあるのか?売り上げの一部を賃金として渡すんだろ?その後で、食料を分ける条件が金ってのは…結局、得をするのは俺たちだけにならないか?」

実に鋭い指摘だ。

親父さんの成長を感じられて、僕は益々嬉しくなる。

「意味はあるよ。賃金を渡す事で村長である父ちゃんと、職人であるパーカーさんたちの間に、確実な立場の違いが生まれる。雇う側と、雇われる側って言う立場に、ね」

「…そんなもん、必要になるのか?」

親父さんは却ってパーカーたちの間に溝が出来る事を懸念している様だ。

「必要になるよ。明確な序列って言うのは、大人数を纏め上げるのには、ね。その上で父ちゃんが変に忖度しなければ良いんだよ」

「……さっきから小難しい事ばっかり、簡単そうに言いやがって…っ」

僕の説得を聞いて、親父さんは拳を握りしめて怒りに打ち震える。

軽く殴られそう。

僕は慌てながら、今後のウェルス村の経済を回す段取りを説明する。

パーカーとジョンたちには社会制の生活を送って貰う。

グレイスフォレストで店を経営していたパーカーになら、受け入れられやすいだろう。

元々のウェルス村の住人たちには、これまでと変わらず暫くは共産制の生活を送って貰う。

ただし、今後は年寄りたちが生産したものが売れた場合は、そこから賃金とはいかないまでも、報酬として幾らかの金を渡す。

そうして徐々にウェルス村全体で、社会制の経済を回せる様にして行く。

いずれはウェルス村の中にも店を構える必要が出てくるだろう。

その先駆けとして、パーカーとジョンたちに鉄製の道具やらを作って貰うのだ。

上手い事、共産制から社会制に移り変われるかは分からない。

だが、上手い事行く様に頭を捻るのが、村長としての親父さんの役割だ。

そして、それを僕は補佐するだけ。

いずれは、僕の判断すら必要とされなくなるだろう。

是非ともそうなって貰いたい。

完全に親父さんが村長として自立したならば、ウェルス村は優秀な村長の元で発展して行くに違いないからだ。




第9話 完

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