74.第9話 5部目 おばば

テオが居なくなった後。

ネッドはぼやいた。

「…っとに…とことん、俺を利用しやがって…」

文句を言わないのを良い事に、テオはネッドを盾にしてやりたい放題だ。

それでウェルス村が、延いては自分たちの為になるなら、テオに利用される事も寛容に受け止めようと思っていた矢先の事だった。

まさか、自分が村の行く末を決める判断をテオから丸投げされるなんて、思っても見なかった。

その上、ネッドは村長になれるだけの器があるとテオは断言した。

信頼されているからこそ…と言う理由だけでは受け止めきれそうにない程に、重い役割である。

だが、それでもテオに対する感情が憎しみに変わる事はない。

苦笑した上で、ぶん殴ってやりたいと思う程度である。

「本当にねぇ…。昼間、ダールさんにあなたと話した事を話してるテオを見て、私も驚いたの。いつの間に、そんな話してたんだろうって…」

「してねぇよ。まんまと俺が考えてる事にしやがって…」

全ての重荷をネッドに押し付けて、自分は裏で暗躍するつもりなのだろう。

一体どこまで強かなんだか…。と言う感想を持つネッドとアメリアである。

「ねぇ、ネッド。テオが言うように、ウィルソンさんや、おばばに相談してみたら?」

幾らネッドが村の管理者をしているとはいえ、村全体に関わる問題をネッドだけで決めるのは流石に憚られる。

ならばテオの助言に従い、本来のウェルス村の住人に聞いてみるべきだろう。

その中でも、”おばば”と呼ばれた女性はネッドたちが来る前まで村を取り仕切っていた人物その人だ。

「…そうだな…。何にしても、話は通しておくべきだな」

アメリアの言葉に賛成し、ネッドは明日にも村人の家を周り今後を相談する事を決めたのであった。




翌日。

ネッドは各村人に意見を募った。

だが、ここまでに聞いてきた村人の全員が、ネッドとテオの判断に従うと返答した。

もっと正確に言えば、テオが言うなら間違い無いと言う理由からだった。

ネッドには、テオがパーカーたちに自分が転生者である事を告げない理由が、嫌という程に判ってしまった。

もしこれで、パーカーたちもテオが転生者であると知ったら、どちらを選んでも、反対意見は一切出ないのだろう。

テオはそれを恐れているのだ。全てをテオの判断に任せてしまう状況を。

正に今のネッドの様な事態に陥ることを…。

ネッドは深い溜息を吐きながら、最後の最後に回していたおばばの家の扉を叩く。

「開いてるよ。お入り」

扉の奥から聞こえてきた声に従い、ネッドは扉を開けた。

「おや。珍しい客だね」

「…嫌味か?」

「そう突っかかるんじゃないよ。あんたが、久々に顔を出したのは事実じゃないか」

椅子に座り藁籠を作っていた老婆が、ネッドを見てニヤリと笑いかける。

この老婆は、おばばの愛称で親しまれており、かつてはウェルス村を纏めていた。

そして、アメリアが出産する時に助産をした人物でもあり、テオを取り上げたその人である。

村の年寄りたちからも、ミラー一家からも一目置かれる女性なのだ。

ネッドは苦笑しながら溜息を吐き、おばばの正面にある椅子に腰をかけた。

「悪いな。こっちは、テオのお陰で忙しいんだ」

「あぁ。あの子は良くやってくれてる様だねぇ。神子を送り出してくれたティアナ様には感謝しなくちゃね。有難い事だよ」

テオを褒め称えるおばばを見て複雑に思いながらも、ネッドは本題を話し始めた。

これまでのやり方を変えようとしている事。

それによるメリットとデメリット。

ここに来るまでに散々した説明を終えて、ネッドは一息吐く。

「…おばばは、どう思う?」

「その様子じゃ、他の連中は賛成も反対もしなかったんだね」

おばばの言葉を聞き、ネッドは無言で頷いた。

消耗しきったネッドの様子を見れば、他の村人たちが更にネッドを悩ませる答えを出した事は、おばばには簡単に想像がついた。

藁籠を編む手を止めずにおばばは言う。

「どうせ、あんた達が決めた事に従うとでも言われたんだろう?」

「あぁ…」

「あんたはそれが嫌で嫌で仕方ないんだね」

「…あぁ…」

1つ1つ確かめるように聞いてくるおばばに、ネッドは素直に答えていく。

それは、孫が祖母に悩みを打ち明けるような光景だった。

「変な奴だねぇ」

「あぁ。もう少し考えて欲しいもんだ」

「連中の事じゃ無いよ。あんたの事さ」

「…は?」

思っても見なかった事を言われ、ネッドは面食らった。

「連中は何の文句も言ってないんだろう?なら、それに従ってあんた達の好きなようにすりゃ良いじゃないの」

「それは…」

出来ない。と答えそうになったが、ネッドはハッとおばばの言葉の意味を理解して口を噤んだ。

”普通”なら、村を取り仕切る人間がしたい事に反対意見が無いなら、悩む必要はない。

いや、反対意見が出たとしても、やりたいならやれば良い。

場を取り仕切る人間が言う事に従うのは、この世界では”普通”なのだから。

だと言うのに、ネッドは反対意見が出ない事に苦悩する。

それは、この世界の基準から言えば”変”なのだ。

自分の考えそのものが変わっている事に気がついたネッドは目を泳がせる。

それを見たおばばは、ふっと笑い口を開く。

「似てきたねぇ。やっぱり親子だからなのかねぇ」

「…は?」

「あんたとテオさ。まぁ、影響されてんのは、あんたの方だけどね」

的確なおばばの指摘にネッドはぐっと否定の言葉を飲み込む。

自分が変わっていく事に違和感を覚えるネッドに、おばばは言う。

「けど、私は悪い事だとは思わないさ。もう1人、テオ見たいな奴が居たって、ウェルスは助かるだけだからね。テオだって助かるだろうさ。それに、私はとっくにあんた達に村を任せていたつもりだったしねぇ」

からからと笑うおばばを見てネッドは脱力する。

「おばばまでそんな事言うのかよ…勘弁してくれ…」

すると、机に突っ伏したネッドの頭をおばばが思いっきり引っ叩く。

「ぃってぇ!」

「何、今更しおらしくしてんだい!あんたは元々、アメリアとテオの事だったら即断即決してた男だろ!今回の事も同じだよ。あの2人が、この村で生きていく上で何が最善か考えりゃ良いんだよ。どうせ何処まで行っても、あんたはアメリアとテオ以外を、それ以上に大事に想える男じゃないんだからね」

「随分な言い草だな…」

まるで、妻と息子以外はどうでも良いと思っているかの様だ。

しかし、おばばは否定する事なく続ける。

「何処が間違ってんだい?自分の家族を大切に出来ない男に、大切な物を任せる程、私は馬鹿じゃないよ。テオだって、そう思ったから、あんたに判断を委ねたんだろうしね。あんたがそう言う男だって知ってるから、私たちだって村を任せていられるんだからね。分かったら、しっかりしな!」

数々の激励の言葉を掛けられネッドは却って困惑した。

自分はそうまで言われるほど出来た男だろうか?

そう思いながら、おばばの言葉の数々を思い返すとフと気がつく。

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